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哺乳類の空間的最適駆除配分に関する研究(平成 23年度)
Optimal spatial allocation of management efforts for mammal populations

予算区分
KZ その他公募
研究課題コード
1112KZ001
開始/終了年度
2011~2012年
キーワード(日本語)
最適管理,哺乳類,空間配分
キーワード(英語)
optimal management, mammal, spatial allocation

研究概要

生物多様性の減少は地球上のあらゆる環境で進行している。2010年には名古屋で国際会議COP10が催され、生物多様性の持続的な保全は、人類共通の重要課題であることが一般人の間でも浸透しつつある。一方で、特定の生物種が増えすぎて、われわれ人間とさまざまな軋轢を起こしているのも周知のとおりである。外来種はもちろん、在来種でも人間活動が間接的に正の駆動因となり急増している。さらに不幸なことに、人間活動に不利益をもたらす複数の生物種は、しばしば同じ地域で同時に増加し、農作物や生態系などに大きな影響を与えている。なかでもシカ、イノシシ、サル(在来種)や、アライグマ(外来種)などの哺乳類は、全国的にセットで問題になっていることが少なくない。こうした状況下では、地方の自治体は大変な苦難に直面している。しばしば、どの種、どの地域を管理対象として優先させたらよいか、という重層的なジレンマが発生するからである。
 こうした状況に対応するには、個々の種の問題を別個に捉えるのではなく、一括して解決の道を探るのが合理的である。その理由は、以下の3つに集約される。第1に、当該の自治体は、一定の予算や人的資源の範囲内で複数の問題を取り扱う必要があるからである。個々の種についてではなく、複数種を同時に取り扱うことで管理上のトータルな最適解が見つかるはずである。こうした認識自体は従来からあるものの、方法論的枠組みが確立されていないため、管理の実践には十分生かされていない。第2に、各種の動態や被害発生の仕組みが、相互に関連している可能性があることである。増加した哺乳類は、農作物や生態系へのインパクトが大きいため、競合関係や人間活動を介した促進的関係(例えば、A種による耕作放棄は、B種の進入を促進する)も予想される。第3に、不確実性のある限られた情報(データ)から個体群パラメータを推定する場合には、一括して解析することで情報量が増えるため、より精度の高いパラメータ推定が可能になることである。ベイズ統計学の発展は、こうした一括推定の利点を高めている。
 本研究では、千葉県房総半島で分布を拡大し、農作物や生態系に大きな影響を及ぼしているイノシシ、シカ、アライグマを対象に、(1)個体群の空間動態を予測するモデルの構築、(2)それに基づく空間明示の個体群動態と被害予測、(3)様々なシナリオのもとで、3種哺乳類の費用対効果の高い管理戦略を探索し、その結果を行政に提示すること、を目的としている。千葉県におけるこれらの3種哺乳類の個体群は、いずれも孤立個体群であるため、多くの自治体で行われている行政区分で切り取った「個体群」ではなく、真の個体群を丸ごと捉えることができるという利点がある。また、房総半島は、南北に長く、南部は森林が広がる山地帯であるが、北部はいわゆる里山丘陵地であり、景観構造や農地利用区分も大きく異なる。こうした自然条件、社会条件が異質な地域を含む場合には、地域間での住民意識などの違いも大きく、管理戦略の立案には、そうした異質性の考慮は不可欠である。
 複数の野生動物の個体群動態や被害動態を一括してモデル化し、費用対効果を統合的に捕らえた管理戦略を構築する試みは、申請者の知る限り国内外を問わず、いまだ存在しない。本研究は、在来種、外来種を問わず、異質環境下での複数の野生生物の管理を科学的に行う新たな手続きを開発するものであり、学際性と地域性を兼ね備えた研究課題である。

研究の性格

  • 主たるもの:応用科学研究
  • 従たるもの:基礎科学研究

全体計画

本研究は、以下の4つのプロセスから構成される。(1)農作物被害や駆除個体についての経年的な空間分布情報の整備、(2)哺乳類3種の個体群動態に関わるパラメータの推定、(3)各種作物の被害率を予測する統計モデルの構築、(4)複数のシナリオをもとにした哺乳類3種の最適管理戦略の探索。
(1) 千葉県が収集してきた各種哺乳類による農作物の被害データ、駆除データを電子化するとともに、新たなデータをアンケート等により収集する。さらに綿密な被害予測を可能にするために、農地利用区分などの基盤データを整える。
(2) 哺乳類の被害分布、駆除個体数分布、および個体の遺伝子情報をもとに、ベイズ推定を用いて個体群の密度と増加率、移動率を推定する。具体的には、(1)の基盤情報をもとに、因果モデルを用いて個体群パラメータを推定する。
(3) 景観構造と農地利用区分・作物名をもとに、各種作物の被害率を予測するモデルを開発する。ここでは、(1)で得られた動物の密度分布に加え、密度と被害率の関係性、さらに詳細な農地利用区分、の3者を統合し、各種農作物の被害の予測モデルを作成する。
(4) (2)で得られた個体群パラメータと、(3)で構築された被害予測モデルをもとに、駆除努力に投資できる予算や人的資源が一定という制約条件の中で、個々の管理シナリオ(哺乳類3種に対する駆除努力の空間配分)を作成する。個々の管理シナリオに対する被害額を計算する事によって、管理シナリオの効果を定量化し、最適な管理シナリオを導出する。さらに、個々の種を別々に管理した場合と比べて、種間相互作用を考慮する事や3種を一括管理することのベネフィットの定量化を行う。さらに、投資できる資源を増やした場合の最適管理シナリオも予測する。

[1年目]情報の基盤整備を行なうとともに、個体群パラメータ推定のためのモデルの骨子の作成を行う。また、DNAジェノタイピングデータを取得する。
[2年目]空間データに基づく個体群パラメータの推定、被害率の予測モデルの構築、およびそれに基づき最適管理シナリオの導出を行い、その成果を行政に提示するとともに、学術論文として発表する。

今年度の研究概要

(1) 農作物被害や駆除個体についての経年的な空間分布情報の整備
 千葉県は10年以上前からシカ、イノシシ、アライグマをはじめとする野生動物の駆除に関するデータを所有している。しかし、データの電子化、GIS化等の基盤整備は遅れているため、すぐに解析に取りかかれる状況にはない。また農作物被害については、個体群の分布中心域であり、以前から被害の多い南部地域では、データの蓄積は多いが、北部地域では比較的最近分布が拡大したため、空間データ自体も不十分である。そこで、研究協力者である浅田(千葉県生物多様性センター)が中心となり、千葉県自然保護課との連携を取り合いながら、既存データの整備と最新の被害分布等のデータの取得を行う。また、農地の利用区分・作物名に関するできるだけ詳細な基盤情報を入手・整備する。
(2) 哺乳類3種の個体群動態モデルの構築と将来予測
上記で整備された情報をもとに、それぞれのパラメータ推定を行う。駆除個体数の変遷は3種全てについて利用可能であり、密度と増加率の推定の中核をなすデータである。また、被害率についてもシカとイノシシについては、少なくとも10年間で2時期以上の空間データが存在するため、推定に資することができる。さらに、シカについては、房総シカ調査会らが長年蓄積してきた糞粒の空間分布データがあること、また立田・宮下らが行ったシカ遺伝子の多型情報に基づく空間構造の解析による移動率推定の実績に基づき、より精度の高いパラメータ推定が可能である。パラメータ推定では、年次間、種間で共通する超分布を想定した場合と(階層ベイズモデルを用いる)、各種別個に推定した場合で推定誤差の大きさを比較し、より小さいものを採択する。さらに、生態や農作物被害の形態が類似しているシカとイノシシについては、分布を先導しているように見えるイノシシが、被害の増加による耕作放棄を通して、シカの分布拡大の促進している可能性があるため、この因果経路も含めて検討する。さらに、イノシシとシカについては、駆除個体の遺伝子情報(マイクロサテライトDNA)を分析し、分布拡大の経路を、空間クラスタリング法などを用いて推定する。この解析は、移動に対する景観構造の影響を評価するために行う。

外部との連携

宮下直准教授(東京大学)が研究代表者をつとめる研究への参画である。他に、立田晴記准教授(琉球大学)、浅田正彦博士(千葉県環境生活部自然保護課・生物多様性センター)、栗山武夫博士(東京大学)、長田穣氏(東京大学)が共同研究者である。

備考

三井物産環境基金2010年度研究助成金公募の助成研究として行う。

関連する研究課題

課題代表者

横溝 裕行

  • 環境リスク・健康領域
    リスク管理戦略研究室
  • 主幹研究員
  • 博士 (理学)
  • 生物学
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