記者発表 2009年6月10日

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新規大気質測定法による自動車排気ガスの診断について

平成21年6月10日(水)
独立行政法人国立環境研究所
   社会環境システム研究領域
    領域長代理  安岡 善文
    客員研究員(前交通都市環境研究室長) 
      小林 伸治(029-850-2973)
首都大学東京 都市環境科学研究科
  都市環境科学環 分子応用化学域
    教授  梶井  克純(042-677-2834)
    助教  中嶋  吉弘(042-677-2833)


最新の排気ガス規制適合車両(新長期規制車両)より排出される排気ガス成分分析を、国立環境研究所と首都大学東京との共同研究で行なった。排気ガス分析には従来使用されている分析装置のほかに首都大学東京が独自に開発した大気質診断装置を用いて行なった。測定の結果は、自動車排気ガス中にはOH反応性にして17%程度、従来の分析方法では検出されていない未知の化学物質が存在していることを示唆している。また、自動車の走行条件により、排気ガス成分と濃度に大きな違いが生じることが分かった。

近年、ディーゼル車等に対する排出ガス規制の強化により、自動車から直接排出される粒子状物質等は著しく低減され、都市の大気環境は改善される傾向にある。しかしながら、その一方で、窒素酸化物(NOx)や揮発性の有機物質(VOC)等から光化学反応で生成される二次生成粒子(以下、「二次粒子」)やオキシダント等の二次生成物質の改善は思わしくなく、今後、それらの低減対策が、重要な課題になりつつある。二次生成物質は、主に、自動車や工場等から排出されるNOxとVOCとの反応から生成されるので、各排出源からの反応性の高い成分の排出寄与を把握し、適切な低減対策を講ずることが重要である。

自動車等から排出されるVOCは、数百の炭化水素等から構成され、その光化学反応性も多岐にわたっているが、これまでは、個々の成分を分析することに多大な時間と労力を要することから、THC(総炭化水素)としての排出規制が適用され、その排出量を削減することで、大気環境の改善に寄与してきた。しかしながら、大幅なTHCの低減がなされた現状においても、光化学反応による汚染物質の低減は思わしくないことから、これまでの手法では把握できない未把握の成分の存在が疑われている。そこで、今回、国立環境研究所と首都大学東京は、首都大学が開発した大気中成分の光化学反応性を評価する手法を自動車排出ガスに適用して、直接、自動車排気ガスの反応性を評価することを試みた。

最新の排出ガス規制適合のガソリン自動車(新長期排出ガス規制適合車)について、国立環境研究所の自動車排気ガス試験設備を用い、ガス分析器による化学分析とOHラジカルの反応性の測定を行った。テールパイプの先に精密な希釈器を導入し実際の大気と同じ環境を実現して(100-1300倍に希釈して)60種類の揮発性有機化合物(以下、「VOC」)をガスクロマトグラフ分析計で濃度を測定した。一酸化炭素濃度を市販の計測機で測定した。窒素酸化物(以下、「NOx」)は、レーザー分光装置(首都大学東京で独自に開発された装置)により高い精度で計測された。これらの測定と同時にOHラジカルの反応性(以下、「OH反応性」)をレーザーポンプ・プローブ法により計測した。このOH反応性測定装置も、首都大学東京で独自に開発した装置であり、世界に唯一のものである。図1にシャーシダイナモメーターを用いた自動車排気ガス測定の概略図を示す。

図1 シャーシダイナモメーターによる自動車排気ガス測定の概略図

図1 シャーシダイナモメーターによる自動車排気ガス測定の概略図

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レーザー照射によりパルス的にOHラジカルを実大気環境中に生成し、その減衰時間をレーザー分光法により追跡することによりOH反応性を計測した。清浄な大気試料を計測すると、OHラジカルはメタンおよび一酸化炭素と反応し、おおむね1秒くらいの大気寿命(OH反応性の逆数)を示すが、OHとすばやく反応する化学物質(NOxやVOC)が多く存在するとその減衰が速くなるので、その減衰速度(OH反応性)を評価することで排気ガスの大気質の診断を試みた。もし全ての種類のVOCが同定されその濃度が測定されれば、VOC濃度情報から推定されるOH反応性とレーザー計測手法を用いて直接計測されるOH反応性は一致するはずである。

図2 コールドスタートとそれ以外の走行モードにおけるOH反応性の測定結果

図2 コールドスタートとそれ以外の走行モードにおけるOH反応性の測定結果

図2にコールドスタート時とその他の走行モードについて、測定結果の平均を示す。コールドスタートは自動車のエンジンが冷えた状態から発進させる走行モードである。

いずれの走行モードにおいても黄色で示した17%程度の未知なるOH反応性が示された。

自動車排気のVOCは、非メタン炭化水素(NMHC)をひとくくりにして計測する手法が一般的であるが、今回は、多大な労力と時間を費やし、飛躍的に高度な情報が得られるガスクロマトグラフ分析計による60種類にも及ぶVOCの網羅的化学成分分析を実施した。それにもかかわらず、OH反応性計測の結果は、未計測のVOC等が17%程度存在していることを示唆しており、排気ガスの大気質を診断する指標としてOH反応性を計測することが有効であることを示された。

図2から、通常の走行モードのときは全体のOH反応性の40%近くがNOx(=NO+NO2)によるものであり、既知のVOCによる寄与が28%であることが分かる。一方、コールドスタート時は、全体の排気ガスのOH反応性は通常モードの10倍以上と大きく、通常走行モードに比べてNOxの寄与率が減少する反面、一酸化炭素や既知のVOCのOH反応性への寄与が大きく増加することが分かる。

我が国の自動車の走行パターンの実情を考慮すると、自動車から排出されるVOCの3〜5割程度がコールドスタートによるものだと考えられており、その重要性は認識されているが、反応性の面からもコールドスタートの寄与が大きいことが明らかとなり、改めてコールドスタート時におけるVOC等の排出抑制対策の重要性が再認識された。

本手法の信頼性を確認するため、同一車種で異なる走行距離・年式の車両(T社製1600CCのガソリン乗用車)について、OH反応性の計測を実施した。図3に結果を示すが、2割程度の値のばらつきを示すものの良い再現性が確認された。

図3.コールドスタート時におけるOH反応性とその内訳

図3.コールドスタート時におけるOH反応性とその内訳

今回のOH反応性測定により、多くの排気計測が実施されている自動車排気においても、未知なるOH反応性物質が少なからず発生していることが明らかとなった。 今後、適用範囲を拡大して、排気ガスの反応性についての実態を把握するとともに、大気質の改善に向けては、未知なるOH反応性物質の特定とその削減が必要であることが明らかとなった。