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アーカイブ集(Meiのひろば:フロンティア)


11. 大きな不確実性の下での意思決定:インフォメーション・ギャップ理論

横溝 裕行


「外来植物パンパスグラス」の写真
写真1 :アメリカのある町
に生えていた外来植物
パンパスグラス

 化学物質の管理や、絶滅危惧種の保全、外来種の駆除を進めていくには多くの困難があります。その一つがデータが不足することなどにより、様々な確かでないこと(不確実性)がある中で、問題に対処し、解決していく必要があることです。例えば、絶滅危惧種の保全の場合は、どのくらいの個体数が生存していて、管理を行った場合の効果がどのくらいなのかがほとんどわからない場合でも、今ある知識に基づいて最も良い対策を導きだす事が求められます。そのような大きな不確実性の下で意思決定を行う場合に有用な考え方としてインフォメーション・ギャップ理論があります。本稿ではこの理論を紹介します。


インフォメーション・ギャップ理論の特徴

 世の中では、知っている情報(インフォメーション)と知らなくてはいけない情報との乖離(ギャップ)が存在します。このインフォメーション・ギャップ理論は、まさに、この乖離を何とか解決するために考えられているものです。例えば、あるほ乳類の絶滅危惧種の個体数がはっきりわからなくても、a頭からb頭である確率が何%であるという事がわかれば、この確率を用いて絶滅確率などが計算できます。しかし、ある程度の調査が行われないと、このような情報を得る事ができません。インフォメーション・ギャップ理論に従うと、確率がわからなくても最もあり得そうな個体数c頭という情報だけで、どのような対策をすれば良いのかを導きだす事ができます。つまり、より大きな不確実性のもとで意思決定ができるのです。この理論の大きな特徴の一つが、不確実性を説明するとき、確率の概念を用いないことです。インフォメーション・ギャップ理論のもう一つの特徴は、悲観的なシナリオのもとで、最低これだけは達成したいという管理の目標を、最も大きな不確実性のもとで達成できる対策を導きだす理論であることです。


外来種管理の効果に不確実性がある場合

「仮想モデルにおける、不確実性の大きさと外来植物の分布面積の関係」の図
図1:仮想モデルにおける、不確実性の大きさと外来植物の分布面積の関係. 不確実性が大きくなるに従って分布面積が大きくなります。インフォメーション・ギャップでは、より大きな不確実性のもとで管理目標を達成できる管理手法を導きだします。この場合は、物理的除去の方が、除草剤を用いた場合より、大きな不確実性のもとで管理目標(分布面積が70ha以下)を満たす事ができることがわかります。この場合は、物理的除去が管理手法として選ばれます。

 インフォメーション・ギャップ理論を説明するための例として、ある外来植物の分布域を狭めることを目指して管理を行う事を仮想的に考えてみます。この外来植物の管理方法には、直接刈り取って除去してしまう物理的除去と、除草剤を使って除去してしまう2つの方法があるとします。しかし、2つの管理の効果には不確実性があって、管理によってどの程度植物の分布面積を減らせるかは確かではないとします。この確かでないことが不確実性です。たとえば、除去してもすぐに新しい個体が生えてきたり、除草剤が効かなかったりするかも知れないため、管理を行ってもそれほど分布面積を狭める事ができなくなる可能性(不確実性)があります。図1は仮想モデルにおける、不確実性の大きさと外来植物の分布面積の関係を表しています。不確実性が大きくなるに従って図1のように、分布面積が大きくなるとします。分布面積は管理の方法によって異なります。インフォメーション・ギャップ理論では、より大きな不確実性のもとで管理目標を達成できる管理手法を導きだします。インフォメーション・ギャップ理論により、どちらの管理手法が選ばれるのかを説明します。まず、達成したい管理目標となる分布面積(点線)を設定します。次に、この点線との交点に注目して、より大きな不確実性で交差する方が、より大きな不確実性のもとで目標を達成できるので、最適な管理手法になります。図1の場合は、物理的除去の方が、除草剤を用いた場合より、大きな不確実性のもとで管理目標(分布面積が70ha以下)を満たす事ができることがわかります。以上から、物理的除去が管理手法として選ばれます。では、別の管理目標の場合はどうなるでしょうか?縦軸に注目して達成したい管理目標が10haから交点(点A)の縦軸の値までが除草剤、達成したい管理目標が交点(点A)の縦軸の値よりも大きい場合は物理的除去が最適な管理手法になります。10ha以下の場合は、どちらの手法も目標を達成できないことがわかります。


最後に

  インフォメーション・ギャップ理論は、意思決定の際に必要な情報が少ない場合に有用だと説明しました。管理に必要なデータが十分集れば、より詳細な解析が可能になります。例えば、多量のデータが集まり絶滅危惧種の生存率など求めることができれば、その生存率に基づいて最適な管理手法を導き出す事ができます。しかし、データが集まるまでには時間がかかる場合が多く、またコストの面からも十分なデータを得ることが難しい場合も少なくありません。データが揃わない段階でも、早めの対策をとることが重要な場合が多くあります。特に、化学物質の管理や、絶滅危惧種の保全など、データが不足している段階で意思決定が求められる様々な環境問題において、インフォメーション・ギャップ理論は有用な理論であると言えるでしょう。


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