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アーカイブ集(Meiのひろば:海外報告便)


「フランス国旗」イラスト

09. フランス報告「OECD会議報告:Workshop on metals specificities in
   environmental risk assessment
に参加して」

林 岳彦

本ワークショップの背景:なぜこのワークショップが開催されたのか

 金属の生態リスク評価には金属特有の難しさがあることが知られている。例えば、金属には、(1)自然起源の曝露もある、(2)生物の必須元素である、(3)その毒性が生物利用可能性(注1)に強く依存する、(4)特有の環境中および生物体内移行動態をもつ、などの一般的な生態リスク評価の枠組みの中では考慮されていない特徴を持つものが多い。そのため、金属の生態リスク評価を行う上では、これらの金属特異的な性質をどう取り扱うかが重要となる。


 近年、それらの金属特異的な性質を取り扱うための新たな科学的知見に基づく概念や手法が発達してきており、欧州や米国では実際の生態リスク評価の場面においても使用されてきている(*1-3)。そのような状況を受けて、2010年6月のOECDハザード評価タスクフォースは、「環境規制値の社会的受容の促進」や「リスク評価アプローチの国際的調和の促進」という観点から、それらの新たな概念や手法について整理・議論するために本ワークショップの開催を提案した。


本ワークショップの概要:「誰が」「何を」「何のために」話し合ったのか

「フランス地図」

 本ワークショップは、2011年9月7, 8日の2日間にわたりOECDパリ本部で行われた。参加者は40名程度であり、そのほぼ2/3が欧州から、残りは米国・カナダ・日本(3名)からの参加であった。参加者のうち16名を産業界側のコンサルタント委員会(Business and Industry Advisory Committee, BIAC)が占めており、残りは行政官または公的研究機関の研究者であった。


 また、本ワークショップの開催目的は、(1)金属の生態リスク評価を行った国や地域の経験の共有、(2)金属の有害性評価における要検討項目のレビューおよび情報交換、(3)金属特異的なリスク評価ツールとアプローチの理解、(4)金属の有害性評価における要検討項目についての意見集約と調和、である。


 ワークショップ前半のセッションでは、各国における金属特異的な生態リスク評価の枠組みについての検討状況についての紹介が行われた。後半のセッションでは、(1)生物利用可能性、(2)影響評価、(3)影響評価に関連する曝露/移行解析、の3つのテーマにおける要検討項目について事例紹介および議論が行われた。本ワークショップの最後には、各セッションにおいて得られた結論および合意事項を文章の形でまとめるための全体議論が行われた。


金属特異的な生態リスク評価枠組みについての各国の状況報告

 前半のセッションでは、各国における金属特異的な生態リスク評価の枠組みについて、EU、カナダ、米国、英国、日本からの状況報告が行われた。  EUにおける状況については、欧州化学品庁(ECHA)(注2)Sobanska博士から報告が行われた。概略は次の通りである。EUでは欧州化学品規制(REACH)(注3)の枠組みにおいて、重金属の特異性を考慮するように既にガイダンスに定めている(*4)。金属の特異性として、(1)金属は自然起源の曝露もあること、(2)毒性データが比較的豊富であり、確率論的リスク評価が適用可能であること、(3)生物利用可能性が環境条件(水質など)で大きく異なること、などを考慮している。予測環境中濃度(PEC)(注4)予測無影響濃度(PNEC)(注5)もそれぞれ生物利用可能量で議論されるべきと考えており、そのためのガイダンスも整備しはじめている。


 カナダにおける状況については、カナダ環境庁(Environmental Canada)のGauthier博士から報告が行われた。概略は次の通りである。カナダではCanadian Environmental Protection Actに基づいて評価を行っている。金属系では五酸化バナジウム、酸化アンチモン、コバルトのスクリーニング評価を行った。今後、評価物質を増やす際には、(1)生物蓄積性などを考慮すること、(2)種の感受性分布を用いること、(3)生物利用可能性を考慮すること、などを予定している。


 米国における状況については、米国環境保護局(US EPA)のWenstel 博士から報告が行われた。概略は次の通りである。US EPAにおける金属の生態リスク評価は、英国のMERAGプロジェクト(注6)やカナダおよび環境毒性化学会(SETAC)(注7)などとの協力のもとに行っている。金属の特異性を考慮した生態リスク評価の枠組みの全体コンセプトは既に構築済みである。金属の特異性として、(1)自然起源でありバックグラウンド濃度の地理的差異が大きいこと、(2)複合曝露があること、(3)幾つかの金属は必須元素であること、(4)食物連鎖を通して生物間に移行が起こること、(5)金属により体内動態が異なること、を考慮している。2007年にスーパーファンド法の下で有害廃棄物サイトを対象とした生物利用可能性に関する委員会を設立した。


 英国における状況については、英国環境食料農林省(DEFRA)のGilliam博士から報告が行われた。概略は次の通りである。DEFRAが後援するMERAGプロジェクトは、金属の特異性を考慮した生態リスク評価のガイダンス文書(MERAG)を数多く出版している。MERAGはEUの既存化学物質の規制やREACHの登録において既に用いられている。


 日本における状況については、筆者が報告を行った。概略は次の通りである。日本は金属特異的な生態リスク評価の枠組みは持っていない。日本の現状の水質環境基準の枠組みの中では、生物利用可能性に基づく生態リスク評価を行うことには幾つかの障壁がある。

 

金属の特異性に関わる重要項目に関する事例紹介および課題の検討

 後半のセッションでは、生態リスク評価における金属特異的な要検討事項として以下の3つのテーマについての事例紹介および議論が行われた。


 まず最初のテーマとして、生物利用可能性に関する事項についての事例紹介および議論が行われた。具体的な議題としては、自然起源によるバックグラウンド曝露、順化、生物利用可能性の補正などが議論された。その結果、 (1) OECD加盟国の多くは金属特異的なリスク評価の枠組みを開発していること、(2)金属の有害性・リスク評価においては生物利用可能性を考慮すべきであること、などが参加者の間での主なコンセンサスとして得られた。


 二番目のテーマとして、影響評価に関する事項についての事例紹介および議論が行われた。具体的な議題としては、影響評価における着目すべき存在形態(金属イオン等)、データの集約と解析の方法、生態毒性データの質と関連性(relevance)の評価の問題などが議論された。その結果、 (1)金属および金属化合物の潜在的な有害性は金属イオンに関連していること、(2)金属の適切な影響評価には、生物利用可能性に基づく補正や種の感受性分布(注8)の使用を含む一般的な戦略が存在すること、(3)生態毒性データの質と関連性に関する金属特異的な基準が必要であること、などが参加者の間での主なコンセンサスとして得られた。


 三番目のテーマとして、影響評価に関係する曝露/移行解析についての事例紹介および議論が行われた。具体的な議題としては、生物濃縮および間接曝露の影響および解釈などが議論された。その結果、(1)自然起源によるバックグラウンド濃度の考慮は、生態リスク評価における段階的アプローチの中に組み込まれるべきであること、(2)金属の生態リスク評価において生物濃縮係数やその他の蓄積係数を用いて解釈を行う際には特に注意が必要であること、などが参加者の間での主なコンセンサスとして得られた。

 

各セッションにおいて得られた結論および合意事項を文章の形でまとめるための全体議論

 本ワークショップの最後には、 各セッションにおいて得られた結論および合意事項を文章の形でまとめるための全体議論が行われた。この議論により得られた結論および提言をまとめたワークショップの最終報告書は以下のリンクから入手可能となる予定である(注:2012年1月現在では最終報告は未掲載)。
http://www.oecd.org/document/35/0,3746,en_2649_34379_48719331_1_1_1_1,00.html


 

本ワークショップについての所感

「OECD施設の同敷地内にあるレセプションホール」の写真
写真:会場となったOECD施設の敷地内にあるレセプションホール

 本ワークショップに参加して強く印象に残ったことは、金属の生態リスク評価では生物利用可能性を考えることがほぼ国際標準になりつつあることを強く実感したことである。特に、水系だけでなく土壌についても生物利用可能性に基づく評価が着々と進んでいることが印象的であった。


 河川を対象とした生態リスク評価については、日本における河川水質の特徴(低硬度・低有機汚濁)を鑑みると、金属の生物利用可能性を考慮することの重要性は欧米と比較して日本では相対的には低いという側面はある。しかしながら、金属のもたらす生態リスクを適切に評価する上でも、また、リスク評価枠組みの国際的整合性という面からみても、生物利用可能性などの金属特異的な事項について日本においても科学的に検討を進めていく必要がある。

注1  生物利用可能性(bioavailability): ある化学物質が生物に与える毒性の強さは、その化学物質が生物にとって作用可能な形で存在する量(bioavailableな量)に依存する。このような、生物にとっての化学物質の作用可能性(あるいは作用可能な量)を生物利用可能性(bioavailability)と呼ぶ。例えば、金属では水生生物に作用可能な金属の量(bioavailability)はその金属の水中イオン濃度に概ね対応することが知られている。


注2  ECHA(European Chemicals Agency) EUのREACH規制における技術的・科学的・行政的事項を管轄する機関。url: http://echa.europa.eu/


注3  REACH(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals) 2007年より実施されているEUにおける化学品の申請・登録・規制のための規則。


注4  PEC(Predicted Environmental Concentration) 環境中において予測される化学物質の濃度。生態リスク評価においては、一般にPECの値が化学物質の曝露の強さの指標として用いられる。


注5  PNEC(Predicted No Effect Concentration) 毒性影響が起こらないと予測される環境中の化学物質濃度。生態リスク評価においては、一般にPNECの値が化学物質の毒性の強さの指標として用いられる。


注6  MERAG(Metals Environmental Risk Assessment Guidance)プロジェクト: 英国環境食料農林省が後援する、金属のリスク評価のためのガイダンスを作成するためのプロジェクト。
url: http://www.icmm.com/page/1185/metals-environmental-risk-assessment-guidance-merag


注7 SETAC(Society of Environmental Toxicology and Chemistry)  環境毒性学・環境化学の代表的な国際的学会. url: http://www.setac.org/


注8 種の感受性分布(Species sensitivity distribution):  様々な種に対する化学物質の毒性の強さを統計分布で近似したものであり、生態毒性の種間外挿法の一種である。欧米における生態リスク評価においては、種の感受性分布の5パーセンタイル値(HC5)がPNECの値としてしばしば用いられる。


【参考資料】

*1  US EPA. 2007. Aquatic life ambient freshwater quality criteria --- copper. 2007 revision.

*2  European Union. 2008. European Union Risk assessment report. Voluntary risk assessment of copper, copper II sulphate pentahydrate, copper(I)oxide, copper(II)oxide, dicopper chloride trihydroxide.

*3  European Union. 2009. European Union risk assessment report. Nickel and nickel compounds.

*4  Technical guidance document Annex 4-VIII environmental risk assessment and risk characterization for metals and metal compounds.


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