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気候変動の適応研究めぐり、活発に議論
ステークホルダー会合2017開催

企業、金融、自治体、メディアから参加

はじめに

 国立環境研究所(以下、国環研)では、私たちの活動に関わっておられたり、興味をもってくださるみなさん(ステークホルダー)をお招きして、研究内容について意見交換をする会合を毎年、社会対話・協働推進オフィス(以下、対話オフィス)の主催で開催しています。

 今年は、気候変動の影響への適応策の研究事業をテーマにとりあげ、12月7日(金)に実施。企業、金融、自治体、メディアの第一線で活躍されている次の4名の方々をお招きしました。

・石井徹さん(朝日新聞 編集委員)
・大倉紀彰さん(横浜市温暖化対策統括本部企画調整部 担当部長)
・前川統一郎さん(環境経営学会 理事/国際航業株式会社 上級顧問)
・吉高まりさん(三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社 クリーン・エネルギー・ファイナンス部主任研究員)

ステークホルダー4名と幹部の写真
左から、渡辺理事長、吉高さん、前川さん、石井さん、大倉さん、立川理事。

 環境省からも地球環境局気候変動適応室の小沼信之・室長補佐にご参加いただきました。
 国環研からは渡辺知保・理事長、立川裕隆・理事、藤田壮・社会環境システム研究センター長、ならびに気候変動戦略連携オフィスの肱岡靖明代表ら15人が参加しました。会合では対話オフィスの江守正多代表がモデレーターを務めました。

適応研究、閣議決定で節目

 気候変動への「適応策」について、2015年11月に「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定されました(環境省による報道発表→http://www.env.go.jp/press/101722.html)。
 地球温暖化への対策には、緩和策と適応策があります。緩和策は、温暖化の原因となるCO2などの温室効果ガスを減らすこと。温暖化の原因を減らす=温暖化を緩和する、という意味です。

 一方、温暖化の悪影響に対していかに備えるかが適応策です。
 温暖化に伴って予想される、海面上昇、熱波、渇水などさまざまなリスクに対する対策です。と同時に、温暖化によって、ある地域では新しい作物の栽培が可能になるなどのチャンスも生まれます。そのように温暖化をいかに有効に活用するかという視点も研究されています。

 適応策の大切さは従来から、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)や国際会議などで指摘され、省庁や大学、研究機関それぞれが調査・研究の実績を積み重ねてきました。
 そして、上述した「気候変動の影響への適応計画」の閣議決定によって、日本全体として取り組む仕組みが初めてできたと言えます。
 この結果、国環研での適応策研究も大きな節目を迎えました。「適応計画」をふまえて、2016年に研究事業連携部門に、適応研究のまとめ役として気候変動戦略連携オフィスを発足させました。

A-PLAT、研究蓄積を市民社会が利用する仕組み

 今回の会合では、新段階を迎えた適応策研究事業をテーマとしてとりあげました。国環研の取り組みの現状と課題を浮き彫りにし、今後の活動をより実りあるものにすることが目的です。
 会合ではまず、気候変動戦略連携オフィスの肱岡代表が研究事業の内容について話題提供しました。

 肱岡代表が強調したのは、我々の適応研究の成果を社会に提供する「気候変動適応情報プラットフォーム(略称A-PLAT=Adaptation-Platform/2016年8月スタート)」です。
 肱岡代表は「気候がどのように変動し、社会に影響を与えているのかを観測・監視する研究(モニタリング)や、気候変動の結果、社会や地域がどのよう変化するのかについての研究(シナリオ分析)などで、我々には長年の蓄積がある。それらを一層充実させることはもちろんですが、さらに、研究結果を、社会が気軽に利用できる仕組みを開設したのです」と話しました。

説明する肱岡さんと会場全体の様子
A-PLATの活動について説明する肱岡さん。

 「A-PLAT」が想定している利用者は、自治体、事業者・企業そして個人です。それぞれの立場で適応策を立案するときに、役に立つ情報、たとえば、自分たちの地域の気候がどのように変化しているのかや、ほかの自治体や企業ではどんな取り組みをしているのかなどを知ることができます(A-PLATの詳細→http://www.adaptation-platform.nies.go.jp/)。

 また、「適応計画」をもとに、環境省、農林水産省、国土交通省が合同で「地域適応コンソーシアム」という仕組みを発足させました。全国を6地域に分けそれぞれに協議会をつくり、地域に共通する適応策に取り組もうというものです。このコンソーシアムの運営にも、A-PLAT事務局が支援しています。

2020年にアジア、太平洋地域も対象に

 A-PLATは日本国内が対象ですが、2020年をめどに、アジア太平洋地域を対象に情報提供をするAP(Asia-Pacific)-PLATの開設を目指しているとのことです。

 国環研での適応研究事業の課題について、肱岡代表は次のように話しました。
「研究所の科学的知見を、自治体にいかに活用してもらえるか。そのためには、わかりやすく紹介する工夫が求められると思う。また、AP-PLATでアジアに展開する場合も、何をセールスポイントにするべきなのかを考えなければいけない」。

「研究内容知りたい」ニーズの高まり

 肱岡代表からは、A-PLAT発足の数年前から、自治体や企業から適応研究についての問い合わせが増えていたとの説明がありました。温暖化について対策を立てたいがどうすればいいのかわからないという声が多かったといいます。
 研究内容を知りたいというニーズの高まりが、A-PLAT発足を後押ししていたと言えそうです。

 横浜市で適応を担当している大倉さんは「市民向けの報告書を作成する際、A-PLATを活用させてもらった。掲載されているデータは市民には難解だったので、結局は気象庁のものを使用させてもらったが、A-PLATでは適応についての全体的な説明とともに他の自治体の事例などもていねいに紹介されているので、とても役に立った」と評価されました。

大倉紀彰さんの写真
横浜市温暖化対策統括本部企画調整部担当部長の大倉紀彰さん

 また、長年温暖化問題を取材している朝日新聞の石井さんは「温暖化への適応策と聞いても、意味がよくわからず混乱している人は多いのではないか。それだけにA-PLATによる情報提供は意味があると思う」と指摘したうえで、「どのような活用のされ方をしているのか。現場での実践につながっているのか」との質問を出されました。

 肱岡代表からは「情報を見たからと言って、すぐに行動に移せるわけではない。現在はまず各地の成功事例をインタビュー記事などのスタイルで紹介することを重ねている。その情報が利用者のニーズにあっているかどうかを話し合うというインタラクティブな関係は今後の課題だ」と話しました。
 研究成果の提供を実践に結びつけるにはどうすればいいのかという課題が浮き彫りになりました。

自分ごとと考えてもらうのがポイント

 適応策の取り組みがなかなか広がらないという問題点の指摘も相次ぎました。

 環境経営学会理事の前川さんは「気候変動のリスクを自分ごととして考えられるかがポイントだ。気候変動という徐々に進行するリスクを、自治体や会社の経営者にいかに理解させるか。そのための表現はどうするべきか。その工夫、配慮がA-PLATに求められている」と指摘されました。

 そのために、ミクロな評価の大切さを指摘し、「自分の住む地域社会の発展や、会社の成長とどう関わる問題なのかということを示してほしい」と強調されました。
 また、前川さんは自分ごととしての取り組みの具体例として、北陸の地方都市の企業を紹介されました。この企業は、大雨の被害で竣工直前の新工場が浸水した経験を反省して対策をたて、現在は「何が起きても納期は守る会社」というキャッチフレーズでアピールしていると説明されました。「小さな取り組みでいいので、我々もできるんだという事例を知りたいと思う」。

前川統一郎さんの写真
環境経営学会理事/国際航業株式会社上級顧問の前川統一郎さん。

適応の視点、民間の現場では浸透せず

 一方で、「気候変動リスクへの取り組みは、ビジネスの一線ではかなり広がっているが、それが適応策と気づかれていない」と指摘されたのは吉高さんです。

 吉高さんは、経済産業省からの委託事業で日本企業の海外適応ビジネスの事例研究に取り組み、2016年と今年の2回、事例集をまとめられました。
「高潮、洪水、感染症予防、水質改善などの対策事業を適応策として取り上げようと 聞き取り調査に行くと、企業の担当者は『これが適応ビジネスなんですか』っておっしゃる。こちらから適応ビジネスというストーリー、枠組みを説明し、その文脈のなかで、それぞれの事業を位置づける作業が必要だ」。

 民間の現場では、適応という視点が浸透していないという課題を指摘されました。

取り上げるテーマをより幅広く

 大倉さんからは「気候変動の影響やリスクへの危機感がうすいと実感する。議員や首長のレベルに伝わる材料を、研究サイドから提供してほしい」と要望がありました。
 例えば「伝統行事」について。閣議決定された「適応計画」の「伝統行事」項目(68頁)で「気候変動による影響は確認されていない」としか記載がありません。

 この点について、大倉さんは「地域再生は関心の高いテーマなのだから、気候変動の地域文化への影響は重要課題としてもっと情報があるべきではないか。こういう課題をとりあげると、議員や首長のみなさんも関心を持つようになる」と指摘しました。

 当研究所の社会環境システム研究センターの松橋啓介室長は、「『持続可能な発展』や『幸福度にとって何が大事か』などを議論する場があったが、その際にも伝統文化というテーマはでてこなかった。研究者だけの議論では出てこない。それだけに他分野のみなさんの意見を聞くことが大事だと改めて思った」と話しました。

脱炭素への流れが加速

 提供するべきテーマはより幅広くするべきだという意見は石井さんからもあり、「脱炭素社会に向けた社会的、人間的な動きに、どう対応するかということも取り上げるべきではないか」との声がありました。

 脱炭素社会を目指すパリ協定の目標に向けたさまざまな動きが展開されています。
 エネルギー、自動車などの主要産業部門で脱化石燃料の流れが加速し、また化石燃料に依存する企業からの投資を引き上げる動きも目立ってきました。

 石井さんは「こうした変化への対応についても、情報提供をするべきではないか。従来のように自然変化への対応という概念ではカバーしきれない」と問題提起しました。

石井徹さんの写真
朝日新聞編集委員の石井徹さん。

 これに対して肱岡代表は「脱炭素に係る動きは、(温室効果ガスの排出を減らすという)緩和策に分類している。人間の動きということで言えば、例えば大きな渇水があり、そこに住めなくなるので移住するという場合は適応策と分類している」と説明しました。

 一方で、前川さんからは「私は、『気候変動リスク』という言い方で双方を区別せずに説明する必要性を感じている。緩和策か適応策かではなく、『気候変動に伴うリスクにどう対応し、チャンスに変えていくか』という提案をすべき」との発言がありました。

金融界の動きにも注目を

 金融界から適応策をどう考えるかという視点から発言されたのは吉高さんです。
 長年、排出権取引など気候変動に係る環境金融に携わってこられた経験から、この数年の、気候変動をめぐる内外の金融界での変化は見逃してはいけないと指摘されました。

 パリ協定による脱炭素社会への流れとは別に、金融安定理事会(FSB)は「気候変動関連課題にどの様に対応すべきか」の検討を重ね、今年7月に「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)による最終報告書をまとめました(TCFDは、Task Force on Climate-related Financial Disclosuresの略。最終報告書は次の金融庁サイトをご覧ください→http://www.fsa.go.jp/inter/fsf/20170711-2.html)。

 投資家に対して企業は財務内容を情報開示する必要がありますが、その際に気候変動リスクへの取り組みなどについての記載を「推奨する」と、上記の最終報告書でまとめています。

 吉高さんはこうした動きをふまえ、次のように述べられました。
「この最終報告はとても重要だ。企業が『2度目標』=注=を実現する際のシナリオにどう対応できるかを示すように求めている。温暖化による悪影響(物理リスク)にどう対応するかということだけではなく、低炭素社会に向けて政策や法律、市場などさまざまな変化にともなうリスク(移行リスク)への対応も記載するよう求めている。
 何を記載すべきなのか、投資家に対して何を開示するべきなのかを研究対象とし、その結果を、提供してはどうか。
 関係者によれば、気候変動リスクへの取り組みの開示は、日本では5年はかかるといわれているが、(国環研が)一歩進んで開示に有用なデータを提供すると企業は助かると思う」
(注・『2度目標』=パリ協定で合意された、地球全体の平均気温の上昇を、産業革命前に比較して2度より十分低く抑える目標)

吉高まりさんの写真
三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社クリーン・エネルギー・ファイナンス部主任研究員の吉高まりさん。

ニーズの模索、研究と現場との対話が必要

 提供する情報をより幅広くカバーしてほしいという注文に対して、研究コミュニティーからも質問があがりました。地球環境研究センターの平田竜一主任研究員がたずねました。
「二酸化炭素のモニタリング研究をしているが、企業が適応策に取り組むとき、どのようなデータを求めているのか。どういうデータがあると活用しやすいのか」。

 これについて、前川さんは「データは精緻である必要はない。ある本に書いてあるが、『データが出てくるのを待っていたらもう遅いよ』と。精緻でなくても事業計画は作成できる。
 企業がある地域で事業を展開する場合、求めるのは、その地域の気候変動リスクなどの方向性だ。だいたいの傾向がわかれば、詳細は自社でデータをとればいい、と考えるのではないか。
 動き始めた企業の、その時点でのニーズに応えることが大事だと思う」

 吉高さんは「食品関連企業、特にグローバルに原料調達をしている企業はデータに敏感ではないか。スターバックスやネスレが国連の適応イニシアティブに早くから反応していた。食料、水を扱う業界では、データを早く整備してほしという声が強いと思う」とコメントされました。

 データの種類、精度など企業と研究者がいっしょに取り組んでみないと何が必要かはなかなか明確にならないとの意見もあり、まさに「対話」の必要性が求められていることがわかりました。

 また、環境省の適応策を担当されている小沼室長補佐からは「全国各地の研究機関、自治体などが、適応関連の研究に取り組んでいる。国環研には、それらを効率的に集め整理分析して提供するセンターとしての役割をリードされるよう期待する」との発言がありました。

会場内の様子の写真。
会場内の様子。発言をされる吉高さんとモデレーターの江守室長。

おわりに

 ステークホルダー会合では、国環研が取り組むべき研究、果たすべき役割についてさまざまな示唆、アドバイスをいただきました。
 国環研側から、これらのご意見を振り返りつつ、どう受け止め、生かしていくかについて考えを述べ、しめくくりとしました。

藤田壮・社会環境システム研究センター長
「現在、我々は国内外からデータを集積している。しかし、眼鏡を持っていない。昔は、(経済成長が優先され)環境が無視されていたころは、我々の先達は『環境眼鏡でものを見よう』とよく言っていたが、いま我々は『投資眼鏡』で見ていない。現在の研究でも、短期的なファンディングの格付けに使えるものはあるが、そういう利用はしていない。この点は専門家チームを作って実施するべきだと感じた。
 将来的には、気候変動の影響への対応について、国民の意識改革を我々が取り組まなければいけない。現在はまだ、『土木万能』という考えが強いのではないか。災害があっても土木で解決できるという考えだ。しかし、気候変動への対応はそれほど単純ではない。災害被害のような物理リスクと、これから発生する移行リスクを統合的に考え評価できるよう我々が改革を担う必要があると考えた」

立川裕隆・理事
「ある人から、情報は必要とするところに速やかに届いて初めて情報である、ということを聞いた。情報を社会に伝えるには、必要と思うよう共感を得る工夫が大事だろう。温暖化という言葉も個人的には『暖かい』というのは良いイメージがあり危機感が伝わらないと思う。
 『2度目標』の表現も専門家は重要さを感じるかもしれないが、一般の方には『2度くらいどうってことないと思われるのではないか』と不安を感じる。言葉の選び方もていねいに考えたいと思う」

渡辺知保・理事長
「(気候変動のような)じわじわと進行する危機は伝わりづらい。私の専門は健康分野だが、かつてはエイズやマラリアの危機が大きくとりあげられ、メジャーな機関が莫大な投資をしていた。しかし、2015年ごろに科学雑誌Natureに大気汚染の脅威に関する大きな研究成果が発表されて、研究が進み、屋内外を合わせた大気汚染の被害者は年間700万人でエイズとマラリアの犠牲者を大幅に上回っていることがわかった。こういう事実は着実にと伝えていくしかない。きちんとした事実を理解することが重要だと考えている。
 国環研で研究事業と呼んでいる諸活動では、研究の成果を社会につなげるのが重要だ。今回のテーマの気候変動戦略連携事業がまさに研究事業だが、我々は研究事業で何をしたいのか、半分くらいしか見えていない気がする。A-PLAT、AP-PLATをどうやって使ってもらうか、より具体的な目標を持った方がいいのではないかとの感想を持った。
 『適応』とは、私が専門とする『人類生態学』という分野では、環境の変化に人間がどうついていくかということを意味すると、40年前の学生時代に教わった。そういう意味では、温暖化対策の緩和策も適応策も、どちらも適応だと思う。緩和と適応は担当省庁、予算措置、そのほかの事情から別々に取り組まれていることはわかっているが、しかし、研究の上では、適応という言葉を、より広い意味でとらえて統合的に取り組まなければいけないと思う」

 本日の会合でいただいたご意見を、いかに研究に生かしていくか。今後、真剣に取り組みたく思います。本日はその大事な一歩となりました。(終)

<掲載日:2017年12月26日>
取材、構成、文・冨永伸夫(対話オフィス)
写真・成田正司(企画部広報室)

参考関連リンク

●環境省による報道発表「気候変動の影響への適応計画」(外部リンク)
http://www.env.go.jp/press/101722.html

●A-PLATの詳細
http://www.adaptation-platform.nies.go.jp/

●TCFDの最終報告書
http://www.fsa.go.jp/inter/fsf/20170711-2.html