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2018年12月7日

気候変動対策と食料安全保障:両立に向けた対策とは?

今後気候変動がさらに進むと、将来どのような問題が生じるのでしょうか。今回は気候変動と食料安全保障の関係について最新の研究成果をもとに紹介します。

2015年に世界が合意したパリ協定では、産業革命以降から2100年までの地球の平均温度上昇を2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑えるという目標が掲げられています。この目標達成のために、温室効果ガス排出量の継続的な削減が必須です。しかし一方で、その排出削減を単純な世界で一律の経済合理性のみによって実現しようとすると、食料価格の上昇などを通じて及ぼされる食料需給への影響にも注意しながらバランスを取っていかなければなりません。

このTOPICのポイント

  • 気候変動によって作物収量が低下し、飢餓リスクが増加することが危ぶまれている
  • 一方で、温室効果ガスを減らすための厳しい対策も、その人口をさらに増加させる可能性がある
  • 将来の飢餓リスクの増加を抑えつつ、気候変動対策を実施するためには、世界の各地域がその地域の社会経済状況に適した気候変動対策を取ったり、複数の対策を組み合わせるなどして注意深く政策を決定していく必要がある。

気候変動と飢餓リスクの関係

国際食糧農業機関(FAO)の報告によると、現在約9億人の人が飢餓リスクに直面しています。これまでの研究により、この数値は今後の人口増加、経済成長、技術進歩の度合いによって、将来大きく変わりうることが示されてきました。例えば、過去の変化を将来に延ばしたなりゆきのシナリオでは、気候変動が起こらないと想定した場合であっても、2050年に平均で約2.5億人、予測に用いたモデルによる違いを考慮すると約2~4億人の人が飢餓リスクに直面すると示されています。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書によると、気候変動が進むと、将来の気温や降水量の変化が作物生産に影響をもたらすことが示されています。地域によっては増加したり減少したりしますが、世界全体でみると作物の生産は減少するだろうと予測されています。これによって食料価格が上昇し、低所得国を中心に食料消費量が減少、飢餓リスクが高まるだろうという計算結果が出ています。気候変動はここからさらに飢餓リスクを増加させるということになります。今回の研究では、緩和策を実施せず気候変動が進んだ場合は、飢餓リスク人口は世界全体で1500万人増加することが見込まれています。

この状況に対して、適応策を取ることによって、食料消費を向上し、飢餓リスクを低くすることができるという試算もあります。(参考1) 適応策とは、気候変動の影響の防止・軽減のための備えと、新しい気候条件の利用を行うための対策のことです。例えば農業分野では、高温に強い品種の導入や、苗を植える日を調節するなどの対策があります。適応策によって飢餓リスクを低下できる度合は地域によって異なります。

気候変動対策をとると地域によっては飢餓をさらに進めてしまう可能性がある?

長谷川研究員らのグループによる最新の研究成果(参考2,3)は、気候変動を抑制するために「厳しい」排出削減対策(緩和策)を取ると、気候変化による被害よりも将来の飢餓リスクがさらに増え、食料安全保障を脅かす可能性があるということを示しています。この研究では次の2点が明らかになりました。

  • 1)2度目標を達成し得るための「厳しい対策」を取ると、世界全体の飢餓リスク人口が増える。
    農業や土地利用変化由来の温室効果ガス(GHG; Greenhouse Gases)の排出は全体の約4分の1を占め、2度目標あるいは1.5度目標を達成するためには、これらの排出を削減することが求められます。経済的な効率を保ちつつ排出量を削減する方法の一つとして、GHG排出に炭素税を課す方法がありますが、農業由来および農地や牧草地の拡大に伴う土地利用変化由来のGHG排出に対する課税は食料価格に上乗せされるため、食料価格が上昇し、食料の生産・消費を抑制することが示されています。また、化石燃料由来のGHG排出の課税は低炭素なエネルギーシステムへの移行を促すものですが、バイオエネルギー需要を増加させ、バイオエネルギー生産も土地や水資源をめぐって食料生産と競合することが示されています。

    上で示した緩和策を実施せず気候変動が進んだ場合、緩和策なし・気候変動なしを基準としてそこから1500万人の増加であるのに対し、2度目標の達成に必要な厳しい対策を実施した場合は7800万人の増加になることが示されています。これは2度目標を達成しようとすると、対策を実施しない場合に比べて2050年で飢餓リスク人口の増加が3倍に増えてしまうことを示しています。また、排出削減対策が強くなればなるほど、食料安全保障への影響も大きくなることもわかりました。炭素税が上昇するほど、食料価格が上がり、食料支出が増加します。これはさらに食料の消費を減らし、飢餓リスク人口を増加させることになります。
  • 2)特にサブサハラアフリカや、南アジアにおいて大きな影響が見込まれる。
    サブサハラアフリカと南アジア地域は、気候変動の影響がないとした場合、2050年時点で世界の飢餓リスク人口のそれぞれ40%と20%を占めます。ここから、厳しい対策を実施することによって、前者の地域で約1200万人、後者の地域で約1600万人の増加が見込まれます。
将来の飢餓リスク人口

(グラフの解説)
飢餓リスク人口の推移についての将来予測。SSP1、SSP2、SSP3はそれぞれ、将来への道筋(“シナリオ”と言います)として想定されたもので、このグラフは、その想定に基づいて飢餓リスク人口をいくつかのシミュレーションモデルによって計算した結果の中位値を表しています。
SSP1は、持続可能性を重視した社会。
SSP3は、地域分断が進んだ社会。
SSP2は、中庸な社会。
グラフからは、SSP3では飢餓リスク人口が他の2つのシナリオに比べてかなり多くなってしまうことがわかります。

対策を取ったときの飢餓リスク人口の変化

(グラフの解説)
それぞれのシナリオに対して、気候変動による影響と、それに加えて厳しい緩和策を実施した場合の飢餓リスク人口を試算した結果。食料需給がひっ迫しているSSP3では、対策による影響も大きくなるという結果になっています。

※上記2つのグラフはHasegawa T, Fujimori S, Havlík P, Valin H, Bodirsky BL, Doelman JC, Fellmann T, Kyle P et al. (2018). Risk of increased food insecurity under stringent global climate change mitigation policy. Nature Climate Changeから作成

今後考えなければいけないこと:“賢い”気候変動対策の設定

注意しなければいけないのは、飢餓リスクが高まるからといって、緩和策を否定するものではないことです。気候変動を進行させないために、排出量削減のための対策は引き続き取り組みが必要です。ただし、気候変動対策と併せて飢餓リスクを抑制する対策を実施するなど、複数の対策を組み合わせて、多様で柔軟な政策を取る工夫をしていくことが必要です。同グループによる気候変動対策と食料安全保障対策を両立させるための政策を検討した研究(参考4)では、気候変動対策に合わせて国際的な食料支援などを実施することが、温室効果ガスの排出を抑制しつつ、食料安全保障も確実にしていくために最も有効であることを示しています。また、世界各地で同じ対策をとるのではなく、地域それぞれの特性や社会経済状況を考慮したうえで、適切な対策をとることが重要になっていきます。例えば、今回の研究では、世界で一律の炭素税を課すことにより試算されてしますが、各国の所得や農業部門の状況に応じた課税にする、炭素税からの収入の一部を食料安全保障対策に充てることも一案です。気候変動だけではなく複数課題の同時解決を目指すには、農業開発や経済開発を狙った政策など様々な方法を組み合わせることが必要になります。

研究者からのコメント

長谷川知子研究員からのコメント

気候変動を抑えるために様々な変革が求められますが、賢明な政策を取らないと途上国を中心に思わぬ副次的影響が及び、気候変化による被害よりも深刻な状況になりかねないという社会的に重要なメッセージを発しています。このテーマの研究に着手して約5年がたち、ようやく国際的な研究グループの中で本研究をリードし、Nature姉妹紙で発表することができました。これまで地道に取り組んできた成果が実を結び感慨深く思います。

参考文献

1. Tomoko Hasegawa, Shinichiro Fujimori, Yonghee Shin, Kiyoshi Takahashi, Toshihiko Masui, and Akemi Tanaka (2014) Climate Change Impact and Adaptation Assessment on Food Consumption Utilizing a New Scenario Framework, Environmental Science & Technology 2014 48 (1), 438-445
論文へのリンク:https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/es4034149

2. Hasegawa T, Fujimori S, Havlík P, Valin H, Bodirsky BL, Doelman JC, Fellmann T, Kyle P et al. (2018). Risk of increased food insecurity under stringent global climate change mitigation policy. Nature Climate Change
論文へのリンク:https://www.nature.com/articles/s41558-018-0230-x

3. IIASA, 2018, “Climate taxes on agriculture could lead to more food insecurity than climate change itself”
論文へのリンク:http://www.iiasa.ac.at/web/home/about/news/180730-food-insecurity.html

4. Fujimori S., Hasegawa T., Rogelj J., Su X., Havlik P., Krey V., Takahashi K., and Riahi K. (2018) Inclusive climate change mitigation and food security policy under 1.5℃ climate goal, Environmental Research Letters, Volume 13, Number 7
論文へのリンク:http://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/aad0f7