• ひろばHOME
  • アーカイブ集(Meiのひろば)
  • ひろば案内

アーカイブ集(Meiのひろば:フロンティア)


13. アスベストを安全に廃棄するために

古山 昭子


アスベストについて

 アスベストは日本ではその形態的な特徴から「石綿(いしわた、せきめん):綿のような石」と呼ばれています。江戸時代の平賀源内は秩父山中で石綿を見つけて、それから燃えない布を織って人々を驚かせたそうです(*1)。このように、耐熱性、耐薬品性、絶縁性などに優れた特性を持つために、アスベストは古くから建材、自動車部品、電気製品などの様々な用途に広く使用されてきました。皆さんも理科の実験でアルコールランプの上に置いてフラスコなどを加熱する際に石綿金網を使ったのを覚えていらっしゃるかと思います。近年になって、空中に飛散したアスベストを吸入することによって、数十年の潜伏期間を経て肺線維症、肺ガンや中皮腫などの病気を引き起こす可能性があることが明らかになり、日本でも、その被害が報告されています。そのため、1975年には吹きつけアスベストの使用が禁止され、現在ではアスベストの製造販売は労働安全衛生法施行令・石綿障害予防規則等により使用禁止措置がとられています。しかしながら、前述のようにアスベスト曝露による肺ガン・中皮腫・石綿肺・胸膜肥厚斑などの疾患は曝露後数十年してから発症するために、今後しばらくは健康被害を訴える患者数は増加すると予測されます。


アスベストの廃棄物問題

 日本では累積約1000万トンのアスベストを輸入して、様々な分野で使用したため、多くの構造物にアスベストが残存しています。アスベストによる健康被害を防ぐためには、アスベストの撤去作業や建築物の建て替えなどに伴う解体作業中に、作業者がアスベストを含む粉塵を吸入しないように、また、環境中にアスベストが飛散することがないようにすることが重要であり、多くの対策が進んでいます。今後は、アスベスト含有廃棄物の解体・廃棄・適正処理が問題となります。大量のアスベストが様々な用途で使われていたため、試算では、2015年から2030年をピークとして、年間約100万トン、総量で約4000万から5000万トンの非飛散性アスベスト含有廃棄物が排出されると予測されています。これまでアスベスト含有廃棄物は主に埋立処分されてきましたが、処分場の容量が逼迫していることと、不用意な跡地利用による一般環境中への再飛散の可能性が問題になってきていることから、再飛散しても健康に影響がないように無害化する等のアスベスト処理の進め方を考えていく必要があります。


熱処理によるアスベストの無害化処理と無害化確認試験法の確立

 アスベストの毒性は、アスベスト表面の生物学的活性が細胞に化学的刺激を与えることにより、低濃度では細胞増殖を、高濃度では細胞死を起こすとされています。さらに、難分解性であるためにその物理的刺激は持続し、細くて長い繊維ほど(太さ0.25μm以下、長さ8μm以上)肺がんや中皮腫の発生率が高いとされています。
 耐熱性に優れているアスベストですが、それでも高温で処理することにより結晶構造が壊れ、繊維がなくなって、ついにはガラスのように溶融させることができます。そこで、どの程度の熱処理がアスベストの無害化に有効であるかを確認する試験法の確立を試みています。


「クリソタイル(白色)、クロシドライト(青色)、アモサイト(茶色)の粉体」の写真
写真1

 アスベストというのは単一の物質を指すものではなく幾つかの鉱物の総称です。代表的なものは蛇紋岩の一種のクリソタイル(白石綿)、角閃石の一種のクロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)(写真1)で、これらは日本でも大量に使用されてきました。前述の石綿金網の石綿はクリソタイルです。発ガン性は石綿の種類によって異なり、クロシドライトやアモサイトがクリソタイルより発ガン性が高いとされています。これらのアスベストを用いて、アスベスト熱処理物の形態・化学組成変化の評価とそれに伴うin vitro、in vivo(注1)毒性影響の変化を検討しました。


 クリソタイル(2Mg3SiO5(OH)4)は熱処理によりフォルステライト(3Mg2SiO4+SiO2+4H2O)に変化します。 クロシドライト(Na(Fe2+>Mg)3Fe23+Si8O22(OH)2)からはエジリン(NaFe3+Si2O6)、クリストバライト(SiO2)、ヘマタイト(Fe2O3)が生成します。
アモサイト(Mg<Fe2+)7Si8O22(OH)2からはエンスタタイト(Mg2Si2O6)とクリストバライトが生成します。これら熱による変化で、アスベストの有害性は低減されると考えられています。
 実験では、それぞれのアスベストを400℃~1400℃の温度で2時間熱処理して熱処理アスベスト試料を作製し、透過型電子顕微鏡とX線回折装置を用いて組成分析を行うとともに、250℃の熱処理で無菌化した熱処理アスベスト試料をマウス肺胞マクロファージやヒト中皮細胞などの培養細胞に曝露して細胞生存率を測定することによりin vitro細胞毒性を評価しました。クリソタイルの組成分析の結果、250℃の熱処理で変化はなく、600℃以上の熱処理でフォルステライトが生成し、800℃以上で線維が太くなって線維数が減少することが明らかになりました。細胞毒性は250℃の熱処理クリソタイル曝露で顕著ですが、600℃の熱処理でさらに毒性が増加し、800℃以上の熱処理で激減しました。このことは、クリソタイルの層構造が破壊されてフォルステライトに再配列される状態の生成物が最も毒性が強いことを示しています。一方、クロシドライトの場合は800℃の熱処理でエジリンが生成して線維数が減少、アモサイトの場合には1100℃以上の熱処理でエンスタタイトが生成して線維数が減少しましたが(*2)、それぞれ800℃と1100℃の熱処理で細胞毒性が低下したことから、アスベストの線維数の減少に伴い、細胞毒性が低下することがわかりました。
 さらに、マウスにこの熱処理アスベスト試料の腹腔内投与と気管内投与を行い、炎症細胞の浸潤と炎症性サイトカイン(注2)を測定してin vivoで毒性を評価しました。

「生理食塩水と250℃熱処理クロシドライト100μgをマウスの腹腔内に投与して24時間後の腹腔内の細胞像」の写真 「生理食塩水とそれぞれ250℃、600℃、800℃熱処理クロシドライト100μgをマウスの腹腔内に投与して24時間後の腹腔内の白血球数(コントロール、熱処理250℃、600℃、800℃)」の棒グラフ
写真2図1

 写真2図1は生理食塩水または熱処理クロシドライト100μgをマウスに腹腔内投与して24時間後の腹腔内の細胞像と白血球数です。腹腔にはマクロファージや顆粒を持つ大きな肥満細胞が存在していて生理食塩水投与では変化はありません。クロシドライトの投与で矢印のように馬蹄形の核を持つ白血球が腹腔内に多数浸潤してきます(写真2)。クロシドライトにより白血球が腹腔に浸潤してきますが、250℃熱処理クロシドライトに比べて、800℃熱処理クロシドライトで浸潤白血球数は顕著に減少します(図1)。

「生理食塩水、250℃または800℃熱処理クロシドライトをマウスの気管内に投与。4週間後の肺組織をヘマトキシリン・エオジンで染色して光学顕微鏡で観察した末梢肺組織」の写真
写真3

 写真3は生理食塩水または熱処理クロシドライト100μgをマウスに気管内投与して4週間後の肺組織の光学顕微鏡像です。250℃熱処理クロシドライト投与では矢印のように気管支肺接合部に肺の繊維化が観察され、肺に弱い炎症が持続して気管支上皮細胞の増生が認められました。しかしながら800℃熱処理クロシドライト投与では、生理食塩水を投与したコントロールと同様に肺組織に変化はみられませんでした。
 これらの急性毒性実験から、熱処理によりアスベストを無害化することが可能であることが明らかになりました。無害化する温度はクリソタイルが900℃以上、クロシドライトが800℃以上、アモサイトが1100℃以上であり、アスベストの種類によって無害化する温度が異なるため、アスベストの種類を考慮した熱処理が必要なことが示されました。in vitro細胞毒性や腹腔内投与が急性毒性評価法として有用であることが明らかになりましたが、さらに、発ガンと関連した酸化ストレスマーカー(注3)の分析や生活習慣病関連因子へのアスベスト曝露との関係についての検討を進めています。


 <第3期中期計画>化学物質評価・管理イノベーション研究プログラム:ナノマテリアルの毒性評価手法の開発と安全性に関する研究では、アスベストの毒性研究を基に、有用な先端素材ではあるもののアスベストと同様に繊維状で難分解性であるカーボンナノチューブの吸入毒性影響評価や、二酸化チタン、銀、デンドリマーなどのナノ粒子の曝露影響評価を行っています。

注1  in vitro : 組織や細胞を用いた試験。 in vivo : 実験動物などの生体での反応を検出する試験。

注2  炎症性サイトカイン : 生体内の様々な炎症反応を引き起こす原因因子となるタンパク質。

注3  酸化ストレスマーカー : 生体内で酸化反応によって引き起こされる有害な状態を示す指標。


【参考資料】

*1  歌代勤 他、地学の語源をさぐる。東京書籍(1978)

*2  山本貴士 他、平成18年度廃棄物処理等科学研究費研究成果報告書(K17A1)(2007)


ページ
Top