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【新連載】審議委員に聞く
—新環境基本計画が目指すもの—
第1回 井田徹治さん(共同通信社)

どういう想いを、あなたは託しましたか

 新しい環境基本計画が昨年発表された。

 基本計画は、国の環境政策を決めていくうえでの方向性を示したもの。今後、様々な現場での施策に反映されていくことになる。

 この基本計画はいったい何を目指しているのか。約1年にわたる議論に加わった審議委員に、計画にこめた、それぞれの想いを聞いていく。

 一回目は、共同通信編集委員の井田徹治さん。

プロフィール

井田徹治さん
1959年12月、東京生まれ。1983年、東京大学文学部卒。共同通信社に入社。本社科学部記者、ワシントン支局特派員(科学担当)を経て、現在は編集委員兼論説委員(環境・開発・エネルギー問題担当)。多くの国際会議を取材。著書『ウナギ 地球環境を語る魚』『データで検証 地球の資源』『グリーン経済最前線』(共著)など。

井田さんの写真

新環境基本計画とは?

 新環境基本計画は、2018年4月に閣議決定された。

 最初の計画ができた1994年から6年前後で改訂を重ね、今回が第5次になる。2017年2月から中央環境審議会総合政策部会で審議が積み重ねられてきた。

第5次環境基本計画のポイント

・国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」や地球温暖化対策の国際ルール「パリ協定」をふまえ、「新たな文明社会を目指す」としている。

・地域の資源を活用した「地域循環共生圏」の考え方を新たに提唱。

「6つの重点戦略」(経済、国土、地域、暮らし、技術、国際)を設け、環境政策を通じた経済・社会的課題の解決への取り組みを提示。

第5次環境基本計画の概要と本文はこちら(外部サイト)

「地球の限界」を超える危機感

質問、環境問題に30年以上にわたり取り組んでこられた。今回の基本計画の審議には、どのような思いでのぞんだか?

 今回の環境基本計画は、国連の「持続可能な開発計画(SDGs)」と、地球温暖化防止のためのパリ協定ができて、初めてのものになる。

 このふたつのルールの精神を、きちんと盛り込むものにしなければならないと考えた。

 SDGsもパリ協定も、ともに2015年に生まれた。

 SDGsは、環境を破壊せずに世界中のすべての人々が豊かな暮らしをすることを目指している。パリ協定は、温室効果ガスを今世紀後半に実質的にゼロにする「脱炭素社会」を目標に掲げている。

 このふたつに共通しているのは、人類が、現在のままの経済・社会活動を続けていくと、環境破壊が進み、取り返しがつかなくなるという危機感だ。

 この危機感を端的に表現しているのが、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)※注 という研究だ。基本計画の原案で紹介され、私はこの考えを強調すべきだと審議会では再三、訴えた。

 プラネタリー・バウンダリーは、人間が地球環境へ与える影響を9つの分野で表現し、影響の程度が境界を超えると、人間が安全に活動できなくなるという考え方。

 9つのうち「気候変動」「生物多様性」「土地利用」など4つの分野で、境界を越えていると指摘している。

 プラネタリー・バウンダリーを発表したロックストローム氏は、ウェディングケーキ構造(こちらの画像のようなイメージ/外部リンク)という考え方も主張している。

 「気候」「海洋」「生物多様性」「淡水」の環境に関する4項目が一番下にあり、そのうえに、経済、社会に関する目標がウェディングケーキのようにのっているという見方だ。

 これまでは、環境保護のための規制が経済成長のあしかせにならないように、「環境と経済の両立」と言われてきた。しかし、現在は人間活動が地球に与える影響はすでに限界に達している。

 今回の基本計画では、その限界の中でしか我々の経済活動や社会活動はなしえないという考え方まで踏み込むべきだと考えた。

 危機感があるからこそ、SDGsやパリ協定には、持続可能性や脱炭素社会にむけて、今後の経済社会活動の方向性を根本的にかえるゲームチェンジャーの性格がある。

 人類の出すCO2には限界があるというカーボンバジェット(炭素予算)の考え方を取り入れ、CO2の排出を抑える方策のカーボンプライシング(炭素の価格づけ)などの対策も強調される。

 持続可能な社会に向けて、これまでの考え方を大きく変える、パラダイムの転換が訪れている。

※注 プラネタリー・バウンダリーとは?
スウェーデンの環境学者でヨハン・ロックストローム氏らが2009年に発表。「Nature」など主要な科学誌に掲載され注目された。詳しくはこちら→「平成29年版 環境・循環型社会・生物多様性白書」(PDFの2枚目/外部リンク)

質問、審議会ではどのような議論があったのか?

 産業界の代表からは、強い批判を浴びた。「プラネタリー・バウンダリーは単にひとつの研究にすぎず権威がない。基本計画には記載すべきではない」という意見が相次いだ。

 ただ、この批判に対しては、別の委員から「この研究はすでに複数の主要な科学雑誌に掲載されている」、「SDGsのガイドのホームページにも、この概念を紹介している」などの反論が出て、結局、基本計画のなかに「プラネタリー・バウンダリー」の説明は残った

 また、産業界からあった根強い意見は、「環境と経済と社会のバランス」という考えだ。

 例えば、原案のなかにあった「環境保全上の効果を最大限に生かしつつ」という表現に対して、「『環境』に強く寄っているような感があり、『効果の最大化を目指す』などに変えてほしい」との意見が出た。

 さらに「環境がすべての根底にあり、その基盤上に持続可能な経済活動、社会活動が依存している」というくだりは、私は危機感を表現する重要な部分だと指摘したが、産業界からは異論がでて、「すべての根底にあり」の表現は削除された。

 結局、危機感、環境第一やパラダイム転換についての表現は薄まり、「環境・経済・社会の統合」というようなところに落ち込み、昔ながらの「経済も環境も両方大事ですね」という、これまでの環境基本計画と同じトーンになってしまったのが大変残念だ。

質問、この計画は成功なのか、失敗なのか?

 全体的には80点の出来だと思う。

 プラネタリー・バウンダリーの表現は残ったし、SDGsやパリ協定に関連して、パラダイム転換の考えかたも、書き込まれているので、私が主張した「環境保全がないと、経済、社会は成り立たないのだ」という考えを読み取ることはできる。

 ただ、この基本計画では、地球環境の悪化の現状やそれに対する危機感まで読み取れないのが私の不満だ。

 一方で、産業界代表の人たちは、最終的には「環境と経済の統合という一体的連携が明確にされ、非常によかった」と評価していて、「環境・経済・社会のバランス」を読み取れる内容になっている。

 痛み分けというところだ。

質問、地球環境が悪化しているという危機感が薄いのはなぜだと思うか?

 プラネタリー・バウンダリーの議論をしている際、ある委員が「地球環境の悪化が進み、人間が安全に活動できる範囲を超えるレベルというが、私はいろいろと世界中に行ったが、そういった認識はない」と発言した。

 それについて、私は反発して、「世界各国を歩いていても、きれいなホテルにいたり、国際会議場にいたりするとなかなかわからない」と指摘した。各国の地方を取材で訪ね、貧困と環境悪化の悪循環のいろいろな現場を目の当たりにした。

 結局、危機感に違いが生まれるのは、見たいところしか見ないからだ。パラダイムの転換が必要な時代に昔の枠組みで自分の見たいものだけを見ている。

 産業界の人たちは、パラダイム転換についていけず、昔の枠組みでしか見ていないと感じた。世界的には、環境がなければ企業経営も成り立たないというのは、定着している

 脱炭素社会を目指すという新しいルールのなかで、どう勝ち残るかという競争はすでに始まっている

質問、その競争に、日本は乗り遅れているのか?

 その心配はある。しかし、新しい流れもある。

 今回の審議で、議論の焦点のひとつがカーボンプライシング(炭素の価格付け/企業などから排出されるCO2の量を削減する方策。炭素税や排出権取引制度がある)だった。

 ある委員がカーボンプライシングの言及を提案した際、産業界代表からは強い反対の声が出された。「炭素税や排出権取引など規制的手法は、企業に経済的負担を課し、経済活動に負の影響をあたえる」との主張だ。

 しかし、審議の過程で、19の関係諸団体からヒアリングをしたところ、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)からカーボンプライシングに賛成する声があがった。

 脱炭素社会の実現に向けて、排出削減の努力が報われる仕組みとして有効だ、との主張だった。JCLPは、温暖化対策への取り組みをビジネスチャンスとした考える企業の集団で、大手を含めて約40社が参加している。

 産業界は常に反対しているとしか見てこなかったので、産業界のなかでこうした声が見えてきたというのは重要なことで、変化の表れだ。

質問、基本計画では、2つの特徴が強調されている。「地域循環共生圏」と「6つの重点戦略」だ。どう評価しているか。

 「地域循環共生圏」は、地域の資源を活用し自立・分散型の社会を作りつつ、自然的なつながり、経済的なつながりで、地方と都市がネットワークを生み出す構想。農山漁村も都市も活かす持続可能な社会を目指している

 「共生圏」について、ある自治体で地域エネルギーに取り組んでいる人から、「今回の環境計画は思い切ったことを書きましたね」と言われた。国の計画で、「(地方のことについて)よくあそこまで書けたと思った」と高く評価していた。

 「6つの重点戦略」は、経済、国土、地域、暮らし、技術、国際の6つのテーマで、関連する施策・目標をまとめている。

 これまでの基本計画では、「重点戦略」は、環境省のなかの部局ごとにまとめてあり、縦割りの印象だったが、今回は部局ごとの垣根をなくし、テーマでまとめている。

 例えば、国土というテーマだと、「気候変動への適応を含めた強靭な社会づくり」「コンパクトシティと再エネ、省エネ」など、環境を幅広く様々な角度から論じている

 環境政策を基本にして、6つのテーマそれぞれで取り組むというスタイルで、「環境なしに、経済も社会も成り立たない」という方向性に沿っていると考えている。

 しかし、抜け穴があるという心配もしている。

 テーマのなかの施策、例えば、「技術」のなかにある「ドローン」や「自動運転」のプロジェクトに取り組んでいることによって、「環境計画に沿って研究をしている」と主張できてしまうことにもなる。

 「環境」への視点がなくても、個別のプロジェクトのつまみ食いが起こってしまいかねない。

 審議会では、この基本計画がどのように実行されるかをヒアリングする計画も決めた。「地域循環共生圏」や「重点戦略」もヒアリングの場で検証していく

質問、環境研究に何をのぞむか?

 ロングタームな視点と、統合的な視野を誰かが持たなければいけない

 最近、研究計画を見ていると、1年後にはこういう論文、3年後にはこういう論文が書けるというような内容が目立つ。予算、計画、アウトカムで評価されるという仕組みができ、研究内容がピースミール(断片的)になっている。

 サイエンスは、そういうものではない。環境研究も同様だ。

 パリ協定をふくめて、SDGsの17の目標(ゴール)、169のターゲットをそれぞれ研究していくとトレードオフ(二律背反)が発生する。

 例えば、貧困の撲滅を目指し、経済発展を実現するとCO2排出が増加し温暖化にむすびつく。個々の課題に取り組んでいるうちに、巨大なトレードオフができているということがありえる。

 それをどう乗り越えてウィンウィンの関係を成立させるか。断片的研究ではなく、統合的な視点をだれかが考えなければいけないし、個々の研究者も気配りは必要だ。

 「地域循環共生圏」「6つの重点戦略」でも、どのようなトレードオフがあるのかを明らかにし、それを乗り越える道を示す研究が重要なのではないか。(終)

<掲載日:2019年1月11日>
取材、構成、文・冨永伸夫(対話オフィス)

参考関連リンク

●環境省「第5次環境基本計画の概要」(外部リンク)
http://www.env.go.jp/press/105414.html 

●環境省「平成29年版 環境・循環型社会・生物多様性白書」(外部リンク/PDF)
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h29/pdf/1_1.pdf
※プラネタリー・バウンダリーについての説明は、PDFの2枚目