国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.3 No.1 (4)
Topics
生態影響評価の新しいアプローチに向けて~カテゴリーアプローチと(Q)SARの現状と今後

NIESフェロー(当時) 小松 英司
派遣研究員(当時) 杉山 佳世

1. はじめに

 カテゴリーアプローチとは、1つ1つの化学物質全てについて有害性試験を行うのではなく、関連する複数の化学物質をグループ(カテゴリー)としてとらえ、カテゴリー内の化学物質の一部について得られる毒性データからの内挿又は外挿により、カテゴリー内の化学物質全体についてスクリーニングレベルの有害性を評価しようという考え方です。OECDにおけるHPV(高生産量)化学物質有害性評価プログラムでは、このようなカテゴリーアプローチの考え方を採用し、評価の効率化を図りつつあります。また、平成17年6月からわが国で始まった官民連携既存化学物質安全性情報収集・発信プログラム(Japanチャレンジプログラム)においても、「カテゴリーアプローチにより積極的に情報収集を行う」としているように、化学物質の評価を効率的に行う上でカテゴリーアプローチが重要視されています。

 このような状況から、平成17年5月20日(金)に厚生労働省の2つの研究班及び国立医薬品食品衛生研究所安全性生物試験研究センター変異遺伝部・総合評価研究室の主催により、「第1回カテゴリーシンポジウム~カテゴリーアプローチの現状と今後について~」が開催されました。国環研リスクセンターでは、生態毒性のカテゴリーアプローチの手法の検討および(Q)SARの開発を行ない、化学物質の評価への活用について検討を行なっていることから、研究の成果を中心に白石寛明センター長が「生態毒性分野におけるカテゴリーアプローチの検討について」の講演を行いました。ここでは、このシンポジウムの内容の紹介を通じてわが国におけるカテゴリーアプローチの動向を紹介するとともに、生態影響評価におけるカテゴリーアプローチとQSARの現状と今後について説明します。

2. カテゴリーシンポジウム

 このシンポジウムでは、7名の演者による講演が行われました。

 セッション1では、まずBob Diderich氏(OECD環境保健安全課)より、HPVプログラムのためのマニュアルMANUAL FOR INVESTIGATION OF HPV CHEMICALSの第3章DATA EVALUATIONに基づき、カテゴリーを構築する際のプロセスやデータギャップを埋めていく手法などの説明がなされました。また、林真氏及び鎌田栄一氏(いずれも国立医薬品食品衛生研究所)からは、健康影響評価へのカテゴリーアプローチの適用について説明がありました。哺乳類を用いた動物実験を行い、毒性データを蓄積していくことは、今後はますます困難になっていくことが予想されることからも、この分野の研究への期待は高いと改めて感じました。

 セッション2では、川原和三氏(化学物質評価研究機構)から、より具体的な物理化学性状・環境運命におけるカテゴリーアプローチに関する講演が行われました。化審法では分解性試験の結果によってその後の試験の必要性が決まるため、安易な生分解性の予測を行うことにより生じる問題点等の指摘もありました。白石寛明センター長からは、カテゴリーアプローチを行う上で重要な役割を果たすQSARの検証及び当センターで行っているQSAR開発の進捗状況等について説明がありました。QSARの検証については米国環境保護庁(USEPA)で開発されたECOSARを、環境省の生態影響試験結果及び昨年秋のQSARに関するOECD専門家会合で使用されたQSAR検証データを用いて検証した結果が報告されました。この結果、ECOSARのQSAR式は一部には予測性が認められましたが、実測値と異なる化学構造分類もあるようです。このほか、当センターで進めている魚類及び甲殻類に関するQSAR式の構築の状況について説明がありました。

 セッション3では、菅原尚司氏(日本化学工業協会)により、実際に化学物質を製造している化学工業会におけるカテゴリーアプローチの適用事例とその課題について報告がありました。過去OECDのHPVプログラムで日本企業が関与したカテゴリーの例を紹介するとともに、カテゴリーアプローチは今後どのように利用出来るかの検討も行われました。江原輝喜氏(厚生労働省)からは、カテゴリーアプローチの行政活用とそれに基づく化学物質安全対策について報告がありました。既存化学物質だけではなく新規化学物質に応用するには、カテゴリーアプローチおよびQSARの信頼性の確立が必須であると提唱しています。

 シンポジウムの最後の総合討論の場では、カテゴリーアプローチの現状や今後の課題等に関する質問が行われました。今後もすべての評価にカテゴリーを利用できるというわけでは決してありませんが、化学物質の安全性評価において、カテゴリーアプローチは非常に関心の持たれている分野であることが確認されました。高い信頼性を保ちながら化学物質の安全性評価に適用できるカテゴリーアプローチおよび(Q)SARを確立するためには、多くの知見の集積や試行的な運用を通じて、多くの問題を克服していく必要があることから、官民連携の下で取り組むことが望まれます。

3. 生態毒性評価におけるカテゴリーアプローチと(Q)SAR

「カテゴリーアプローチの手順」を示す図

 生態毒性評価におけるカテゴリー評価では、特に水生生物への急性毒性の評価がポイントとなります。化学物質カテゴリーとは、構造が類似しており、そのため物理化学的性状、有害性が類似、又は一定のパターンを示すと考えられる化学物質のグループです。現状では、異性体、同族体などの構造類似性、分解産物の類似性などに基づいてカテゴリー化がなされていますが、必ずしも体系的に行われているあるわけではありません。カテゴリーアプローチを評価に適用していく上で重要なのは、カテゴリーの理論的裏づけ、データギャップを埋めるための信頼性の高い(Q)SARの活用、カテゴリー評価の透明性を確保するためのガイドラインの作成などであると思われます。

 OECDのHPVマニュアルによれば、カテゴリーアプローチは以下の手順にしたがって行われています。

 カテゴリーの同定では、構造類似性および物性値・エンドポイントの傾向に基づいて決定されますが、適用領域(applicant domain)の設定がカテゴリーアプローチの鍵となります。つまり、カテゴリー内の物質について物性値・エンドポイントを内挿又は外挿により信頼できる値を求められる領域を見つけることです。逆にカテゴリーの適用領域が明確ではない場合は、信頼できるカテゴリーアプローチを行うことが出来ないということになります。ステップ5で、既存のデータに基づき推定したカテゴリーが評価可能かどうか、適用領域を規定できるかどうか検証することとなり、重要な作業となります。ステップ8で最終的にカテゴリー内のすべての化学物質の評価を行うことになりますが、この段階で生態毒性試験値から未測定物質の毒性値を内挿又は外挿するか、または物性値から(Q)SARで毒性値を予測することになります。毒性値の推定法に信頼性が確保できない場合、追加の毒性試験などを行う必要があります。

 カテゴリーアプローチや(Q)SARで特に注意するべきことは、同じカテゴリー内にあっても置換基の種類や数、置換位置の違いにより大きく物性値やエンドポイントが異なる物質があることです。この場合、(Q)SARを利用しても予測値が実測値と解離してしまうことが多く見られます。このような物質を適合領域から除くことが非常に重要となります。また、代謝産物や混合物、金属化合物などをどのように扱えばよいかについては、まだまだ知見が少ないところです。これまでの研究において、生態毒性におけるカテゴリーアプローチおよび(Q)SARの構築では、構造類似性はもちろんのこと毒性作用に基づいたカテゴリーの選定および適用領域の設定、カテゴリーごとに生態毒性を推測するためのパラメータおよび予測手法の選定が大変重要であるであることがわかってきました。したがって、多岐に亘る構造の生態毒性データを収集し、毒性と化学物質の構造、物理化学特性の関係付けを行うことが出来るデータマイニング手法や(Q)SARアルゴリズムの確立を通じて、カテゴリーアプローチや(Q)SARの手法の信頼性を高めていくことが必要となっています。今後当センターでは、これらの研究を進めていく予定です。

 カテゴリーアプローチおよび(Q)SARに係る多くの課題を解決し、実際の評価で使用可能な評価法を構築することが望まれており、それらを活用してデータギャップを克服し、化学物質の安全性点検が加速していくことが化学物質の安全性評価の進展に大きく寄与するものと期待されます。

リスクセンター四季報 Vol.3 No.1 2005-06発行


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