国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.2 (4)
海外出張報告 データ解析プロセス(DIP)に関するOECDワークショップ

化学環境研究領域主任研究員(当時) 鑪迫 典久

会議の目的と背景

 本年7月1,2日の2日間にわたり,ベルリンのBfR(Federal Institute for Risk Assessment)において,データ解釈プロセス(Data Interpretation Procedures: DIP)に関するOECDの国際会議が開かれた。参加者は総勢27名で,ドイツをはじめとして,オランダ,イギリス,アメリカ合衆国など10カ国から参加していた。日本からは国立医薬品食品衛生研究所の大野泰雄先生と私が参加した。

 OECDでは,1996年に行なわれた「有害性評価のために用いられる試験法のバリデーションと規制当局での受容」に関するSolnaワークショップの開催をはじめとして,全ての試験法が適切かつ信頼できるものであるための原則とガイダンスドキュメントの作成に関する作業が継続して行なわれている。現在,これらの検討結果は,OECDドラフトガイダンスドキュメントNo.34“Draft Guidance Document on the Validation and International Acceptance of New or Updated Test Methods for Hazard Assessment”(2003年10月)としてまとめられている。2002年3月にSolnaワークショップのフォローアップとして開催されたストックホルム会議“Conference on Validation and Regulatory Acceptance on New and Updated Methods in Hazard Assessment”において,タイトルの変更などドラフトの改訂が行われたが,さらにフォローが必要な課題の一つに,従来用いられていた予測モデル(Prediction Models: PM)1)という用語のDIP(Data Interpretation Procedures2)への変更があった。今回の会議の目的は,ストックホルム会議でのDIPのin vitro試験における合意と同様の合意がin vivo試験および生態毒性(ecotoxicity)試験においても得られるかどうか議論することにあった。

 初日の午前中にはこの会議の目的とDIPに関するこれまでの経緯の説明があり,午後からは,“Human Health Tests”と“Ecotoxicity Tests”の2つの分科会に分かれて,専門家による話し合いが行われた。私は生態毒性(ecotoxicity)の分科会に参加し,共同議長(co-Chair)を勤めた。2日目は2つの分科会で話し合われた結果についての全体討論が終日行われた。

分科会における議論

 初日の午後に私の出席した生態毒性の分科会では,グループの総意として,in vitro試験に用いられるバリデーション原則の多くは生態毒性の分野にはそぐわないことで一致した。また,生態毒性試験に用いる生物から未試験の生物への外挿とには直接的な関連があり,生態毒性試験ではPMは適用されたことがないため,PMの生態毒性試験への適用は同意されなかった。in vivoの生態毒性試験が(in vitro試験などの)代替試験で置き換えようとするときに限り,PMは適用できるが,原則としてPMは生態毒性試験に用いられることは無いとされた。次に,この分科会の意見として,化学物質のバリデーションに用いる化学物質のデータは,量ではなく質を重視するべきであるとした。このことは最先端のin vivo試験ではさほど重要ではなく,またライフサイクル試験やメソコズムなどの高いレベルでの生物試験では現実的ではないと考えられた。さらに,信頼性,再現性,毒性反応の程度が試験の許容範囲で行われているかどうかの方が,PMのバリデーションに用いるデータのセットが毒性に関してバランスがとれているかどうかよりも重要であると考えた。

 一方,人健康影響の分科会では,先のストックホルム会議におけるPMとDIPの定義について引き続き議論が行われ,PMの定義は良いがDIPの定義は問題が残されているとした。DIPは,アッセイ法の開発時に必要となるエンドポイントの変更を,科学的に解釈するための手順として用いられるべきであるという提案がなされた。またこの分科会では,特殊な目的を持つ新たなアッセイ法(例えば潜在的ハザードの同定)のためのDIPが,特殊な目的を持たない新たなアッセイ法(例えばカテゴリー化)とは違った取り扱いをされるべきなのかについて議論し,その結果2つのアッセイ法のバリデーション手法はまったく異なるため,その手法には柔軟性を持たせなければならないことで合意した。さらにDIPとPMの手法は目的に応じてデザインされるべきで,そのためには精巧さのレベルやルールのありかたを多様化したほうが良い,という点で合意した。DIPまたはPMは,全体的に分かりやすくあるべきで,生体システムへの適応は,関連が絶対的に明らかである場合に限るべきであるとした。

全体会議による議論の集約

 2日目は全体会議として,前日のグループごとの話し合いの結果報告と語句の定義についての確認が行われた。PMとは,重要な有害結果予測をするために,試験方法を使用して得られた結果を変換するのに用いられる定法,プロセスあるいはアルゴリズムである,とされた。今回の会議ではPMという用語をDIPに置き換えるという点については合意に至らず,そのかわりDIPはDAP+PMとして位置づけられた。DAP(Data Analysis Procedure)とは,データを,結果,反応の意味づけあるいは所見に変換するための手順をさす。つまりDIPとは,DAPと,理想的にはPMを取り込んだもので,透明性があり明確である必要がある。その他Reference StandardValidationなどの用語の定義の確認も行われた。

 人健康影響および生態毒性の(特にin vivo試験での)試験方法について,全ての試験法においてバリデーションは重要であるという原則合意に至ったが,資源や時間が必要であるとの指摘がなされ,バリデーション手法についての合意は得られなかった。

 最終的なまとめとして,データ解釈プロセス(DIP)がすべてのタイプの試験方法のバリデーションの不可欠な要素であるという一般的な合意の確認があった。しかしDIPの要素の一つとされるPMの必要性については合意に達しなかった。また特にin vivo試験が検証されるときにPMは必要であるという共通認識も得られなかった。

おわりに

 以上,今回行われた会議の要旨であるが,全体的に概念的な議論が続き,しかも2日目にやっと語句の定義(の修正)が行われたため,特に初日は継続してこの種の会議に参加している人でないと理解するのがかなり難しい議論が行われていた。今回はDIPまたはPMの具体的な手法についての検討がなされなかったが,DIPに関する議論は,今後のOECDにおける新たな試験法や試験法の改定に際して重要な位置を占めると考えられる。この分野について関係国の専門家の間で共通の理解を得ておくことが不可欠ではないかと思われる。

  • 1) PMは,狭義にはin vivo試験の代替であるin vitro試験をバリデーションするために開発された数理,統計モデルなどを指し,広義には,試験結果を意思決定に必要とする毒性影響に変換する手法を言う。
  • 2) ストックホルム会議におけるDIPは「試験結果と毒性学的影響の関連を定義するもの。言い換えると,意思決定に必要な生物に対する有害性を試験結果から予測するための手順を定義するものである。DIPの信頼性はバリデーションの対象に含まれると考えるべきである。」とされる。

リスクセンター四季報 Vol.2 No.2 2004-09発行


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