• ひろばHOME
  • アーカイブ集(Meiのひろば)
  • ひろば案内

アーカイブ集(Meiのひろば:生物のひろば)


04. 河川水中の農薬類をミジンコで評価する

多田 満


 河川には、農地や市街地から雑多な排水が流入し、とりわけ、水田や畑、ゴルフ場に散布される農薬類、あるいは、家庭で用いる園芸用の殺虫剤などが、河川水中から低濃度ながら検出されます。過去にレイチェル・カーソンが『沈黙の春』(1962)で警告したDDTをはじめとする有機塩素系の殺虫剤や有機リン系のパラチオンのような急性毒性(魚毒性)の強い殺虫剤は、国内ではすでに使用禁止になっています。現在では、DDTのような環境中への高蓄積・難分解性の殺虫剤にかわって、蓄積性が低く、分解性の高い殺虫剤が使われています。しかしながら、過去の殺虫剤に比べて魚毒性は弱いものの、感受性の高いミジンコなど微小な生物に対しては、低濃度であってもその生態に悪影響をおよぼす可能性(生態リスク)があると考えられます。たとえば、その毒性が直接の生死につながらなくても、子孫の数(産仔数)の減少を招く場合、その生物の存続(繁殖)に影響を及ぼすことになります。


 河川では、複数の除草剤、殺菌剤、殺虫剤などの農薬類が水中から同時に検出されることが多く、水生生物に対する農薬類の複合影響を調べることが重要となります。水生生物のうちでオオミジンコは、化学物質に対する感受性が高く、飼育が容易なため、化学物質の毒性評価の試験に広く用いられています。そこで、本研究では、横浜市内の河川水を用いてオオミジンコの産仔数への影響(繁殖試験)と水中の農薬類を分析して、水生生物の繁殖に及ぼす農薬類の複合影響の年変動パターンと、産仔数と農薬類の濃度との関連を調べました。なお、本研究の農薬類の分析については、横浜市環境科学研究所との共同研究でおこないました。


「オオミジンコの産仔」(日数)を示した図
図1:オオミジンコの産仔[クリック拡大]

 横浜市内の寺家(鶴見川支流寺家川、横浜市青葉区)、しらとり川(鶴見川支流しらとり川と恩田川の合流点よりしらとり川流路、横浜市青葉区)、亀の子橋(鶴見川、横浜市港北区)の3地点において、2009年4月から2010年11月まで、毎月1~2回(夏期は2回)、各地点において採水をおこないました。流域は、市街地化が進んでいるものの、一部に水田、畑等の農地が認められ、寺家は水田が多い地域です。


 繁殖試験には、産仔直後24時間以内のオオミジンコ仔虫を用いて、餌としてクロレラをミジンコ1個体当たり、0.1~0.15 mg C(有機炭素含有量)/日与え、親1個体当たりの21日間の累積産仔数を調べました(n=5)(OECD-TG211に準拠)。図1のように仔虫は、産仔後およそ1週間で親になり産仔が始まり、その後3日に1度、30~40個体程度を産仔します。なお、オオミジンコは、国立環境研究所で継代飼育(NIES系統)しているものを用いました。農薬類は、GC/MSによる一斉分析法によりブロマシルなど14種類の除草剤、イプロベンホスなど4種類の殺菌剤、フェニトロチオンなど8種類の殺虫剤が検出されました。


「オオミジンコ21日間累積産仔数の経年変化」を示したグラフ
図2:オオミジンコ21日間累積産仔数
の経年変化[クリック拡大]

 図2に示すように寺家で、2009年6月25日に採取した河川水で繁殖試験を行うと、21日間累積産仔数(以下、産仔数)が17.8個体(対照では110個体程度)に減少し、親個体も試験開始12日目で死亡しました。この河川水には、殺菌剤イプロベンホス(48時間半数影響濃度48h-EC50: 859 μg/L)と殺虫剤ダイアジノン(48h- EC50: 0.87 μg/L)が、それぞれ、0.35 μg/Lと0.14 μg/Lの濃度で検出されました。さらに、48時間以内の急性毒性による親個体の死亡により、産仔数が0になった2010年6月21日の河川水には、殺虫剤フェノブカルブ(3.3 μg/L、 48h- EC50: 13 μg/L)とフェンチオン(1.7 μg/L、48h- EC50: 1.0 μg/L)が、同年8月5日には、殺虫剤ジクロルボス(3.3 μg/L、48h- EC50: 0.2 μg/L)とフェノブカルブ(1.7 μg/L)が、同月17日には、ジクロルボス(49 μg/L)と殺虫剤フェニトロチオン(0.13 μg/L 、48h- EC50: 0.75 μg/L)が検出され、それぞれ殺虫剤の検出濃度と48h- EC50を比較すると、ジクロルボス単一の毒性影響が大きいものと考えられました。


 しらとり川で、2009年7月6日に採取した河川水の繁殖試験の結果では、産仔数は34.2個体に減少し、親個体も試験開始12日目で死亡しました。この河川水には、除草剤ブロマシル(0.1 μg/L、48h-EC50: 119,000 μg/L)と殺虫剤イソキサチオン(0.1 μg/L、48h-EC50: 0.1 μg/L)、ジクロルボス(0.1 μg/L)、フェニトロチオン(0.07 μg/L)が、それぞれ検出され、さらに、親個体の死亡により産仔数が0となった2010年10月21日には、ブロマシル(0.34 μg/L)とジクロルボス(0.08 μg/L)、フェニトロチオン(0.13 μg/L)、フェンチオン(1.0 μg/L)の殺虫剤が検出され、それぞれ殺虫剤の検出濃度と48h- EC50を比較すると、イソキサチオンやフェンチオン単一の毒性影響は大きいものの、それぞれ殺虫剤の複合毒性によるものと考えられました。


 亀の子橋では、2009年6月3日に除草剤6種(0.06~0.11 μg/L)と殺虫剤フィプロニル(0.07 μg/L、48h-EC50: 0.1 μg/L)、フェニトロチオン(1.6 μg/L)が検出され、親個体の死亡により産仔数が0となり、フェニトロチオン単一の毒性影響が大きいものと考えられました。しかし、同7月21日には、殺菌剤2種(0.05 μg/L)とフィプロニル(0.08 μg/L)、フェニトロチオン(0.6 μg/L)、フェンチオン(0.05 μg/L)の殺虫剤が検出され、産仔数は減少し(60.4個体、対照では160個体程度)、試験開始12日目で親個体も死亡し、それぞれ殺虫剤の検出濃度と48h- EC50を比較すると、それら殺虫剤の複合毒性によるものと予想されました。


 以上の結果から、本試験では、オオミジンコによる殺虫剤の単一、あるいは複数の殺虫剤による複合毒性の発現パターンを把握することが可能であると考えられました。今後さらに、室内実験により複合毒性のメカニズムを解明していきます。農地では、殺虫剤や除草剤などの農薬類が5~8月にかけて集中的に施用され、それらが低濃度ながら河川水中から検出されました。また、市街地では夏期だけでなく10月にも検出され、オオミジンコの繁殖に悪影響を与えました。よって、ミジンコのような微小な水生生物の繁殖に悪影響をおよぼすような低濃度の殺虫剤でも、生態リスクの観点から監視を続ける必要があります。


ページ
Top