国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.4 (4)
会議開催報告 第3回小児等の環境保健に関する国際シンポジウム

NIESフェロー(当時) 松崎加奈恵
健康リスク評価研究室長(当時) 青木 康展

はじめに

 化学物質による人への健康リスクを考えた場合、小児を成人と同等に扱うことはできない。その理由としては、小児が身体的な機能が未発達であり、場合によっては発育段階にある器官に損傷を与える可能性が考えられるなど、成人とは異なる化学物質の影響を考慮する必要があることが挙げられる。また、地面に接して遊ぶ、手に触れた物を口に入れる等小児特有の行動形態をもっていること、身長が低い等の身体的な特徴により低層での大気を吸入している、地面からの巻き上げの影響を受けやすい等小児をとりまく環境が成人とは異なる可能性があることなどにより、成人とは異なる化学物質の暴露を考慮する必要があることが挙げられる。

 化学物質の影響を含む小児の環境保健に関しては、国際的には平成9年(1997年)5月に「小児の環境保健に関する8カ国環境リーダーの宣言書」が環境大臣サミットで採択されたことを受け、その後は様々な場面で取り上げられ、早急に取り組むべき課題として位置づけられている。我が国ではその取組の1つとして、環境省が化学物質の小児に対する健康リスク評価手法の検討のための調査を実施しており、当センターでは15年度から同省からの受託調査として、化学物質の小児に対する暴露評価手法を中心に調査研究を行っている。

 「第3回小児等の環境保健に関する国際シンポジウム」は、この調査研究の一環として、国際的な意見交換、情報発信等を目的として、平成17年2月24日に環境省主催により開催されたものであり、当センターが運営事務局を務めた。今回のシンポジウムでは、外国における暴露評価や国民健康調査等の現状紹介を中心に、国内の研究事例や地方自治体の取組みも含めて報告された。シンポジウムの構成は表のとおりである。本報ではシンポジウムで報告された国外の事例を簡単に紹介するとともに、現在当センターで取り組んでいる調査の概要を報告する。なお本シンポジウムの要旨及び資料は、環境省のホームページで公開されている。

表 第3回小児等の環境保健に関する国際シンポジウムの構成
  • ・小児の生活環境と化学物質-国民調査結果から
     Katarina Victorin(スウェーデン カロリンスカ研究所 環境医学部門)
  • ・小児の環境保健に関するドイツでの取組
     Norbert Englert(ドイツ連邦環境庁 環境衛生部門)
  • ・特別発言
     加藤 修一 (参議院議員、前環境副大臣)
  • ・小児の暴露評価のためのライフステージアプローチ
     Jacqueline Moya(米国環境保護庁)
  • ・東京都における化学物質の子どもガイドライン
     池田 茂(東京都環境局環境改善部有害化学物質対策課長)
  • ・化学物質の神経系への有害性評価のあり方
     高坂 新一(国立精神・神経センター神経研究所 所長)
  • ・総合ディスカッション 座長 : 内山 巌雄 (京都大学 教授)
    基調発言: 「日本における取組の紹介」
     白石 寛明 (国立環境研究所化学物質環境リスク研究センター長)
    指定発言
     中下 裕子(ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議)
     中田 三郎(社団法人日本化学工業協会)
  • ・パネルディスカッション
     ディスカッション内容:1.対策の現状
     2.今後望まれる対策 等
「小児等の環境保健に関する国際シンポジウム 講演者・関係者」の集合記念写真

スウェーデンにおける小児の環境保護に関する国民調査について

 スウェーデンでは、2005年2月に『環境保健報告書(Environmental Health Report )2005』を公表している。これは、スウェーデン政府及び国の保健福祉委員会の委嘱により、カロリンスカ研究所・環境医学部門がストックホルム郡庁産業・環境医学部(The Department of Occupational and Environmental Health, Stockholm County Council)と共同で行った小児の環境保健に関する調査結果をもとにとりまとめられたものである。報告書は、環境要因の暴露に関する国民の理解を高めることや環境要因に起因するリスクの推定に用いることを目的として作成され、国や自治体が施策を実施する際に行う評価の重要な根拠として用いられるとしている。調査は、スウェーデン国内の8ヶ月児、4歳児、12歳児、合計4万人(スウェーデンの全人口約900万人のうち、14歳までの小児の人口は150万人)を対象に、親に対するアンケート形式で行われ、71%の回答が得られている。

 アンケートは、小児の健康状態、家族及び住居の状況、交通機関の利用、ペット、親の喫煙、喘息その他気道に由来する症状、食物アレルギー、皮膚アレルギー、聴力及び各種音源による騒音への暴露、異臭及び排気による苦痛、日射からの保護、食習慣など、約100項目を含む質問で構成されている。環境中の化学物質としては、大気汚染物質、金属、残留性有機汚染物質などが取り上げられている。

 アンケート調査の結果、40%近くの小児は幼稚園、学校、校外の活動に参加するため、車などを用いて1日5 km以上移動し、大気汚染物質に曝される機会の多いことが明らかとなった。また、食物からの暴露という観点で国民がどの程度理解しているかについては、メチル水銀の例では母親の77%が政府食品局(National Food Administration)から公表されている魚類の推奨摂取量に関するガイドラインを周知していた。講演ではこのほか、スウェーデンにおける環境汚染物質の小児への影響に関する知見も紹介された。

ドイツにおける小児を対象とした国民調査について

 ドイツでは、環境汚染物質の人体への蓄積や空間的・時間的な暴露の相違等に関する『ドイツ環境調査』(GerES)が継続的に実施されている。この調査は主に成人を対象としたもので、小児については1990年~1992年のGerESIIで調べられた。しかし、調査の対象はあくまでも成人で、調べられた小児は調査対象者(成人)と同居していたにすぎず、小児の代表的なサンプルとは言えない面があった。そこで、小児に関する情報を充実するため、3才から14才児を対象に2003年から2006年にかけて第4回ドイツ環境調査(GerESIV)が行われている。

 GerESIVの本調査に先立ち、本調査を精度よく実現させるため、2001年3月から2002年3月にパイロット調査が行われた。対象者は、旧東ドイツと旧西ドイツの農村部、都市部それぞれに居住する乳幼児期から思春期の小児 (0-17歳) 550人とされた。調査では、血液や尿の分析、アンケート調査等が行われた。その結果、血中の鉛濃度及び尿中のPCP濃度等は1990年~1992年のGerESIIに比べて減少していることが明らかとなった。また、本格調査で期待できるアンケートの回答率は50%であること、血液や尿の採取は3歳以上を対象にすることが現実的であること等、本格調査を実施するために役立つ情報が得られた。

 GerESIV調査は[1]小児から採取した血液や尿中などの鉛、カドミウム、水銀、有機塩素系化合物等、化学物質濃度を測定し、代表的なデータ及び参照値を得ること、[2]室内空気、水道水、ハウスダストなど様々なコンパートメントが小児の体に与える負荷を明らかにすること、[3]小児の暴露における空間的、時間的差異をまとめること、[4]健康と環境の関係をより明確にすること、[5]小児の化学物質暴露削減のための更なる予防・管理を行う必要性を示すデータベースを提供することを目的としている。調査対象は3~14歳児 1,800 人で、全国150ヶ所において、12齢別群から1名ずつが選ばれている。

米国環境保護庁が進めている小児の暴露評価のための
ライフステージアプローチについて

 小児が受ける環境からの暴露経路や暴露量は、胎児期、小児期、青年期等ライフステージにより異なっている。例えば、体重を基準にした場合、小児の呼吸量は1歳未満で約0.5m3/day/kg(呼吸量4.5m3/day、体重8.4kg)*となり、青年期(15~18歳)の約0.2 m3/day/kg(男子17 m3/day、体重70kg、女子12m3/day、体重61kg)*に比べて多い。また、1日当たりの飲用水量も生後半年未満の乳幼児が青年期(15~19歳)に比べて7倍以上に達する。さらに、小児は手や物を口に入れる等、特異な行動をとり、成人とは暴露経路が異なっている。小児の健康へのリスクを考える上では、ライフステージ毎の行動や生理的な特徴に関する情報が不可欠であるが、これらの情報が少ないため、成人に比べてリスクを捉えることが難しいと考えられている。

 米国環境保護庁ではライフステージに着目した調査研究を「ライフステージアプローチ」として行っている。このアプローチは、小児特有の暴露と潜在的な「脆さ」を成長段階毎に検討するものであり、特定の暴露の影響を最も大きく受ける年齢が着目される。各ライフステージにおいて小児の暴露がどのような形で起こっているのかを明らかにするため、暴露シナリオが構築される。暴露シナリオは概念モデルを構築し、問題を定式化することにより作成される。暴露シナリオには汚染源に関する情報のほか、暴露を受けた集団(年齢群、発達段階等)、暴露期間、場所、活動内容(物を口に入れる、サッカー、芝刈り等)の情報が含まれる。

 また、具体的な暴露の推定には、暴露パラメーターが必要であり、小児を対象とした暴露パラメーターは「小児暴露要因ハンドブック (Child-Specific Exposure Factors Handbook, 2002) 」として公表されている。このハンドブックでは、食物摂取、土壌摂取、物を口にいれる行動、吸入率、時間による活動パターン等のパラメーターが掲載されている(http://cfpub.epa.gov/ncea/cfm/recordisplay.cfm?deid=55145)。また、小児を取り巻く大気、土壌、食物、水質濃度等に関するデータは「米国の小児と環境~汚染物質、体内負荷量と病気(America's Children and the Environment Measures of Contaminants, Body Burdens, and Illnesses)(http://www.epa.gov/envirohealth/children/ace_2003.pdf)」で報告されている。

*米国環境保護庁公表「小児暴露要因ハンドブック (Child-Specific Exposure Factors Handbook, 2002) 」より著者が算定。

化学物質環境リスク研究センターにおける調査研究

 化学物質の小児に対する暴露は、国により化学物質の環境中の存在状況が異なるだけでなく、国による小児の行動様式の違いも予想されるため、わが国独自で調査を行う必要がある。環境省では平成14年度に全国5ヶ所約400名の小児を対象に、小児の行動パターンに関するパイロット調査を行ったが、これは保護者に対するアンケートのみであったため、詳細な行動が把握できない等の課題があった。当センターが担当した平成15年度及び16年度は、この課題を踏まえて、保護者へのアンケート形式による調査に加えて、観察員による小児の行動パターンに関する現場調査を実施した。保護者へのアンケート調査では小児が居住している地域の環境、家庭内の環境、自宅での行動パターン、食事内容等を質問している。また、幼稚園や保育園に就園している昼間の行動については、走る、座る等の活動のほか、物に触る、口に入れる等、化学物質の暴露と関係する行動を記録した。これらの調査から、小児がいつどこに滞在し、どのような活動を行い、何を手にし口に入れるかを明らかにすることができる。

 当センターでは、化学物質の小児に対する暴露に関する調査研究を進め、日本版「小児暴露要因ハンドブック」として公表していくことを目指している。

リスクセンター四季報 Vol.2 No.4 2005-03発行

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