地球温暖化影響研究への道のり

vol.6-1 高橋 潔 室長<前編>
2017.7.7

インタビュー対象

 6人目のインタビューでは、広域影響・対策モデル研究室の高橋潔室長にお話を伺います。
前編では、高橋さんが地球温暖化影響研究をするようになった経緯について紹介します。ある勘違いが影響研究の世界に関わる入口になったそうですが、それはどんなものだったのでしょうか。

インタビュー内容<前編>

最初に研究のきっかけの部分から伺いたいのですが、幾つか読んだ中(「地球温暖化の事典」に書けなかったこと)で、「社会問題に取り組むほうが面白そうだと思った」とありましたが、そう思うようになったきっかけは何かありましたか。

これ、何を話したんでしたっけ。もともと航空工学へ行きたかったっていう話はしてました?

はい、書いてました。ロケットのことを勉強したいとか。

  高校生の頃、たまたま数学とか理科とかがほかの科目に比べて得意だったので、文系の学部ではなく理系の学部に進むんだろうなと思っていました。で、その縛りの中であれば、飛行機関連のこととかできたら面白いんじゃないかと最初の頃は思ってて。機械系ですので、どちらかといえば純粋な理系の学科ですね。

 でも一方で、別に社会に対する危機感や問題意識を強く持ってたわけではないんですが、技術とか自然科学とかに没頭して、それ以外のことについて知識を得たりしなくなる、できなくなるという状況もあまり面白くないと、当時ふと考えたんだと思うんです。たしか、高校三年生の正月休みに。

 それがもう受験の直前だったもので、選択科目の都合、工学部以外を選ぶのはもはや難しくて、せめて工学部の中でも少しでも文系的な匂いのする、人間や社会問題になるべく関係しそうなところがないかと慌てて探しました。社会問題じゃなくてもいいんですけど、自然科学以外の勉強を大手を振って出来そうな学科はないだろうかと探しまして。確か当時、航空工学、航空宇宙工学の学科って、そんなに多くの大学にはなくて、正確には覚えてませんが、東大か名大か京大のどれかに入らなきゃ、と思い込んでいた記憶があります。

 その中から京大に絞って、そこに入るつもりで勉強していたので、他につぶしが利かなくて。で、その京大の工学部の中で方向修正をと思って学科を見ていくと、衛生工学科という、何を勉強するところなのか、ちょっと名前だけからはすぐには想像できないのがありました。受験雑誌で見た衛生工学のシラバスの中に、これはインタビュー記事に使ってもらって良いのか悩むんですけど、水文学(すいもんがく)というのをみつけました。花崎さん(地球環境研究センター)とかが専門にしている、ハイドロロジー。ただ、私は当時、それを「すいもんがく」と読めなくて、間違って水文学(みずぶんがく)って読んだんです。

 水について文学ができるなんて。工学部なのに「なんて奥が深そうな学科なんだ」って思い込んで、それで受験の際にその学科を第一希望に選びました。入学してからも、4年生でその授業を取るまで、僕はずっとみず「ぶんがく」だと思い続けていたんですけど。あげくの果てに、想像していたものとのギャップのためか授業もさぼりがちで、単位を落とした記憶があります。以上が、長かったですけど、高三での方向転換の理由ですね。

 それで衛生工学科に入ったわけですが、そんな選び方だったので、「あ、こういうとこなんだ」と、入ってからやっと気づくわけです。ゴミ問題やっていたり、上水道・下水道やってたり、騒音・悪臭をやっていたりという学科です。勉強を続けていくうちに、社会との接点の多い興味深い学科だということが次第に理解できていったのですが、最初のころはそういう実感が全く湧きませんでした。私の印象としては、こまごまとした技術的な授業ばかりだったので。あー選択間違えた、医学部とか教育学部とかの方が、医者や教師のように人と接すれる仕事に就けそうで良かったなー、と4年で研究室に入る前はずっと思ってました。ただ、転部とかをするまでの根性はなくて、そのまま衛生工学科にいました。

 4年生になって卒論研究のために研究室を選ぶことになり、あらためて研究室を比べてみて、そこではじめて地球環境問題の研究をできる研究室があるということに気が付きました。そこまで気が付かないのも遅いのですが。地球環境問題の研究なら、技術的な話だけじゃなくて、政治とか貧困とか教育とか、いろいろと自分が知らないことを自由に勉強して、取り組んでいける課題なんじゃないかなと思いました。学科の同級生の間では、上水の水質改善とか、下水の排水処理とか地に足の着いた研究テーマに人気があって、実際にほとんどの人はそういう選択をしたのですが、私はもっとふわふわっとしたのが好きだったみたいです。あと、実験があまり得意でなくて、実験をしなくて良いのにも惹かれたのかもしれません。

「みずぶんがく」は面白いですね笑

飲み会の話のネタとしてはいいんですけど笑。

でも、それがなければ今にはつながっていないんですよね。

はい、そんな気がします。(インタビュー記事にも)書いてもらって大丈夫かなと思います笑

分かりました。そこから地球環境問題の分野に入って、最初から地球温暖化の影響の話をされていたんですか?

 そうですね。卒論の研究テーマとして選びました。指導教官がいくつか研究テーマの選択肢を提示してくれたのですが、その中から全球規模の温暖化の影響の予測を選んだのでした。ただ、予測評価の対象を何にするのかということは、研究開始の時点でははっきりと決めていませんでした。人間健康への影響か、生態系への影響か、あるいは農業への影響か。半年間、卒論のための準備や勉強をする中で、その時に集めることができたデータとか、時間をかけて読んだ文献とかでだんだんとテーマが絞られて行って、最終的には農業分野、作物の生産性への影響の予測を行うことになりました。そうしたら、その卒論の研究結果である作物生産性の変化の予測地図が、次の4月か5月ぐらいに全国紙の一面にカラーで出たんです。同じころ、環境庁の環境白書にも結果の表と地図を掲載してもらいました。卒論研究を指導してくださった松岡譲先生(現京都大学名誉教授)、森田恒幸さん(2003年逝去・元国環研社会環境システム研究領域領域長)、甲斐沼美紀子さん(現地球環境戦略研究機関研究顧問)がAIM(アジア太平洋統合評価モデル)の開発プロジェクトを立ち上げて数年目の頃で、私の研究もその研究プロジェクトの中に位置付けられていました。それで社会的な発信力があったのだと思います。

 卒論ですので、本来は最初から最後まで自力で研究を進めないといけないのですが、あまり出来のいい学生でなかったので、いま思えば、研究の構想、評価方法の準備など、多くの部分を指導教官に頼り切りでした。新聞や白書でも、クレジットは「国立環境研究所・京都大学の共同研究による」という形で、自身の名前は出ていないのですが、自分が中心的に関与して作り出した研究の成果が全国メディアの新聞や白書に掲載されたことには、驚きと喜びを感じ、それが修士課程で研究に没頭するきっかけとなりました。

では当時も、モデルで計算するというのをずっとやってきたのでしょうか。

 気候予測のデータを受け取って、それがいろいろな部門にどんな意味を持つのか、を解釈することを研究の対象としてきました。環境研に入った後は、農業との関連で、水資源への影響を研究していました。

これまでやられてきたテーマとしては、農業への影響とか、水資源への影響。あとは健康なんかも、高橋さんは取り組まれていますよね。

 そうですね。人間健康に取り組んだのは、温暖化影響研究を始めてから10年ぐらいたってからのところになりますが。

コラム:国や自治体の委員会で何してるの?

ちなみに皆さん業務の一環でいろんな委員会の委員を務められていますが、あれはどういったことをする役割なんでしょうか。

 国内の?役所のやつですか。 

 例えば、日本政府が海外と排出削減の目標に関する交渉とかしますよね。あるいは温暖化の適応に関しても、どのように途上国の適応策を支援していくかについての協力関係の検討とかありますね。そのときに、科学の立場から、今分かっているのは一体どういうことなのか助言するのが基本的な役割です。行政の方々が、前提となる科学的知識を携えて国際交渉の場に臨めるように、最新の研究知見の概要をインプットするわけです。私の場合だと、温暖化の全球規模での影響研究の最新知見などを説明することになります。

 国内に関しては、国として適応計画を作るプロセスの中で、何も対策を取らなかったら、あるいはうまく対策を取れたら、温暖化の影響はどのようになると予測されているのか、といったことをお話します。それは国内で、適応策の優先順位をどのようにつけるべきか、といった議論に活用されるわけです。

 委員会の場で大勢が集まって議論すると、相反する見解も示されたりします。その時に、最新の研究結果に照らしたら、どの見解の妥当性が大きいか、といった評価・判断を行うときもあります。単に知っていることを伝えるだけでなく、それを他の人が知っていることと突合せて、政策検討に役に立つ情報としてまとめるわけです。

 あとは、省庁の施策として観測や予測を行う場合に、どのような仕様で行うのが、例えば影響予測研究の立場からはありがたいか、といったことを提言したりすることもあります。

後編へ

 第6回スタッフインタビューは、高橋潔室長に、地球温暖化影響の研究に関わることになった経緯について話していただきました。

後編にも乞うご期待!


(聞き手:杦本友里 社会環境システム研究センター)
(撮影:成田正司 企画部広報室)
インタビュー実施:2017年5月11日