記者発表 2010年2月22日

ここからページ本文です

太平洋十年規模振動(PDO)の再現実験に成功

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、文部科学省記者クラブ、気象庁記者クラブ同時発表 )

平成22年2月22日(月)
国立大学法人東京大学
気候システム研究センター
  教授  木本 昌秀 (04-7136-4386)
独立行政法人海洋研究開発機構
IPCC貢献地球環境予測プロジェクト
  グループリーダー  石井 正好
  サブリーダー  江守 正多
  特任研究員  望月 崇 (045-778-5589)
独立行政法人国立環境研究所
大気圏環境研究領域
  大気物理研究室長  野沢 徹 (029-850-2530)


国立大学法人東京大学気候システム研究センター,独立行政法人海洋研究開発機構,及び独立行政法人国立環境研究所の研究グループは,環太平洋域における大気・海洋の顕著な変動である「太平洋十年規模振動(PDO)」の再現に成功しました。

これにより,近未来(2030年頃まで)の地球温暖化傾向のゆらぎやその地域的な違いに対する予測性能が向上し,「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第5次評価報告書に大きく貢献することが期待されます。この成果は,2月2日付の米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Science of the USA」に掲載されました。

概要

国立大学法人東京大学気候システム研究センター(センター長 中島映至),独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 加藤康宏),及び独立行政法人国立環境研究所(理事長 大垣眞一郎)の研究グループは,大気海洋結合気候モデルMIROC[※1]を用いて10年規模の気候変動を予測するシステムを開発して,スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で気候予測実験を行い,環太平洋域における大気・海洋の顕著な変動である「太平洋十年規模振動(PDO)」の再現に成功しました。

これはPDOに伴う海水温や気温などの変動を10年規模で予測できる可能性を世界で初めて実証したものです。これにより,10年規模の気候変動メカニズムの理解が深まるとともに,近未来(2030年頃まで)の地球温暖化傾向のゆらぎやその地域的な違いに対する予測性能が向上し「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第5次評価報告書に大きく貢献することが期待されます。

本研究は,文部科学省「21世紀気候変動予測革新プログラム」における研究課題「高解像度気候モデルによる近未来気候変動予測に関する研究」の一環として実施したものです。この成果は,2月2日付の米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Science of the USA」に掲載されました。

背景

PDOは,日本の東方海域と,それを取り囲むようなアラスカからカリフォルニア沿岸,赤道太平洋域の海面水温が10〜20年規模でシーソーのように変動する現象です(図1)。その動向を客観的にあらわすPDO時係数[※2]は,1977年頃に負から正へ大きく変化したことがよく知られていて,最近では2006年頃に正から負への反転が観測されています(図2)。PDOの物理メカニズムはまだ完全に解明されているわけではありませんが,海洋大循環(黒潮の強さや位置など)やアリューシャン列島付近の気圧,太平洋域の偏西風の変化を伴い,日本を含む環太平洋域の気温や降水量だけでなく、海洋生態系の変動にも10年規模で強く影響することがわかってきました。

10年規模の気候変動は,世界的な地球温暖化傾向に中期的なゆらぎを与え,そのゆらぎに地域的な違いを生み出します。そのため,IPCC第5次評価報告書で取り扱われる予定の中期的な地球温暖化予測(近未来気候変動予測)研究では,これまでに指摘されている長期的な温暖化傾向に加えて,PDOに代表される気候システムの内部変動によるゆらぎを適切に予測することが期待されています。従来の気候予測モデルもPDOのような現象そのものは表現していましたが,その動向(PDO時係数の符号がいつ反転するかなど)については再現できていませんでした。

図1:300m深平均水温にみられる典型的なPDOの空間パターン

図1:300m深平均水温にみられる典型的なPDOの空間パターン[℃]。ここでは大気海洋結合モデルMIROCを用いた長期気候シミュレーション結果に経験的直交関数展開法を施した時の第1モードの空間構造として定義した。

図2:300m深平均水温の長期的温暖化傾向からのずれをPDO空間パターンに射影することによって定義したPDO時係数

図2:300m深平均水温の長期的温暖化傾向からのずれをPDO空間パターン(図1)に射影することによって定義したPDO時係数。
(赤)5年平均値した観測値(ProjD_v6.2)。
(青)再現実験結果(10通りの再現実験の平均値)。
(青帯)再現実験の不確定性の幅(10通りの再現実験の標準偏差)。
再現実験結果は1960, 1970, 1980, 1990, 2005年の各7月予測スタートの5例のみを代表として描いた。

気候予測システム概要

研究グループは,季節予報などに適用されている手法を応用して10年規模の変動を予測するためのシステムを開発しました。このシステムでは,データ同化という手法を用いて1945年から予測計算スタート時までの水温と塩分の観測データ(いずれも海面から700m深まで)を気候モデルに教え込み,予測計算のスタート時の大気・海洋の状態(初期値)を決めます。このようにPDOのような内部変動の初期状態を反映させた初期値を使い,地球シミュレータ上で気候変動予測計算を行いました。また初期値をわずかに変化させて10通りの予測計算を行い,その平均値を予測結果とみなすこと(アンサンブル予測)によって,結果の信頼性を向上させました。

再現実験と結果

予測計算スタート時刻を1960年7月1日,1965年7月1日,… というように5年おきに設定して,それぞれのスタート時刻から15年先までの再現実験を行いました。20世紀後半に対する複数の再現実験(図2)では,予測スタート時刻から概ね6年間程度にわたってPDOの動向が再現できました(図3)。ここでは,初期値に反映させたPDOの初期状態を気候モデルが単にそのまま持続しているわけではなく(図3),初期状態からの時間発展が気候モデルに記述されている力学・熱力学プロセスを通じて再現されています。従来の予測手法では,PDOの初期状態を初期値に反映させていなかったため,こうした動向は再現できていませんでした(時係数の誤差が常に大きい)(図3)。

特に2005年7月スタートの再現実験では,2006年頃に観測されたPDO時係数の正から負への変化の再現に成功し(図2),2008年までの平均的な結果も観測値とよく一致しました(図4)。負のPDO時係数に伴って,日本付近は高温化していますが,赤道太平洋域の広範囲では低温化しているため,結果として地球平均気温は押し下げられます。長期的な地球温暖化傾向は変わりませんが,PDOの影響によって2012〜13年頃までは地球平均気温の上昇が一時的に緩やかな状況が続く可能性が高いと予想されます。

図3:20世紀後半の再現実験で見られるPDO時係数の統計的な誤差の大きさ

図3:20世紀後半の再現実験で見られるPDO時係数(図2)の統計的な誤差の大きさ(二乗平均誤差)。

図4:2006〜08年における長期的地球温暖化傾向からの地上気温のずれ

図4:2006〜08年における長期的地球温暖化傾向からの地上気温のずれ[℃]。
(左)2005年7月1日計算スタートした再現実験の結果,
(右)観測値(HadCRUT3v)。
統計的に意味のある大きさのずれのみに色をつけた。

今後の展望

本研究は,過去の水温・塩分の状況を気候モデルに教え込む(データ同化)ことによってPDOを10年規模で予測できる可能性を示しました。データ同化手法の精緻化や高度化が進めば,PDOをより長期にわたって予測できるようになるだけでなく,大西洋域などで観測されるPDO以外の内部変動の予測性能が向上することも期待されます。また,超高解像度の気候モデル(水平格子間隔,大気:約60km,海洋:約20km)を用いて予測実験を行うことによって,PDOに伴う地域的な高温化や低温化に関するより詳細な予測データの提供が可能になると期待されます。このような予測実験には莫大な計算機資源が必要なため,現在,地球シミュレータを活用しながら長期間の予測計算に取り組んでいます。

さらに,PDOに伴う海水温や気温,降水分布の変化は漁業資源や沿岸生態系,水災害分布にも影響を与えている可能性が指摘されています。長期的な温暖化傾向だけではなくPDOの動向も考慮した気候予測データを提供することによって,地球温暖化に対する政策立案に資するような応用研究が前進することも期待されます。

※1 気候モデル(大気海洋結合気候モデルMIROC)は従来の地球温暖化予測研究でも使用されており,大気は水平300km四方・鉛直20層,海洋は水平100km四方・深さ44層の細かさで計算しています。
※2 PDO時係数が正の値の時には,日本の東方海域では低温化し,それを取り囲むようなアラスカからカリフォルニア沿岸,赤道太平洋域では高温化します。時係数が負値の時には,これと正反対になります。

問い合わせ先

 国立大学法人東京大学気候システム研究センター
木本 昌秀
Tel:04-7136-4386 Fax:04-7136-4375
URL: http://www.ccsr.u-tokyo.ac.jp/
 独立行政法人海洋研究開発機構
IPCC貢献地球環境予測プロジェクト 担当:望月 崇
Tel:045-778-5589 Fax:045-778-5707
URL: http://www.jamstec.go.jp/
 独立行政法人国立環境研究所
大気圏環境研究領域 大気物理研究室長:野沢 徹
Tel:029-850-2530 Fax:029-850-2579
URL: http://www.nies.go.jp/