記者発表 2007年5月21日

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2007年5月8、9日の広域的な光化学オキシダント汚染について
―国立環境研究所及び九州大学が数値シミュレーションによる再現に成功―
(環境省記者クラブ、筑波研究学園都市記者会同時発表)

平成19年5月21日(月)
   独立行政法人国立環境研究所
アジア自然共生研究グループ広域大気モデリング研究室
室    長:大原  利眞  029-850-2718


概  要

国立環境研究所と九州大学応用力学研究所の研究グループは、2007年(平成19年)5月8日から9日に発生し大きな社会問題となった、光化学オキシダント汚染の数値シミュレーションによる再現に成功しました。その結果によれば、同期間に発生した高濃度オキシダント汚染は、東シナ海に位置する高気圧の北側の西風によって大陸東岸から流れ出した汚染気塊が、朝鮮半島南部を経て、九州北部から東日本の広い範囲に高濃度のオゾン域を形成したためであることが示されました。光化学オキシダント注意報レベルに相当する汚染気塊のスケールも、東西500kmを越えることが明らかにされました。また、国立環境研究所で開発中の「大気汚染予報システム」によって、これらの汚染を予報することにも成功しました。今後、準備が整い次第、この予報結果を一般公開する予定です。


背  景

2007年5月8日から9日にかけて、九州から東日本の広い範囲で光化学スモッグ注意報が発令されました(このリンクはPDFデータにリンクします/図1 )。長崎県、大分県、新潟県など注意報が初めて発令された地点もあります。光化学オキシダントの原因は、隣接地域の発生源だけでなく広域的なバックグランド汚染も影響しているといわれ、経済発展の著しい中国大陸で排出された窒素酸化物等が寄与する可能性が指摘されています。光化学オキシダントは、目やのどの痛みや、喘息などの健康被害を起こしたり、植物被害をもたらすおそれがあります。したがって、広域にわたる光化学オキシダント汚染の発生の原因を明らかにする必要があります。


内  容

国立環境研究所は、九州大学応用力学研究所や海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターなどと共同で、東アジア域の大気環境、特に大気汚染の変化を再現出来る化学輸送モデルを開発し、それを用いて現在と将来の東アジアの大気環境の変化を明らかにしてきました。これは気象モデルと大気中の詳細な化学反応を含む輸送モデルを組み合わせたもので、各国のエネルギー統計などに基づき算出した窒素酸化物などの排出量推計結果を用い、東アジア域の大気汚染の状況を計算することが出来ます。また、このモデルを用いることで、東アジア域の排出量が変化することによって、日本での光化学オゾンがどのように変化するかを明らかにすることができます。

国立環境研究所と九州大学応用力学研究所は、この共同開発された化学輸送モデルを用いて、5月上旬の東アジア域の大気汚染・越境大気汚染の様子の再現シミュレーションを行い、5月7日から9日にかけての、高濃度オゾン域の形成と移動を解析しました。(このリンクはPDFデータにリンクします/図2 )。その結果、東シナ海に位置する高気圧の北側の西風で、中国東岸から流れ出した汚染気塊が、朝鮮半島南部を経て、九州北部から東日本の広い範囲に高濃度のオゾン域を形成する様子が再現されました。形成された光化学オキシダント注意報レベルに相当する汚染気塊のスケールは、東西500kmを越えるもので、中国国内の汚染物質のみでなく、韓国や、日本国内の寄与も受けていることが示されました。また、中国の窒素酸化物排出量を半分に削減した感度解析(1992年レベルに相当)と比較すると、今回の方がオゾン濃度が0.005-0.010 ppm程度上昇していることが確認されました(このリンクはPDFデータにリンクします/図3 このリンクはPDFデータにリンクします/図4 )。今回の高濃度光化学オキシダント汚染に対する越境汚染の影響は地域で異なりますが、中国の排出量増加に起因する越境大気汚染の影響が示唆されました。しかし、例えば、5月9日に首都圏や関西圏などの大都市域で発生した光化学オキシダントには、気象条件や全国的な濃度分布から判断すると、都市大気汚染の影響も大きかったことが推測されます。従って、越境大気汚染と都市大気汚染の両面から発生原因を解明することが今後の重要課題と考えられます。

国立環境研究所では、アジア自然共生研究プログラムの研究プロジェクトや全国の地方環境研究所との共同研究において、光化学オキシダントの動態解明に関する研究を進めています。この中で、毎日の東アジア域/日本域/関東域の大気汚染を予報する「大気汚染予報システム」を開発し、テスト運用を開始しています(このリンクはPDFデータにリンクします/図5 )。このシステムを用いて、5月8,9日における光化学オキシダント汚染の広域的な様子を予報することにも、ほぼ成功しました。今後、予報結果を一般公開する方向で準備を進める予定です。

なお、今回のシミュレーション結果のオゾン濃度(地上から上空450mまでの平均)のアニメーション、全国で測定された光化学オキシダント濃度の分布図及び参考図は、

光化学オキシダント等に関するC型共同研究ページ(「成果」タブをクリック)
http://www.nies.go.jp/pmdep/ctype/result.html

からダウンロ−ドできます。


補足説明

背景

国内の大気常時測定局で測定された光化学オキシダント濃度の年平均値は、1990年以降、上昇傾向にあります(大原・坂田, 2003; 国立環境研究所, 2007)。2006 年には、光化学オキシダント注意報を発令した都道府県数が25 都府県に達し、観測史上最大の数となっています。例えば、大きな発生源地域が無い長崎県や熊本県でも、2006 年5 月に観測史上初めて注意報が発令されています。国内の清浄な地点(遠隔地)で測定されたオゾン濃度も上昇傾向を示しています。例えば、八方尾根(長野県山岳域)と綾里(岩手県沿岸域)における年平均オゾン濃度は、1992〜2002 年の10 年間で、八方尾根では0.009 ppm (1992 年基準で2 %/ 年)、綾里でも0.007 ppm( 同2 %/ 年)も増加しています(大原, 2007)。酸性雨研究センター(2007) の解析によると、東アジアモニタリングネットワーク(EANET) の国内の遠隔地で測定されたオゾン濃度も、2000 年から2005 年の間に、最大で0.010ppm 程度の上昇が観測されています。


利用した化学輸送数値モデルの構成

大気中の化学反応過程を含む化学輸送数値モデルとしては、米国環境保護庁(EPA) のCommunity Multiscale Air Quality model (CMAQ) version 4.4 を用いています。CMAQ は、3次元の大気質シミュレーションモデルで、地形、土地利用、発生源、気象とその他の入力条件をもとに大気環境の様々な問題に適用され、様々な大気汚染質濃度の分布と湿性・乾性沈着量をシミュレートできます(鵜野ら, 2005)。

CMAQ の計算領域としては、インドシナ半島を含む東南アジアの領域で、水平80km 格子で78×68 格子点、鉛直方向に19 層(上空23km まで)です。(地図投影の中心は北緯25°,東経115°)。気象条件としては、気象庁の天気予報・解析に用いられる格子点数値データGPV をもとに、米国コロラド大学の開発した地域気象モデルシステム(RAMS) を用いています。アジア域の窒素酸化物等の発生量は、各種エネルギー統計に基づいて推定したアジア域排出インベントリREAS(1980-2003 年までの排出量を推計; Ohara ら, 2007 )の中の2003 年の推計結果を利用しています。


アジア域の発生量の増加について

アジア地域では、火力発電所・工場・自動車等による石炭・石油などの化石燃料の燃焼、家庭での木炭燃焼、農業残瑳物の屋外焼却や焼き畑・森林火災などの多様な発生源から、窒素酸化物NOx や硫黄酸化物SOx を代表とする様々な大気汚染物質が大量に大気中に放出され、その総量は2000 年推計では年間NOx で2,650 万トン(中国起源が44%)、SOx で3,940 万トン(同67% )となっています(Ohara ら, 2007) 。

アジア域のNOx 排出量は、1980 年から2000 年の20 年間で約2.3 倍に増加しています。2000 年以降には、その増加傾向が著しく、中国におけるNOx 排出量の増加率は、国内総生産GDP の年率10% 程度の成長に対応するように、過去最高となっています。その結果、アジア域のNOx 排出量は北米や欧州を追い越し、将来的にも排出量の増加が見込まれています。


アジア起源の大気汚染の寄与

2000 年での地上オゾンの4月平均濃度についてのCMAQ モデルを用いて数値シミュレーションを行いました。その結果、本州を含む日本海周辺地域の広い範囲で大気環境基準0.06ppm を超過しており、そのうちの10-20% 程度が東アジア起源であることが判明しています。これらの結果は、東アジア域での産業活動に伴って排出されたNOx が大気中で複雑な光化学反応を経てオゾンを生成し、我が国の大気環境に大きなインパクトを与えていることを意味しています(Yamaji ら, 2006) 。

今回は、中国の急速な排出量の増加に伴うオゾン濃度の変化を、モデルによるシミュレーションで調べました。ここでは、中国の1992 年レベルの窒素酸化物の排出量約750 万トンと、2003 年の排出量約1450 万トンに年率10 %の伸びを仮定した2007 年排出量を与えた計算の差を解析しました。その結果5月7日から9日(3日間平均濃度)の地上から上空450 mの期間平均濃度で0.005-0.010ppm 程度のオゾンの濃度差が見られ、その上昇率は九州から西日本にかけて大きいことが示されました。


参考文献

1.  大原利眞、坂田智之: 光化学オキシダントの全国的な経年変動に関する研究, 大気環境学会誌, 38, 47-54, 2003.

2.  国立環境研究所:日本における光化学オキシダント等の挙動解明に関する研究(大原利眞編), 国立環境研究所研究報告第195号 (R-195-2007), pp.255, 2007.

3.  大原利眞:日本における光化学オゾンの上昇― アジアにおける排出量の増加と越境汚染の影響 −, 生活と環境, 2007 (印刷中).

4.  酸性雨研究センター:早急な対応が必要「増え続ける対流圏オゾン」, http://www.adorc.gr.jp/adorcjp/ , 2007 (4月1日発表).

5.  鵜野伊津志, 大原利眞, 菅田誠治, 黒川純一, 古橋規尊, 山地一代, 谷本直隆, 弓本桂也, 植松光夫: RAMS/CMAQ の連携システムによるアジア域の物質輸送シミュレーションシステムの構築. 大気環境学会誌, 40(4), 148-164, 2005.

6.  Ohara, T., H. Akimoto, J. Kurokawa, N. Horii, K. Yamaji, X. Yan, and T. Hayasaka: An Asianemission inventory of anthropogenic emission sources for the period 1980-2020, Atmospheric Chemistry and Physics Discussion, 2007. (印刷中)
(http://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/p3/emission.htm 参照)

7.  Yamaji, K., T. Ohara, I. Uno, H. Tanimoto, J. Kurokawa, and H. Akimoto: Analysis of seasonal variation of ozone in the boundary layer in East Asiausing the Community Multi-scale Air Quality model: What controls surface ozonelevel over Japan? Atmospheric Environment, 40, 1856-1868, 2006.


その他の資料

1.  東京都環境保全局:光化学オキシダント対策検討会報告書, 2005.

2.  酸性雨研究センター:増え続ける対流圏オゾンの脅威, 2005.
http://www.adorc.gr.jp/adorcjp/doc/ozone.pdf


お問い合せ

アジア自然共生研究グループ  広域大気モデリング研究室  室長
大原利眞
電話:029−850−2718
FAX:029−850−2580
Mail:tohara@nies.go.jp

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