記者発表 2008年1月7日

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分光画像計測による地中植物根の自動分類
―衛星観測技術の応用により地中生態画像の解析に成功―
(筑波研究学園都市記者会、 環境省記者クラブ同時配布 )

平成20年1月7日(月)
独立行政法人国立環境研究所 
地球環境研究センター陸域モニタリング推進室
  主任研究員: 小熊 宏之(029-850-2983)
  NIESポスドクフェロー: 中路 達郎(029-850-2202)


要旨

国立環境研究所の中路NIESポスドクフェローらの研究グループは、衛星観測などで広く利用されている分光反射画像(注1)の解析技術を地中の植物生態研究に応用し、近赤外波長域の反射画像をもとに、植物の根の生死の判断や地中の有機物と土壌の分類精度を格段に向上させることに成功した。

地球温暖化の原因物質である二酸化炭素の吸収あるいは放出源としての森林の機能を評価する際、根や土壌有機物の量やその動態の解明が重要である。今回開発した土壌中の観測技術を活用すれば、これまで解析が難しかった地中の炭素動態研究を大幅に効率化することが出来る。

地中の生態研究における近赤外分光画像計測の応用は国内外で初めての試みである。今後は、様々な環境条件での検証とともに野外観測で汎用性の高い小型分光センサの開発などの実用化が課題となる。

なお、本研究は国立環境研究所の奨励研究費により実施され、この内容をまとめた論文は、昨年末オランダの農業科学雑誌「Plant and Soil」に掲載された(文献 1)。

1.研究背景

植物の根の成長や植物の枯死遺体などによって地中に貯蓄される炭素量は、森林全体の炭素固定量に対して3割(ヨーロッパアカマツ)〜6割(冷温帯落葉樹林)に達すると予想されており(文献 2, 3)、二酸化炭素の吸収源としての森林を考えた場合、地中の炭素動態(生物−非生物を通した炭素の動き)が全体に与える影響は非常に大きい。特に、根の場合、成長だけでなく、枯死や土壌生物による捕食、微生物による分解などによってその炭素の存在量や形態は絶えず変化し、それぞれの過程も植生や立地環境などで変化すると予想されている。

しかしながら、地中の根や有機物の成長や分解過程を時間的、空間的に連続して計測することは技術的に難しく、また、作業が膨大となることから地上の生理生態研究と比較して研究例が非常に少ない。一般に、森林全体の炭素固定量は、大気と植生間の二酸化炭素の収支を計測する微気象学的研究から論じられることが多いが、根や有機物をはじめとする地中の炭素の動向には不明な点も多い。微気象学的に推定された系全体の炭素吸収量の妥当性を判断する上で、地中生態系の炭素動態の解明が重要視されている。

2.従来の地中観測手法と本研究の手法

根の成長速度や、死んだ根や枝葉(リター)などの地中での分解速度を計測する方法には、土壌ごと根や有機物を掘り返して調査する破壊的手法と、地中に埋設した透明なケースを通して周囲の画像を撮影して定期的な変化を目視で観察する非破壊手法がある(文献 4,5)。前者では掘り返した試料を対象に室内分析を行うため、形態ごとのバイオマス量、炭素量といった定量的な情報が確実に得られる反面、調査地を掘り返すために根圏生態系を攪乱し、連続調査に適さないという重大な欠点がある。また、採取した根の洗浄、分類や定量作業を手作業で行うため膨大な手間がかかってしまう。一方、後者の非破壊観測手法では、地中にあらかじめ埋設した透明な観察窓に定期的にカメラを入れて壁面の土壌断面を撮影するため、一度観察窓を埋設した後は地中の生態系に与えるストレスが小さく、連続観測にも適している。調査地における作業労力も少なく、近年の多くの研究で、この画像撮影手法が利用されている。

しかしながら、この画像撮影手法は解析作業が困難であるという課題があり、本研究では、技術面からその改善を目指した。市販されている計測機材(例 米国バーツ社製 ミニライゾトロンなど)を用いた多くの研究で得られる画像は一般的なCCDカメラによる可視カラー画像である。研究者は、得られたカラー画像で、生きている根、枯死した根、リター、土壌などの構成物を肉眼で判別してその分布や時間変化を解析する。多くの場合、根の色や形状をもとに根の生死や分解程度、土壌とリターの境界を判断するため、判断基準に個人差が生じ、得られるデータにもバラツキがでてしまう。また、PC解析ソフトウェアも開発されているが、結局は一つ一つの対象物を肉眼で確認しながら解析するために作業の効率化にはつながらず、研究の発展にとって非常に大きなネックになっている。

本研究では、これらの従来の画像解析の弱点を解決し、より客観的な解析を可能にするために、画像の撮影装置を工夫した。一般に、植物などの組織構造体は近赤外領域(波長:>700nm)において粘土鉱物よりも高い反射率を持つことが知られている。例えば、人工衛星や航空機などからの地表面の近赤外反射画像の撮影によって農地の枯れ草(収穫後の残渣)の状況が判断できる(文献 6)、土壌試料の詳細な近赤外反射計測から有機物の分解程度を推定する(文献 7)報告もある。本研究では、地中の画像撮影にこの分光測定手法を応用し、赤青緑の可視域に感度を持つ市販のカメラでなく、可視から近赤外までの画像を波長ごとに分けて撮影できる特殊な分光カメラを使用して解析を行った。そして、地中構成物の判別・分類に有効な撮影波長を検討し、一般的な自動分類を行った際の分類精度(正解率)を可視―近赤外領域の分光画像を使用した場合と従来のカラー画像の場合で比較した。

3.実験の概要

黒ボク土、リターを混合したガラスケースでポプラを育成し、ガラス側面から根圏の連続分光画像(480−970nm, 120バンド)を定期的に撮影した(図1)。反射率が既知のエチレンビニルアセテート樹脂製のプレートを標準として根圏と同時に撮影し、得られた画像情報をすべて反射率(%)として計算した。使用した分光カメラは、信号のリニアリティが確認されているTexas社製のCCDを使用した。

予想していたとおり、近赤外領域における反射率は土壌よりもリターや根で高く、カラー画像(赤、青、緑)よりも近赤外反射を組み込んだ合成画像(近赤外、赤、青)のほうが、土壌と根、リターの違いが鮮明になった(図2)。


図1. 実験の様子.

図1. 実験の様子.
左の写真は、ガラスケースで育成したポプラ、右の写真は分光カメラによる撮影風景である. 育成中はガラスケースの表面をアルミフィルムで遮光し、実験時は撮影箇所のみ露出させた.

図2. ポプラで行った実験画像の一例. 図2. ポプラで行った実験画像の一例.

図2. ポプラで行った実験画像の一例.
上段(a)は、市販のカメラを想定したカラー画像(赤 650nm、緑 550nm、青 480nmで合成)、下段(b)は、青の替わりに近赤外(886nm)の反射画像を使用して表示した場合. 中央部分を左右に伸びているのがポプラの根、土壌中に散らばっているのが枯死した葉(リター)である. 下の日にちは育成日数を示し、20−70日目までは、生きているポプラ、一番右は乾燥によって枯死させたポプラの画像である. カラー画像では、生きているポプラの根は鮮明に確認できるが、枯死した根は若干暗く写る.また、土壌とリターの判別が難しい. 一方、近赤外画像を使った画像では、根だけでなく枯死した根もはっきりと写り、土壌とリターの違いが鮮明に認識できる.

次に、撮影された120バンドの分光画像から有効なバンドを統計的に抽出した。120から数バンドに情報に絞り込むことで、将来、小型カメラを開発する際に必要なスペックを知ることができる。実験で撮影された根を成長段階と生死によって5段階のクラスにわけ、そこにリターと土壌を加えた合計7クラスを定義した。そして、これらの7クラスの画像ピクセルがもっともよく識別できる波長の組み合わせを数学的な手法(Jefferies-Matusitaの距離)によって計算した。例えば、3バンドを選んだ場合、全280,840通りの波長の組み合わせが存在する。すべての組み合わせで、クラス間の統計距離を計算し、最もクラス間の距離が長い(≒分離性がよい)組み合わせを選んだ結果、886nm(近赤外)、679nm(赤)、552nm(緑)の組み合わせとなった(表1)。本研究では、2〜5バンドまで選択した場合の組み合わせを調査したところ、いずれの場合でも、赤色に近い可視バンドと800nmを超える近赤外バンドが選択された。

市販のカメラを想定したカラー画像(赤 650nm, 青 480nm, 緑 550nm)を使用した場合と、可視−近赤外反射画像を使用した場合のそれぞれで、最尤法による教師付き分類を行い、7つのクラスの分類精度(分類正解率)を比較した。その結果、分類正解率はカラー画像のときよりも、近赤外画像を使用することによって明らかに向上した(図3、図4)。

生きている根(クラス1〜4)の分類正解率には可視画像と可視−近赤外画像で大差はなかったものの、枯死根やリター、土壌(クラス5〜7)の分類は近赤外画像の利用により鮮明になり(図3)、例えば、同じ3バンドの情報量で正解率を比較した場合、クラス5〜7の正解率はカラー画像の63.5〜72.6%に対して、近赤外画像利用で71.7〜96.9%となった(図4)。全クラスを平均した分類正解率はカラー画像の67.1%に対して可視−近赤外3バンドで93.3%となり、近赤外画像の利用によって自動分類の精度が飛躍的に向上することが明らかになった(図4)。また、選択バンド数は3バンド以上であればだいたい安定するため、リモートセンシング観測などで利用される3〜4バンドのマルチバンドカメラと同様の技術力で汎用センサが開発できる可能性が高いことも明らかになった。

表1. バンド選択の結果.
  テストケース 選択波長(nm)
  カラー3バンド
  可視ー近赤外2バンド
  可視ー近赤外3バンド
  可視ー近赤外4バンド
  可視ー近赤外5バンド
480,  550,  650
679,  848
522,  679,  886
513,  679,  728,  886
513,  623,  679,  728,  886
上段のカラー3バンドは、通常のカラーカメラを想定して設定した.可視−近赤外2〜5バンドは、Jefferies-Matusitaの距離をもとにしてクラス間の平均分離度が最大になる組み合わせを選択した結果を示す.
図3. 分類結果の比較.

図3. 分類結果の比較.
上段(a)は、カラー画像(650nm、550nm、480nm)を用いて自動分類を行った結果、下段(b)は、可視−近赤外3バンド(679nm、522nm、886nm)の反射画像を使用して分類した結果を示す. 生きた根では分類結果に大きな違いはないが、カラー画像の場合、土壌とリターの分離が不明瞭でモザイク状になってしまう(a).一方、近赤外画像を併用すると土壌やリターの分離が鮮明になり、より正確な分類が可能となる.

図4. 分類正解率

図4. 分類正解率
自動分類の正解率. カラー3バンドよりも、近赤外画像を利用した方が平均正解率が高く、特に枯死根、リターおよび土壌の分類正解率が向上した.

4.本手法の意義と今後の展開

画像解析を行う際の撮影手法に新しく分光技術を導入することで、肉眼では判別困難であった有機物と土壌の違いなどの地中構成物の精度の高い判別を、客観的かつ効率的に行えるようになった。特に近赤外の情報に着目したことが従来にない新しい手法である。

今後は、異なる土壌や植生種など様々な環境条件での有効性の検証を行うとともに、必要な波長を選定してセンサの小型化を図るなど、実用化に向けた研究開発を進める必要がある。

注釈
1)分光反射画像とは、対象物に光エネルギー(入射光)があたって跳ね返ってきたエネルギー(反射光)を波長ごとに分けて計測し、その強度を画像として記録したものを指す。緑被率や土地利用の解析に利用される人工衛星の画像などは分光反射画像を解析したものである。

文献

1) Nakaji, T., Noguchi, K. and Oguma, H. (2007) Classification of rhizosphere components using visible-near infrared spectral images. Plant and Soil (in press)

2) Hendrick, R. L. and Pregitzer, K. S. (1993) The dynamics of fine root length, biomass, and nitrogen content in two northern hardwood ecosystems. Canadian Journal of Forest Research 23, 2507-2520.

3) Xiao, C. W., Curiel Yuste, J., Janssens, I. A., Roskams, P., Nachtergate, L., Carrara, A., Sanchez, B. Y. and Ceulemans, R. (2003) Above- and belowground biomass and net primary production in a 73-year-old Scots pine forest. Tree Physiol. 23, 505-516.

4) Smit, A. L., Bengough, A.G., Engels, C., van Noordwick, M., Pellerin, S. and van de Geijn, S. C. (2000) Root methods: a handbook. Springer-Verlag, Berlin.

5) Hendrick, R. L. and Pregitzer, K. S. (1992) The demography of fine roots in a northern hardwood forest. Ecology 73, 1094-1104.

6) Nagler, P.L., Inoue, Y., Glenn, E. P., Russ, A. L. and Daughtry, C. S. T. (2003) Cellulose absorption index (CAI) to quantify mixed soil-plant litter scenes. Remote Sensing of Environment 87, 310-325. 7) Gillon, D. and David, J. -F. (2001) The use of near infrared reflectance spectroscopy to study chemical changes in the leaf litter consumed by saprophagous invertebrates. Soil Biology and Biochemistry 33, 2159-2161.