記者発表 2008年1月23日

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大気中酸素濃度の減少量から二酸化炭素の陸域生物圏吸収量の推定に成功
-放出された化石燃料起源の二酸化炭素の30%が海洋に、14%が陸域生物圏に吸収-

(環境省記者クラブ、筑波研究学園都市記者会同時発表)

平成20年1月23日(水)
独立行政法人国立環境研究所 (029-850-内線番号)
地球温暖化研究プログラム
  プログラムリーダー
    地球環境研究センター長  笹野  泰弘(2444)
  中核プロジェクト1メンバー
    大気圏環境研究領域大気動態研究室長
      遠嶋  康徳(2485)


(独) 国立環境研究所の遠嶋康徳大気動態研究室長らは、沖縄県波照間島及び北海道落石岬で採取された大気試料の精密分析によって、両観測点における大気中の酸素濃度が季節変化を伴いながら年々減少してゆく様子を明らかにした。さらに、観測された酸素濃度の減少量に基づいて大気・海洋・陸域生物圏の間のグローバルな炭素収支を計算した結果、1999年から2005年の6年間に大気中に放出された化石燃料起源の二酸化炭素のうち30%が海洋に、14%が陸域生物圏に吸収されていることがわかった。海洋や陸域生物圏が大気中の二酸化炭素を今後も吸収し続けるかどうかは将来の大気中二酸化炭素濃度を予測する上で非常に重要な問題であるが、今回の解析結果は、米国の研究による1990年代の炭素収支計算結果とほぼ一致するもので、2000年代前半においても引き続き海洋・陸域生物圏の吸収が続いていることが分かった。

本研究は、当研究所が推進している地球温暖化研究プログラムの一環として、主に環境省の地球環境保全試験研究費(地球一括計上)により実施された。この内容をまとめた論文(参考文献1)が、近日中にスウェーデン地球物理学会誌「Tellus」に掲載される。

1.背景

化石燃料の大量消費や森林破壊に伴って大気中の二酸化炭素濃度はこれまでにない速さで上昇しており、ここ数年は平均で一年に約2ppmのペースで増加している。この増加量は化石燃料の消費量等から予想される二酸化炭素排出量の約60%にすぎず、残りの40%は海洋と陸域生物圏が吸収していると考えられている。海洋や陸域生物圏が大気中の二酸化炭素を今後も吸収し続けるかどうかは将来の大気中二酸化炭素濃度を予測する上で非常に重要な問題である。また、現在の海洋と陸域生物圏それぞれの吸収量が正確に分からなければ、将来の大気中濃度の予測精度を高めることはできない。海洋と陸域生物圏がそれぞれどれだけ二酸化炭素を吸収しているかを定量的に推定するために、様々な方法が提案されてきた。そうした中で、近年、大気中酸素濃度の変化を詳細に観測することで二酸化炭素収支を求める方法が米国スクリップス研究所のR. Keelingや米国プリンストン大学のM. Benderらによって試みられ注目を集めている。国立環境研究所でも酸素濃度の精密測定法を独自に開発し、大気中酸素濃度の変動の観測を継続してきた。今般、これまでの大気中酸素濃度の観測結果を用いてグローバルな二酸化炭素収支を推定した。

2.酸素変動に基づく炭素収支の計算法

大気中の二酸化炭素の増加量(ΔCO2)は化石燃料消費及びセメント製造に伴う排出量(注1)(F)と海洋による吸収量(O)及び陸域生物圏の吸収量(B)のバランスで決まる(図1a参照)。ここでは、森林破壊などの土地利用変化に伴う二酸化炭素の放出と森林の成長や再森林化等による二酸化炭素の吸収を合計した正味の量を陸域生物圏の吸収量と考える。大気中二酸化炭素の収支を式で表すと、

ΔCO2 = F −B− O            (1)

となる。大気中二酸化炭素の増加量は観測網の整備によりかなり正確に分かっており、化石燃料消費に伴う二酸化炭素放出量もエネルギー統計等から推定可能である。しかし、これらの情報だけでは海洋及び陸域生物圏の吸収量を分離して求めることはできない。そこで、燃焼や光合成・呼吸の際には二酸化炭素と酸素の交換が同時に起こることに着目して、大気中の酸素収支を考える。

化石燃料燃焼時には排出される二酸化炭素の約1.4倍の酸素が消費され(注2)、陸域生物圏が二酸化炭素を吸収する場合には約1.1倍の酸素が放出される(注3)。一方、酸素の海洋に対する溶解度は二酸化炭素に比べてはるかに低いため、大気中の酸素濃度が変化しても海洋は酸素の放出源にも吸収源にもなりにくい。以上のことから、海洋が酸素の放出源にも吸収源にもならないと仮定すると、大気中酸素の変化量(ΔO2)は次式のように表わされる。

ΔO2 = −1.4×F +1.1×B            (2)

したがって、大気中の酸素濃度の変化を観測できれば式(2)から陸域生物圏の二酸化炭素吸収量が得られ、さらに式(1)から海洋の二酸化炭素吸収量を求めることができる。

図1(a) 地球表層における二酸化炭素(赤矢印)と酸素(青矢印)の循環の模式図

図1(a) 地球表層における二酸化炭素(赤矢印)と酸素(青矢印)の循環の模式図

大気中の二酸化炭素濃度の増加量は化石燃料の燃焼等に伴う放出量と海洋及び陸域生物圏による二酸化炭素の吸収量(土地利用変化等に伴う二酸化炭素放出量を含む正味の吸収量)のバランスで決まる。一方、大気中の酸素濃度の減少量は化石燃料の燃焼に伴う酸素の消費量と陸域生物圏からの酸素の放出量のバランスで決まる。化石燃料の燃焼や陸域生物圏による二酸化炭素放出量と酸素吸収量の間にはそれぞれ一定の比率が存在する。化石燃料の消費量はエネルギー統計などから推定が可能であるので、大気中の二酸化炭素増加量と酸素減少量が観測できれば、海洋及び陸域生物圏の二酸化炭素吸収量をそれぞれ求めることができる。なお、近年の地球温暖化によって海洋が酸素の放出源となっている可能性があるため(青破線矢印)、より正確な炭素収支推定のためには海洋からの酸素放出量を見積もる必要がある。

図1bは上記の関係をグラフでわかりやすく説明したものである。図の横軸及び縦軸はそれぞれ1999年を起点とした大気中の二酸化炭素及び酸素の濃度変化を表す。図中の赤丸は化石燃料の燃焼によって引き起こされるはずの二酸化炭素及び酸素の変化を、また、黒丸は実際に観測される変化を示す。終点である2005年のグラフ上の位置の違いは海洋及び陸域生物圏が二酸化炭素を吸収することに起因する。海洋は酸素に関して吸収も放出もしないと仮定すると、海洋が二酸化炭素を吸収する場合にはグラフ上の点は横軸に平行に移動する。また、陸域生物圏が二酸化炭素を吸収する場合は傾き−1.1の直線に沿って移動する(二酸化炭素の吸収の1.1倍の酸素が放出されることを思い出してください。)。そこで、赤丸の終点から黒丸の終点を2つの傾きの直線で結んだ時(図中の青矢印と緑矢印)、それぞれの直線の横軸上の長さが海洋及び陸域生物圏による二酸化炭素吸収量に相当することになる。

なお、実際の炭素収支計算ではより信頼性の高い結果を得るために、酸素濃度の観測値を直接用いる代わりに酸素濃度と二酸化炭素濃度の和として定義される大気ポテンシャル酸素(APO)の変化量を用いて計算を行った(注4)。また、より正確な炭素収支を求めるために海洋からの酸素放出量の補正を行った(注5)。

図1(b) 酸素変動に基づく二酸化炭素収支計算法のグラフによる説明

図1(b) 酸素変動に基づく二酸化炭素収支計算法のグラフによる説明

横軸及び縦軸はそれぞれ1999年を起点とした大気中の二酸化炭素及び酸素の濃度変化を表す。化石燃料の燃焼によって引き起こされるはずの二酸化炭素及び酸素の濃度変化(赤丸)と実際に観測される変化(黒丸)の違いは海洋及び陸域生物圏が二酸化炭素を吸収することに起因する。赤丸の終点から黒丸の終点を横軸に平行な直線と傾き-1.1の直線で結んだ時(図中の青矢印と緑矢印)、それぞれ横軸上の長さ(B及びO)がそれぞれ海洋及び陸域生物圏による二酸化炭素吸収量に相当する。

3.観測の概要

大気中酸素濃度の変動を観測するため、1997年7月から石垣島の南に位置する波照間島(北緯24°3'、東経123°3')において、さらに1998年12月から北海道落石岬(北緯43°10'、東経145°30')において大気試料の定期的な採取を開始した。採取された大気試料はつくばの国立環境研究所に送られ、酸素濃度と二酸化炭素濃度が分析される。なお、大気中酸素の微細な濃度変動を検出するためには高精度の分析手法が必要とされる。これは、大気中酸素濃度が約21%(=210,000ppm)であるのに対して、酸素濃度の年平均減少量が高々4ppmと非常に小さいためである。本研究では国立環境研究所で独自に開発されたガスクロマトグラフを用いた手法によって分析を行った(注6)。

図2に波照間島及び落石岬における2005年12月までの観測結果を示す。大気中二酸化炭素濃度は冬に高く夏に低い季節変動を示しながら年々増加しているのに対し、酸素濃度は冬に低く夏に高い季節変動を示しながら年々減少している様子が明らかとなった。それぞれの季節変動は陸域生物圏の呼吸量/光合成量のバランスで決まり、例えば夏季は光合成が呼吸を上回るため二酸化炭素が減少し酸素が増加する。また、化石燃料の燃焼による二酸化炭素の排出が二酸化炭素濃度増加の主原因であると同様に、化石燃料の燃焼によって酸素が消費されることで大気中酸素濃度減少が引き起こされている。

図2 波照間島及び落石岬における大気中の酸素濃度(青)及び二酸化炭素濃度(赤)の観測結果。

図2 波照間島及び落石岬における大気中の酸素濃度(青)及び二酸化炭素濃度(赤)の観測結果

点は観測値、実線はベストフィット曲線、破線はトレンド曲線を表す。大気中の二酸化炭素濃度は冬に高く夏に低い季節変動を示しながら増加しているのに対し、酸素濃度は冬に低く夏に高い季節変動を示しながら減少していることがわかる。大気中酸素濃度の減少は、二酸化炭素濃度増加と同様、化石燃料の燃焼によって酸素が消費されることが主な原因である。また、それぞれの季節変動は陸域生物圏の呼吸量/光合成量のバランスで決まり、例えば夏季は光合成が呼吸を上回るため二酸化炭素が減少し酸素が増加する。

図3 落石岬(北海道)及び波照間島(沖縄県)観測ステーションの位置

図3 落石岬(北海道)及び波照間島(沖縄県)観測ステーションの位置

4.結果と考察

波照間及び落石で観測された1999年から2005年の6年間における酸素濃度の減少量の平均値(年間4.0ppmの減少)から海洋及び陸域生物圏の正味の年平均吸収量を計算すると、それぞれ2.1±0.7 Pg C及び1.0±0.9 Pg Cとなった(注7)。なお、海洋からの酸素放出による効果として年間およそ0.5 Pg Cの補正を行っている。この期間における化石燃料起源炭素放出量の年平均値は7.0±0.4 Pg Cである。本研究から海洋が陸域生物圏のほぼ2倍の炭素を吸収していることが分かった。さらに、陸域生物圏は森林破壊や土地利用変化等に伴って二酸化炭素を放出していながら、正味では炭素の吸収減となっている、つまり森林破壊等に起因する人為的な放出を上回る吸収が存在していることも明らかとなった。今回の、日本で観測された最近までのデータを用いた大気中の酸素濃度の精密観測に基づくグローバルな炭素収支の計算結果は、米国スクリップス海洋研究所と米国プリンストン大学による酸素観測に基づく1990年代の炭素収支の計算結果とほぼ一致する。また、本研究の結果は、2000年代前半においても引き続き海洋・陸域生物圏の吸収が続いていることを示唆するものである。

海洋と陸域生物圏の炭素吸収量の推定値に付随する誤差を詳細に評価したところ、海洋の炭素吸収量に関する最大の誤差要因は大気中の酸素濃度を測定するために用いる基準の長期的な安定性の不確かさと海洋からの正味の酸素放出量の推定量に関する不確かさである。また、陸域生物圏の炭素吸収量に関しては化石燃料起源二酸化炭素放出量の不確かさも上記2つの不確かさと同程度に寄与していることがわかった。測定基準の確からしさについては、標準ガスの整備等によって今後改善されることが期待される。したがって、より確かな炭素収支を求めるためには、海洋からの酸素放出量と化石燃料起源の二酸化炭素放出量の不確かさを減らすことが今後の課題である。前者については観測に基づく海洋の溶存酸素量変化の検出や海洋モデルを用いた酸素放出量推定の高精度化が必要であり、後者については世界全体の二酸化炭素排出インベントリの高精度化が不可欠である。

(注1)セメント製造の際、原料である石灰石(CaCO3)を熱分解して生石灰(酸化カルシウム、CaO)が作られる。このときに二酸化炭素が発生する(CaCO2→CaO+CO2

(注2)化石燃料の燃焼で1分子の二酸化炭素が放出される際に消費される酸素の分子数は化石燃料の化学組成で決まる。例えば、メタンガスの燃焼では1分子の二酸化炭素に対して2分子の酸素が消費され(CH4+2O2→CO2+2H2O)、石炭では1分子の酸素が消費される(C+O2→CO2)。化石燃料の種類別の統計を用いて計算すると、全世界平均で二酸化炭素排出量のおよそ1.4倍(分子数比)の酸素が消費されることになる。

(注3)植物の光合成は二酸化炭素と水から炭水化物を作る反応で、同時に酸素も生成される。これを化学式で表すとCO2+H2O→CH2O+O2となり、呼吸・燃焼は逆反応である。したがって、陸域生物圏は1:1の割合で二酸化炭素と酸素の交換を行うことになる。しかし実際の生物体は炭化水素だけで形成されているわけではなく、二酸化炭素1分子に対して交換される酸素は1分子よりも多い1.1分子と推定されている。

(注4)APO(Atmospheric Potential Oxygen)は APO=O2+1.1×CO2と定義され、大気中のAPOの収支は次式で表わされる。
ΔAPO = −0.3×F −1.1×O            (3)
本研究ではAPOの収支式(3)と式(1)を用いて炭素収支を求めた。APOは大気−陸域生物圏関のガス交換では値が変化しない保存量となるように定義されているため、APOの変化量の方が酸素の変化量よりも正確に求めることができる(APOは陸域生物圏の影響を受けにくい分データのばらつきが小さい)。また、式(1)と(3)に表れるΔCO2として酸素の観測とは独立した二酸化炭素の観測結果を使うことが可能で、本研究では米国海洋大気局によって実施されている二酸化炭素濃度のグローバルな観測から得られる全球平均濃度を使うことによってより信頼性の高い炭素収支を求めた。

(注5)近年の地球温暖化に伴う海水温の上昇によって海洋の酸素溶解度が減少する効果や、海洋循環が変化する効果によって、海洋が正味の酸素放出源となっている可能性が指摘されている。海洋からの酸素放出量をZとすると式(2)及び式(3)はそれぞれ
ΔO2 = −1.4×F +1.1×B + Z            (2’)
ΔAPO = −0.3×F −1.1×O + Z           (3’)
となる。本研究ではZの推定値を用いて式(1)と(3’)から炭素収支を計算した。なお、海洋からの酸素放出は、海洋の二酸化炭素吸収量を過小評価させ陸域生物圏の吸収量を過大評価させることになる。これは図1bで水色矢印(海洋からの酸素の放出に相当)を加えることで緑色矢印(陸域生物圏の吸収)が短く、青色矢印(海洋の吸収)が長くなることに相当する。

(注6)実際には酸素濃度を測定するのではなく酸素と窒素の比(O2/N2比)を測定し、O2/N2比のある基準からの偏差の百万倍として酸素濃度の変動を表す。酸素のような大気主成分の微小な変動を表す場合に厳密な意味での濃度(例えばモル分率)を用いると混乱を招く。そこで、大気中の変動が比較的少ない窒素に対する割合の変化として酸素濃度の変化を表すようにする。なお、図2では分かりやすいように酸素濃度の変化量として示したが、厳密な意味での濃度ではない。

(注7)ここでは炭素換算の重量として収支量を表している。単位Pg C(ぺタグラムカーボン)とは炭素10億トンのことである。

参考文献

1. Yasunori Tohjima*, Hitoshi Mukai, Yukihiro Nojiri, Hiroaki Yamagishi, and Toshinobu Machida (2007):Atmospheric O2/N2 measurements at two Japanese sites: estimation of global oceanic and land biotic carbon sinks and analysis of the variations in atmospheric potential oxygen (APO), Tellus, In press. (日本の2つの観測点における大気中酸素濃度の観測:グローバルな海洋及び陸域生物圏の炭素吸収量の推定と大気ポテンシャル酸素(APO)の変動の解析)

問い合わせ先

(本件内容に関する具体的な事項)
独立行政法人国立環境研究所
大気圏環境研究領域・大気動態研究室  遠嶋  康徳
Tel: 029-850-2485  Fax: 029-858-2645

(関連する取材の申込みや研究所全体に関する事項)
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