国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.4 (2)
研究活動紹介 化学物質データベースの構築と公開

 環境中に存在している化学物質によるリスクを評価するためには、生産・輸入量、物理化学的性状、健康影響、生態影響など、多様なデータが必要となります。当センターでは、それらのデータを効率的に検索・閲覧することのできる化学物質データベース(Webkis-plus)をインターネット上で公開し、複数のデータベースから収集した化学物質情報(一般、物性、毒性情報等)や環境分析手法や環境動態のモデルに関する情報を提供しています。本号では、Webkis-plusの内容について紹介します。

はじめに

 化学物質のデータベースは、多くの人がその必要性を感じながらも、一般の人や事業者が自由に利用できる規模のデータベースは、それほど多くはありません。一方で、インターネットの普及は急速に進んでおり、情報検索サイトを用いるとあたかも1つのデータベースのように化合物名、CAS番号など様々なキーワードでの検索が可能となっており、今日ではリスクコミュニケーション手法の一つとして、こうしたインターネットを介した化学物質情報の提供を挙げることができます。

 当センターがインターネット上で公開している化学物質データベース(以下Webkis-plusと略す)は、化学物質の安全性に興味のある人達の間でデータを共有しようという意図から、既存のデータベースやデータセットを骨格に、逐次データを追加整備するという方針で開発されました。Webkis-plusでは、データベース間の相互の関連付けをCAS番号を中心として整理しており、化学物質ごとに複数のデータベースを閲覧できるよう製作段階から留意しており、維持管理にかかわる労力の低減や効率化に対処しています。

 現在公開しているデータベースは、当センターが作成しているデータベースの一部分です。今後、より多くの情報を掲載し、リスク評価のツールとして機能を充実させることを目的とし、分かりやすい情報の加工方法の検討、検索ページの追加や、既存データベースのデータ更新作業を行っていきます。

化学物質データベース(Webkis-plus)の詳細

 現在、Webkis-plusで情報を提供しているデータベースには、1) メインデータベース(Kis-plus)、2) 農薬データベース、3) AQUIREデータベース、4) 化学物質環境動態モデルデータベース、5) 環境測定法データベース(EnvMethod)があります(図1)。

「図1:Webkis-plusで使用しているデータベース」を示す画像

1)メインデータベース(kis-plus

 本データベースの開発は、科学技術振興調整費による「物質関連データ(化学物質、食品成分、表面分析)のデータベース化に関する調査研究(第I期 平成6-8年度)」の中の1課題として、様々な形態のデータ・情報を関連づけて統合的に利用する必要のある化学物質の生体影響データベースの調査研究とその整備を行うことを目的として、神奈川県と兵庫県の研究機関の協力の下に当研究所で開始しました。平成7年度の後半より開発が始まり、平成9年からインターネット版を公開しました。

 Kis-plusは、神奈川県化学物質安全情報提供システム(KIS-NET)を主体に、 NORDBAS1)データベース、約5,000データの水・オクタノール分配係数(Kow)2), 3)、環境庁環境安全課が測定している約200物質の水溶解度とKow、IRIS(Integrated Risk Information System、米国EPA)4)から約600物質の参照用量(Reference Dose: RfD)や物質mg/kg/dayあたりの生涯にわたる発ガンリスクのスロープファクター(Cancer Potency Slope Factor: CPS)の値、約1,300物質の簡便な水質の毒性試験法として知られる発光細菌を用いたマイクロトックス試験5)による毒性値などを統合したデータベースです。化学物質の特定には、CAS番号を用い、データベース内の全化学物質のリストを作成した後、CAS番号と各化学物質情報に特有の化学物質番号の対応一覧表を作成して情報を管理しています。インターネット上では、これらの化学物質情報をCAS番号、物質名称、分子式から検索することが出来ます。さらに、環境基準や排出基準など各種の法規制に基づく基準値、地方自治体の化学物質の指針値、発がん性の評価や、国際機関や外国の物質リスト、内分泌撹乱作用の疑われる物質、PRTR対象物質などの物質リストからも、CAS番号から各種の情報を参照することが出来ます。

2)農薬データベース

 農薬データベースは、兵庫県立健康環境科学研究センターで作成された農薬の構造式データベースに、農薬の県別の出荷量、毒性情報などを登録した出荷量データベースを統合したデータベースです。農薬の構造式データベースは、農薬としての薬効がある物質の構造式をMicrosoft Wordで図示したもので、約3,000物質のデータがあります。出荷量データベースには、農薬製剤の種類ごとの都道府県別の出荷量が1992年農薬年度から最新年度まで、農薬要覧から入力されています(インターネット上では2002年農薬年度まで公開しています)。環境への負荷量の推定には農薬製剤の出荷量でなく、有効成分である原体の量が必要であるため、農薬製剤の出荷量と対応する農薬製剤中の原体の含有量から、原体ごとの都道府県別の出荷量を計算しています。

 インターネット上では、原体名(約3,300件)、農薬名(約2,600件)、商品名(約6,200件)、IUPAC名、CAS番号などから検索でき、CAS番号によりKis-plusデータベースと統合されています。また、農薬の名称や商品名から使用している原体の含有量や、原体からそれを含む農薬の名称と含有量、商品名、物性情報などを閲覧することができます。さらに、農薬の空間的・時間的な変動を考慮した曝露評価の基礎とするため、92年以前のデータの入力を昭和38年度版より行っており、15年分の出荷量の入力が完了しています。今度、原体への換算に必要な製剤中の含有量のデータベース化が必要となりますが、初期の農薬要覧では、農薬製剤がコード化されておらず、また、製剤ごとの含有量の違いを明確に区別していない場合もあるので時間のかかる作業となっています。

3)AQUIREデータベース

 AQUIREデータベースは、1915年から現在までの文献調査により得た水生生物毒性試験情報のデータベースであり、米国EPAの研究開発部門(Office of Research and Development: ORD)と国立健康環境影響研究所(National Health and Environmental Effects Research Laboratory: NHEERL)の中部大陸生態学部門(Mid-Continent Ecology Division: MED)が作成し、無償で提供しています6)。このデータベースでは、毒性試験ごと、試験化学物質、生物種、媒体、実施場所、曝露期間、エンドポイント、参考文献等の情報がまとめられており、そのデータ数は毒性試験として227,846件、収載されている化学物質は7,366物質、生物種は4,212種に及んでいます(平成17年3月現在)。

 AQUIREデータベースは上記のように豊富な水生生物毒性試験情報を有しており、化学物質の水生生物への影響を評価する上で重要な情報源です。しかし、EPAの提供しているインターネットを介した情報検索ページでは、毒性データの統計処理などの一括処理が困難です。そこで、より簡単でユーザーが使いやすいものを提供することを目的として、EPAの許可を得て、AQUIREデータベースの情報検索ページの作成を行いました。インターネット上では、化学物質、生物種から毒性情報を検索することが出来、さらにCAS番号により、Kis-plusデータベースと統合されています。また、デスクトップ上では構造式情報を付与することにより、構造分類を行い、化学物質の生物に対する毒性の定量的構造活性相関(QSAR)に基づく予測ができるように解析をしています。

4)化学物質環境動態モデルデータベース

 本データベースは、環境省受託業務「新規化学物質挙動追跡調査」の成果を活用して国立環境研究所化学物質環境リスク研究センターで作成されたものです。化学物質のリスク評価の一つとして、コンピューターモデリングシステム(モデル)を利用した環境動態の予測は有用ですが、世界中には様々なモデルが点在しており、その中から適切なモデルを選択することは困難でした。そこで、このようなモデルを提供している複数の機関から情報を収集してデータベースを作成し、インターネット上で情報公開を行いました。

 本データベースは情報源として、一般的に利用されるモデルを数多く提供している機関からの情報およびNTISによる文献検索結果を利用しています。また、モデル情報を系統立てて整理するため、インデックスとして名称、略名、オペレーティングシステム、記述コード、対象媒体、概要、関連リンク、参考文献等を設けています。インターネット上では、検索条件として提供機関、名称、対称媒体を選択し、モデルのホームページへリンクを張っています。

5)環境測定法データベース(EnvMethod

 環境測定法データベースはこれまで、農薬の分析法を中心にテキストとして保存されている分析法を対象に、インデックスサーバーによる全文検索と、分析法のリストからの参照を行うものでしたが、平成15年度に大幅に機能を拡充し、環境測定法データベース(EnvMethod)として再構築しました。EnvMethodは、化学物質の分析法開発や環境分析に携わる方へ情報を提供することを目的として、公定法や環境省公表資料等に示されている分析法を集約し、化学物質名等からの検索を可能にしています。このデータベースは国立環境研究所の情報提供機能を充実するためのモデルとして試行されたもので、環境省の協力を得て、国立環境研究所環境情報センターと共同して作成しています。

 平成17年3月現在では、EnvMethodに収載されている分析法は1,694件、対象化学物質は1,712物質であり、公定分析法、環境省公表資料、及び米国EPA公表資料等が含まれています。インターネット上では、対象化学物質、対象媒体、関連法規制、出典等から検索でき、CAS番号でKis-plusと統合しています。また、化学物質ごとに黒本調査結果の一覧を表示(図2)し、分析法とモニタリング調査結果の関連付けに寄与しています。

「図2:EnvMethodでの黒本調査結果一覧表示画面」を示す画像

現状の問題点と今後の拡張

 Webkis-plusは神奈川県のKIS-NETをベースにしており、化学物質の種類も限定されています。化学物質の審査などに当たっては、これをより体系化し、すべての既存化学物質及び審査済の新規化学物質の情報をデータベース化することが必要であり、現在、名称、化審法官報告示番号、CAS番号等を入力し基盤整備を行っています。

 また、一部AQUIREデータベースでは既に実現している構造式情報の付与に関しても、最近では構造式から視覚的に物質を特定できるサイトが増加しており、Webkis-plusも部分構造式から検索できるサイトへ脱皮を計る時期にきていると思われ、構造式の入力など少しずつ準備をしています。ただし、インターネット上での構造式検索は、パフォーマンスが乏しい傾向にあり、どのような形で運用するかは未定です。

 システムの構築に関しては、現在公開しているデータベースは全て、Microsoft Accessでデータベースが作成されており、Windows 2000 Serverに付属するIIS (Internet Information Services)とODBC (Open Database Connectivity)により、インターネット上に公開されています。簡単かつ効率的にデータベースを作成し、システムを保持していくためには、これまでは最適な選択であったと考えています。しかしながら現在、サーバーとしてWindowsを利用する際のセキュリティ問題やデータベース規模の拡大に伴うサーバーへの負荷の増加等の問題を抱えており、システムの再構築や維持・管理体制の移行時期に差し掛かっているように思われ、将来を見据えて対応したいと考えています。

 最後に、本データベースは日本語でインターネット上に公開されていますが、海外からのアクセスも多く、英語での情報公開の必要性があります。現在、Under Constructionとして英語での情報公開を始めており、引き続き開発を進めることとしています(図3)。また、Webkis-plusは専門的な数値データが中心であり、専門家には多く利用されていますが、一般市民向けとなっていません。一般市民向けの入り口を提供し、入門的な解説から科学的なリスク評価データまでを参照することができる総合的なシステムを構築していく必要があると考えています。

「図3:英語による情報公開(Under Construction)」を示す画像

出展

  • 1) Nordic Council of Ministries, 'Environmental Hazard Classification - classification of selected substances as dangerous for environment (I)', TemaNord 1994: 643, Copenhagen 1994
  • 2) HanschC. and Leo A., 'Exploring QSAR', ACS, Washington, DC, 1995
  • 3) Leo A., Hansch C., Elkins D., Partition coefficients and their uses, Chem. Rev., 71, 525-615 (1971)
  • 4) IRIS (Integrated Risk Information System) http://www.epa.gov/iris/index.html
  • 5) Kaiser, K.L.E., Palabrica, V.S., Photobacterium phosphoreum Toxicity Data Index, Water Poll. Res. J. Canada 26, 361-431 (1991)
  • 6) ECOTOX Database, U.S. Environmental Protection Agency (U.S.EPA) : http://www.epa.gov/ecotox/

リスクセンター四季報 Vol.2 No.4 2005-03発行

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