アオコ形成藻ミクロシスティス・エルギノーサの全ゲノム解読に成功
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平成20年1月10日 |
独立行政法人国立環境研究所 |
国立大学法人筑波大学 |
財団法人かずさDNA研究所 |
(財)かずさ DNA 研究所、筑波大学、(独)国立環境研究所の共同研究チームは、富栄養湖沼で大発生し、環境問題を引き起こしている「アオコ」の原因である藍藻(シアノバクテリア)ミクロシスティス・エルギノーサの全ゲノム解読に、世界で初めて成功しました。
アオコは、霞ヶ浦、印旛沼などで深刻な環境汚染を引き起こしています。今回の成果が、アオコ増殖のメカニズムの解明やアオコの駆除方法の開発に繋がることが期待されます。
概要
(財)かずさDNA研究所、筑波大学、(独)国立環境研究所の共同研究チームは、世界各地の富栄養湖沼で大発生し、環境問題を引き起こしている藍藻類(シアノバクテリア)の一種ミクロシスティス・エルギノーサのタイプ株(標準株)である Microcystis aeruginosa NIES-843株の全ゲノム解読を世界に先駆けて完了した。
ミクロシスティスのゲノムは約600万塩基対からなる環状DNAで、タンパク質をつくる遺伝子は6,325個あることがわかった。これらを解析した結果、ミクロシスティスが生産する毒素「ミクロシスチン」の合成に関わる遺伝子群、トランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝子」が多いこと、これと対照的に環境変化に応答するセンサーの役割を果たすタンパク質や応答反応を制御する役割を果たすタンパク質をつくる遺伝子が極端に少ないことなど、ゲノムのさまざまな特徴が明らかになって、今後、今回の研究で見つかった多数の遺伝子の働きをより詳しく研究することによって、アオコの大量発生や毒素生産のメカニズムの解明、さらには有毒アオコの発生防止や発生後の効果的な駆除等への応用に繋がることが期待される。
この研究の成果は、国際専門誌 DNA Research の12月号に掲載される。
1.背景
ミクロシスティスは分類学的には藍藻類(シアノバクテリア)という微生物のグループに属し、光合成を行うことによって増殖する。ミクロシスティスは富栄養化した湖沼やダム等で大量発生して、湖沼及び周辺環境を悪化させる「アオコ」を形成する生物である。アオコを形成する生物は複数の微生物が知られているが、その中でもミクロシスティスは日本のみならず、世界中で最も発生報告が多い代表的なアオコ原因種である。
殆どのミクロシスティスは毒性をもち、この有毒アオコが原因となる人の死亡例や健康被害、家畜の斃死、水産被害、農作物の生長障害が世界各地から数多く報告され、水環境の安全性とその持続性が懸念されている。この毒素はミクロシスチンと呼ばれており、急性肝炎や肝臓癌を引き起こすことが知られていることから、世界保健機構(WHO)は飲料水中のミクロシスチンのガイドライン値を1μg/Lと設定し、各国に勧告している。
このように、有毒アオコは茨城県内、国内のみならず地球規模で大きな問題となっており、多くの国で取り組みがなされているが、どのような環境下で大量発生するのか、どのように毒素を作るかなどについては謎に包まれており、適切な対策法がみつかっていない。ミクロシスティスの全ゲノムの解読は、これらの謎を解明し対策法を確立するための大きな後押しとなることが期待されることから、国外の研究機関も解析を進めていたが、今回、世界に先駆けて解読を完了することができた。
2.成果
今回の研究では代表的な有毒アオコであるミクロシスティス・エルギノーサのタイプ株であるNIES-843の全ゲノム(5,842,795塩基)を完全解読し、ゲノム中にタンパク質をコード(生産)する遺伝子が6,325個あることがわかった。
これらの中で特に注目すべき点は、「トランスポゾン」と呼ばれるゲノム内を移動する「動く遺伝子」が非常に多数存在し、実に全ゲノムの12%近くにも達していたことである。トランスポゾンの移動は様々な遺伝子に変異を起こし、機能に影響を与えることがある。そのため、トランスポゾンの移動によるゲノムのダイナミックな再編成が、アオコの発生・消滅やアオコ毒素の生成・動態・多様性などに深く関与している可能性が考えられる。
一方、これとは対照的に、環境の変化に応答するセンサーの役割を果たすタンパク質や応答反応を制御する役割を果たすタンパク質をコードする遺伝子は極端に少ないことがわかった。つまり、環境変化に対しては、少数の環境センサー・応答制御系の遺伝子しか関与していない可能性が高いことから、ある特定の環境変化に対してはドラステイックな応答をしやすい性質をもつことが示唆された。この性質を利用したアオコ発生防止技術の開発が期待される。
また、全ゲノム配列の中には、前述のアオコ毒素ミクロシスチンの生産に関与する遺伝子や、ミクロシスチンに類似するポリペプチドの合成に関わる遺伝子が多数見つかっていることから、将来的に毒素生産を制御する技術の開発につながる可能性がある。
発見された遺伝子のうち、半数近くは機能がよくわかっていない。今後、これらの遺伝子をより詳しく解析することによって、アオコの大量発生や毒素生産のメカニズム等の解明、さらには有毒アオコの発生防止や発生後の効果的な駆除技術開発などにつながることが期待される。
この研究の成果は、国際専門誌 DNA Research のオンライン版と2007年12月号に掲載される。また、全ゲノムの配列情報は、(財)かずさ DNA 研究所が運営するシアノバクテリアのゲノムデータベース、CyanoBase(URL http://bacteria.kazusa.or. jp/cyano/index.html)から公開されている。(独)国立環境研究所微生物系統保存施設(URL http://www.nies.go.jp/biology/mcc/home_j.htm)では、今回のゲノム解析に使用したミクロシスティス・エルギノーサのタイプ株(株番号NIES-843)の系統保存及び分譲を行っている。現在、世界中で多くの研究者がミクロシスティスを研究対象にしていることから、全ゲノム配列が解読された同株を用いた研究が広く行われることも併せて期待される。
3.問い合わせ先
■ 独立行政法人国立環境研究所 |
生物圏環境研究領域 |
生態遺伝研究室 室長 中嶋 信美 |
Tel: 029-850-2490 Fax: 029-850-2490 |
微生物生態研究室 室長(微生物系統保存施設担当) 笠井 文絵 |
Tel: 029-850-2424 Fax: 029-850-2587 |
広報・国際室 研究企画主幹 広兼 克憲 |
Tel: 029-850-2308 Fax: 029-851-2854 |
■ 国立大学法人筑波大学 |
大学院生命環境科学研究科 教授 渡邉 信 |
Tel: 029-853-4301 Fax: 029-853-6614 |
■ 財団法人かずさ DNA 研究所 |
副所長 田畑 哲之 Tel: 0438-52-3900 Fax: 0438-52-3901 |
企画管理部企画課 Tel: 0438-52-3900 Fax: 0438-52-3901 |
添付資料
- アオコ発生の写真 1枚
- ミクロシスティス・エルギノーサの顕微鏡写真 1枚
- ミクロシスティス・エルギノーサの環状ゲノム地図 1枚

アオコの発生

ミクロシスティス・エルギノーサの顕微鏡写真

ミクロシスティス・エルギノーサの環状ゲノム地図