記者発表 2008年6月13日

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成層圏オゾン層の回復が対流圏気候に与える影響
−南極オゾンホールの変化と南半球下層の偏西風強度の変化の相互関係−

(環境省記者クラブ、筑波研究学園都市記者会発表)

平成20年6月13日(金)
独立行政法人国立環境研究所
大気圏環境研究領域 大気物理研究室
  主任研究員 :秋吉英治(029-850-2393)
気象庁気象研究所
環境・応用気象研究部 第一研究室
  室      長 :柴田清孝(029-853-8710)


要  旨

国立環境研究所及び気象研究所の2つのグループは、世界気候研究計画(WCRP)の下での「成層圏プロセスとその気候における役割研究計画(SPARC)」プロジェクトの中核的活動の一つである「成層圏化学気候モデルの検証(CCMVal)」に参加し、オゾン層将来変動予測の国際的な数値モデル比較実験などに貢献してきた。

今回、CCMVal研究グループの内のアメリカ、スイス、カナダ及び日本(国立環境研究所、気象研究所)の研究グループによる共同研究によって、今後縮小することが期待される南極オゾンホールの動向が南半球対流圏での偏西風の強度に有意な影響を与える可能性のあることを見出した。その成果は国際的な科学雑誌であるScienceに発表される(6月13日)

概要

最近の観測から、オゾンホールが拡大してきた過去20〜30年間、オゾンホール拡大と相関している様に見える気象・気候の変化(南半球対流圏で偏西風[補足説明3]が強まる傾向や南極の地表気温が低下する傾向など)が見出されている[補足説明4]。この原因はまだよく分かっていないが、温室効果気体の増加やオゾンホールの拡大が関係しているのではないかと考えられている。

図 12月−2月の偏西風の風速の将来変化(緯度−高度分布。増加−赤、減少−青。黒い等高線は風速を表す(10m/s間隔)。)

12月−2月の偏西風の風速の将来変化(緯度−高度分布。増加−赤、減少−青。黒い等高線は風速を表す(10m/s間隔)。)

今回、オゾンホールなどオゾン層の今後の推移予測が可能な化学-気候モデル[補足説明0−2]を用いた将来予測の数値実験から、オゾンホールの減衰・消滅によって南半球の夏季の偏西風が、赤道側では引き続いて強まるものの、南極側の高緯度域では弱まる傾向にある、との結果が得られた。一方、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書(AR4)で用いられた気候モデルは、南半球全体で偏西風が強まる傾向にあると予測しており、化学気候モデルの予測とは異なっていた。IPCCの気候モデルでは化学−気候モデルに比べ、成層圏プロセスが充分に表現されていない[補足説明5]ことから、今回の2つのモデル結果の違いは、オゾンホールの変化に代表される成層圏大気と対流圏の下層大気との間に何らかの相互作用が存在していることを示すものである[補足説明6]。

南半球での地表まで達する偏西風の変化(高緯度側での弱まり、低緯度側での強まり)は、南半球大気の地表気温や海洋の風成循環への直接的な影響をはじめ、様々な形で南半球の気候の変化と関係する。今後の気候変化−特に南極を含む南半球が関係する気候変化−の予測研究では、予想される成層圏オゾン層の変化を取り込んだ研究が必要であり、化学気候モデルと気候モデルとの連携が必要である。

なお本研究は、環境省地球環境研究総合推進費(A-071)「成層圏プロセスの長期変化の検出とオゾン層変動予測の不確実性評価に関する研究」や気象研究所の経常研究「物質循環モデルの開発改良と地球環境への影響評価に関する研究」によって実施された。またその成果は国際的な科学雑誌であるScienceに発表される(6月13日)。

研究成果の詳細については、別添資料のとおり。

補足説明

0.経緯

国立環境研究所は東京大学気候システム研究センターと共同で成層圏化学−気候モデル(CCSR/NIES CCM)と呼ばれる数値モデルを開発してきた。また気象庁気象研究所は独自の化学−気候モデル(MRI−CCM)を開発してきた。

1.成層圏化学気候モデル

オゾン層が存在する成層圏では、化学的なオゾンの生成や分解、太陽光の吸収や赤外線の放出など放射による加熱・冷却、さらには大気の混合や物質の輸送などのプロセスの間でフィードバックが存在している。したがって、将来のオゾン層の変化を予測するためには、成層圏に存在する化学−力学−放射の間のフィードバックをあらわに取り込んだ成層圏化学気候モデルと呼ばれる数値モデルを利用する必要がある。成層圏化学−気候モデルの概念図をこのリンクはPDFデータにリンクします/(図1 )に示す。

2.数値モデルを用いたオゾン層の長期変化の実験

フロン類や二酸化炭素をはじめとする温室効果気体などの今後の濃度変化や海面水温などを外部パラメータとして成層圏化学−気候モデルに入力し、1970年代後半からのオゾン層の変化についての数値実験が行われ、その結果はUNEP/WMOによる「オゾン破壊に関する科学アセスメント2006」で取りまとめられている。多くの数値モデルによる実験からは、1980年から1990年代半ばにかけてのオゾンホールの深刻化、1990年代半ばから2010年代半ばまでの大規模なオゾンホールの出現、更に2020年代以降のオゾンホールの縮小傾向を示す計算結果が得られている。特にオゾンホールに関しては、今世紀半ば頃には南極のオゾン層が1980年レベルに回復するとの結果が得られた。(このリンクはPDFデータにリンクします/図2 を参照)

3.南半球下層の偏西風

南半球下層(対流圏)では、平均すると西風が吹いている(偏西風の存在。このリンクはPDFデータにリンクします/図3 )。偏西風の強度が強まる(あるいは弱まる)と、南半球での気候に対して様々な影響が現れる可能性がある。例えば、低気圧の進路、海氷の量や広がり、地表気温の変化、乾燥地域の場所、海洋の風成循環、大気−海洋間の物質(CO2)や熱の交換、などの気象・気候の変化と直接的あるいは間接的に関係する。

4.南半球の気候の変化(観測から)

例えば、ThompsonとSolomonの論文(Science, 296, 895-899 (2002))では過去の観測データの解析から以下の様な傾向がある事が報告されている。

  1. (12-5月の期間の)500hPaのジオポテンシャル高度(geopotential height)が南極大陸上空で低下傾向(1979−2000年の22年間のデータより)にある(このリンクはPDFデータにリンクします/図4a 
  2. 地表気温に関しては南極大陸の中央部から東側にかけては低下傾向が、半島部分では逆に上昇傾向(1969−2000年の32年間のデータより)にある事が分かるこのリンクはPDFデータにリンクします/図4b )。
  3. 925hPaレベルでの南極大陸周辺の風速が強まっている(1979−2000年の22年間のデータより)事が分かる(このリンクはPDFデータにリンクします/図4b )。

5.化学-気候モデルと気候モデルの違い

化学-気候モデルは、モデルの上端高度が成層圏界面(〜50km)以上と高く、また鉛直方向の分解能が高いため、成層圏をよりよく表現している。また化学反応と気温との関係、オゾンなどの大気微量成分分布とその輸送、熱の輸送、など成層圏でのプロセス−特に化学−力学−放射間のフィードバック−がモデル内で充分に考慮されている(このリンクはPDFデータにリンクします/図1 )。  一方IPCC-AR4の気候モデルは、海洋モデルを含み海洋と大気とのやり取りや、海氷や地表の流水、エアロゾルなどに関連するプロセスを含んでいる。しかしながら成層圏に関しては、モデルの上端高度が成層圏界面よりも低くまた成層圏の鉛直分解も粗い、成層圏での化学過程が含まれていない(あるいは極めて簡略化されている)など成層圏プロセスは充分には表現されていない。

6.オゾンホールの今後の推移と南半球下層の気候

オゾン層破壊の将来予測に用いられた化学-気候モデルによる数値実験から得られる12月−2月の偏西風の風速の将来変化(このリンクはPDFデータにリンクします/図5A )を、気候変動の将来予測に用いられたIPCC-AR4モデルによる数値実験から得られる変化(このリンクはPDFデータにリンクします/図5B )と比較する。IPCCモデルでは、南半球中緯度域における偏西風の風速が増加するものの、高緯度域では風速の大きな変化は予想されていない。一方、オゾン層プロセスを取り込んでいる化学-気候モデルでは、南半球中緯度域での偏西風の強化だけでなく、南緯60°以南の高緯度域では逆に偏西風が減速されると予想している。この違いは将来のオゾン層の変化が考慮されているか否かに起因する可能性が高い。実際IPCCモデルのうちでも、将来のオゾン層の変化を組み込んだモデルの平均(このリンクはPDFデータにリンクします/図5C )と将来のオゾン層の変化を考慮していないモデルの結果(このリンクはPDFデータにリンクします/図5D )を比較すると、偏西風の高緯度側での弱化の点で明瞭な差が認められることも、将来のオゾン層の変化が南半球の偏西風の強度に影響を及ぼす可能性を支持している。さらに、このリンクはPDFデータにリンクします/(図5A )とこのリンクはPDFデータにリンクします/(図5C )に示した結果を比較すると、成層圏の分解能が良く、化学−力学−放射の間のフィードバックをあらわに取り込んだ成層圏化学-気候モデルでは、成層圏の影響(風速の変化)が対流圏のより下層(地表)にまで達していることがわかる。地表風が海洋の風成循環を駆動することを考慮すると、気候変動の予測にオゾン層プロセスを取り込むことが重要である。

以上のとおり、今後のオゾン層の変化−特にオゾンホールの減衰・消滅−が、南半球対流圏での偏西風の今後の変化に影響しうることがわかる。しかしながら成層圏オゾン層の変化が対流圏の偏西風にどのようなメカニズムによって影響を及ぼすかについての詳細はまだ明らかではない。化学-気候モデルと気候モデルの連携による今後の研究の進展が待たれる。

このリンクはPDFデータにリンクします/・添付資料  図1〜図5(PDF1.3MB) 

問い合わせ先:

独立行政法人国立環境研究所  大気圏環境研究領域大気物理研究室

主任研究員:秋吉英治(029-850-2393)

気象庁気象研究所環境・応用気象研究部 第一研究室

室長:柴田清孝(029-853-8710)

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