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アーカイブ集(Meiのひろば:海外報告便)


中国国旗イラスト

06. 中国報告「ダイオキシン2009 (ハロゲン化残留性有機汚染物質に関する第29回
   国際シンポジウム)参加報告」

西村 典子

会議の全体像

「会議場から望む北京オリンピックメイン会場」の写真
写真1:会議場から望む
北京オリンピックメイン会場“鳥の巣“

 2009年ダイオキシン国際会議(ハロゲン化残留性有機汚染物質に関する第29回国際会議)が2009年8月23日から28日にかけて中国・北京の国際会議場で開催された。会議場は2008年度北京オリンピックのメイン会場である“鳥の巣”スタジアムが目の前に見える中国人にとっても魅力的な観光スポットであった(写真1)。本会議は残留性有機汚染物質による更なる汚染の拡大を防止するための対策に関する国際的交流・協力の場としても大きく貢献している。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オセアニア五大陸の43カ国から約1,000名の研究者が参加し、260題の口頭発表と432題のポスター発表が行われた。6つの分科会に分かれての発表会場はもちろんのことフロアーでの質問、交流、意見交換で会場は終始熱気にあふれていた。座席数1,500席のメインホールで連日、1~2名、計6人による招待講演が行われた。招待講演ならびに学会発表の対象物質は残留性有機汚染物質(POPs(注1))に加え、本年5月にジュネーブで行われたストックホルム条約(注2)(POPs条約)の第4回条約国会議(COP4(注3))で追加された9化学物質のうちでポリ臭素化ジフェニールエーテル(PBDE(注4))、農薬、特にリンデン(注5)PFOS(注6)などの調査・研究が中心であった。それぞれの研究背景、越境汚染の実態とメカニズム、土壌、海洋、生物汚染などの生態系の汚染状況、分解産物、生物濃縮、生体毒性、分析法の開発、リスクアセスメントなど世界各国の残留性環境汚染物質に関して網羅的かつ最新の知見に触れることができた。世界最大面積を持ち、地球上で最も高い位置に広がるチベット高原ですらアジアモンスーンや偏西風の影響を受け周辺地域から越境するPOPsによる汚染が進んでいる実態とメカニズムに関するJiang博士(中国科学院)による招待講演から会議が始まった(写真2)。講演終了後コーヒーブレークをはさんで各分科会に分かれて研究発表と質疑応答が行われた。


注目した演題

「ダイオキシン国際会議オープニングセレモニー」の様子の写真
写真2:ダイオキシン国際会議
オープニングセレモニー

 それらの中にあって招待講演におけるドイツの Furst博士(Chemisches und Veterinaruntersuchungsamt Munsterland-Emscher-Lippe:CVUA-MEL)の報告が関心を呼んだ。“今なぜ食品および家畜の餌中のダイオキシンおよびダイオキシン様PCBが問題なのか?”の発表はタイトルのみならず内容的にもインパクトがあった。すなわち残留性有機汚染物質が今日の世界状況にあっては多国間にわたる越境汚染が短期間に広まる。その結果、国家レベルの社会問題、経済的、政治問題に発展した実例を報告したものであった。博士はダイオキシン類の人体汚染の90%以上が食品由来、特に動物の汚染によるものであることを冒頭に述べ、世界の主要な国々とヨーロッパのダイオキシン類汚染の経年変化と現状を示した。法的規制により過去20年間のヨーロッパにおける自然環境ならびに人体の汚染レベルは急激に改善されているが、母乳を介しての乳児への蓄積は体重当たりの曝露量を考えると依然深刻であると述べた。さらに1998年のブラジルのダイオキシンで汚染された飼料用柑橘類果肉による牛乳汚染、1999年のベルギーにおける鶏の汚染事件、2007年インドで起こった食品添加物に使われるグワーガムのダイオキシン汚染事件、イギリスにおいてダイオキシン類による人為的あるいは偶発的食品汚染事故が現実に多発している事実を示し、その影響は人体の健康影響のみならずその汚染が越境的に急速にかつ広範囲に拡大する性格を帯びていることに重大な関心を払うべきだと述べた。一旦、汚染が起こるとその影響は当事国に限らず関係国の政治的・経済的・社会的混乱をもたらすことに警鐘を鳴らした。その被害を最小限に抑えるためにも食品の継続的なモニタリングの必要性を説いた注目に値する講演であった。それ故、食品および家畜飼料中のダイオキシンに関する影響評価、汚染源の確定、汚染経路の解明とその対策について国家間の情報公開、共同研究、適切な対応に備える行政的支持が緊急的に求められると述べ、ダイオキシン類の汚染問題は今後も重大な監視を払い続けるべきであると結論付けた。
 分科会でもダイオキシンによる豚肉汚染事件の経過がアイルランドのTlustos 博士(Food Safety Authority of Ireland)およびオランダのHoogenboom 博士(RIKILT Institute of Food safety)等の研究グループから詳細に報告された。この事件は2008年のクリスマスの頃に発生した。その被害と影響はフランス、ドイツ、オランダ、ポーランド等ヨーロッパ全土に玉突き状に波及し、汚染食品の当事国であるイギリスにおいて最大の食品汚染事故となった。元来、この汚染はフランスで発見されたものであった。その追跡調査からその豚肉がオランダから輸入されたものであることが判明した。これを受けてオランダで調査したところイギリスから輸入した豚由来であることが明らかとなり、イギリスで詳しい調査が始まった。その後、汚染源、汚染経路、ダイオキシン類異性体の種類と濃度、母乳における含有量などヨーロッパ各国が協調して調査・対応することとなった。その結果、2008年9月1日~同年12月6日かけてイギリス国内で処理された豚肉と豚由来の加工品は全て回収され、市場から姿を消した。豚の生産者の経済的損失は勿論のこと、豚肉加工従業員の失業、飼料生産者の生産停止による経済的損失、イギリスの食品に関する風評被害、健康評価などその影響は医学的・社会的・経済的に多岐にわたった。豚の生産者からは“我々にはクリスマスも希望も無いのか”との抗議運動が高まりマスコミも大きく取り上げイギリス国内では重大な社会問題となった。汚染の発見が早く、曝露期間が短かったことが不幸中の幸いであった。その背景にあるのは各国間の円滑な情報公開と情報の交換が行われた結果であることを示した。短期曝露とはいえ汚染食品による高濃度曝露の中枢神経系および精子形成への影響が今後の問題となると述べた。残留性環境汚染物質による事件が一旦発生すると今日の社会環境の基では、その影響が甚大であることを再認識した。越境的協力体制の構築と情報開示の肝要性を実証した教訓的事件となった。


今後の方向性

「学会会場の巨大スクリーン」の写真
写真3:学会会場の
巨大スクリーン

 今会議は残留性有機環境汚染物質の分析方法の開発に関して多くの報告があった。日本電子の生方博士等は多次元ガスクロマトグラフ及び高分解能飛行時間型質量分析計の組み合わせ(GC-HRTOFMS)による迅速かつ精度の高いPOPsの測定法を発表した。さらに、オランダのTraag博士らは食物連鎖中に混入する臭素化ダイオキシンなどの環境汚染物質の同定には、バイオアッセイ法(CALUXアッセイ(注7))とGC/MS分析との同時分析が必要であることを示した。毒性学的研究、特にAhRを介しての毒性発現の分子メカニズムに関してカルフォルニア大学のDenison博士らのグループは招待講演を含め6 編の研究発表を行った。その中で、従来の方法に比べて100-250倍の感度でダイオキシンを検出可能なCALUXアッセイ法の開発に関する発表は関心をよんだ。今回の国際会議を通じて国際的共同研究や交流の結果、環境汚染の実態に関してかなりの情報量が蓄積・共有されていることを感じた。残留性汚染化学物質のリスクアセスメント、疫学調査、生体影響とそのメカニズム解明の必要性が今後の課題の一つとして浮かび上がってきた。


会議に関する印象

「万里の長城」の写真
写真4:万里の長城

 オープニングセレモニー、招待講演、閉会式の行われたメインホールには演台中央とその両サイドに巨大スクリーンが3台設置され、ホールのどの位置からもスライド内容が把握でき、参加者が多かっただけに大変有効であった(写真3)。連日どの会場も参加者でほとんど満員の活況を呈していた。参加者の特徴としては中国、特に若手の女性研究者数の多さに圧倒された。政治・経済だけでなく環境研究分野においても中国の発展を予感させられた学会でもあった。会議三日目の午後は“万里の長城”と故宮博物館へのExcursionが計画された。参加者は16台のバスに分乗し、炎天下の下であったが古の中国の雄大さに大いに感動した(写真4)。会議最終日の優れた研究を行った学生6名に贈られた表彰者の中に日本の学生が見られなかったことは残念でもあった。今後の我が国の環境研究の発展に不安感を抱いたのは私一人だけであったろうか。治安面、交通費、食費、運営の熱意などを考えると今後の中国での国際学会の開催頻度が高まるであろうことを予感した。会議の最後には各分科会からの代表者による研究発表の総括があって、来年度米国テキサス州で開かれる会議での再会を期して北京を後にした。

注1  POPs: 残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants)の略。自然界では分解し難く、高蓄積性、越境移動性、生物毒性が高い有機化学物質をさす。

注2  ストックホルム条約: 生物体内での蓄積性が高く、有害な影響をもたらす可能性が強い化学物質による環境と健康を保護するための条約。対象物質の製造・使用の禁止や排出削減を規則。この条約では2009年2月現在でDDT、ディルドリン、エンドリンなどの農薬、PCBs、ダイオキシン類など12種類が対象化学物質となっている。

注3  COP4: 2009年5月、ジュネーブで開かれた “残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約” の第4回締約国会議。この会議で新たにPFOSや臭素系難燃剤など9種の残留性有機汚染化学物質が追加された。

注4  PBDE: ポリ臭素化ジフェニールエーテル(polybrominated diphenyl ether)の略。難燃剤として電気製品、建材、繊維に用いられる。高脂溶性、生物蓄積性があって、生物濃縮される。異性体組成によりテトラ・ペンタ・オクタ・デカ製剤がある。臭素系難燃剤(BFR)に比べると毒性は低いとされる。化学構造的にPCBやダイオキシンと類似した構造を有し、甲状腺ホルモン代謝や精子形成への毒性があるとされる。

注5  リンデン(γ-HCH): COP4にて製造と使用が禁止された農薬。ただしアタマジラミ、疥癬の医薬品用の製造と使用に関しては5年間の免除が認められている。

注6  PFOS: パーフルオロオクタンスルホン酸(perfluorooctane sulfonate) の略。半導体、医療機器、コーテイング剤、界面活性剤、特に撥水剤として衣類、紙の防水剤、建材など用途が広く大量に生産されている。化学的に非常に安定で、環境中で分解されにくいため生体蓄積性が高い。近年、野生動物、魚類、ヒト血清中、環境中に世界規模で存在することが明らかにされ、新しい環境汚染物質として国際的に注目されている。動物実験で発育毒性、甲状腺ホルモン代謝のかく乱作用をもたらす。毒性発現には活性酸素が関与しているとの報告があり、汚染源の特定を含め毒性発現メカニズムに関して今後の研究発展が待たれる。

注7  CALUX: Chemical Activated LUciferase gene eXpression 化学活性化ルシフェラーゼ遺伝子発現の略。CALUXアッセイは、ダイオキシンの作用により活性化されたルシフェラーゼ遺伝子の発現量を測定することで、微量のダイオキシンを定量する、公定法として認可されたダイオキシン類の簡易測定法である。


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