国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.2 (3)
Topics 化学物質の環境リスク初期評価について

研究調整官(当時) 山崎 邦彦

化学物質の環境リスク初期評価について

 世界で約10万種,我が国で約5万種流通していると言われる化学物質の中には,人の健康や生態系に対する有害性を持つものが多数存在しており,これらは環境汚染を通じて好ましくない影響を与えるおそれがあります。こうした影響の発生を防ぐためには,このような化学物質が,大気,水質,土壌などの環境媒体を経由して人の健康や環境中の生物に対してもたらす環境リスクについて定量的な評価を行い,対応について検討する必要があります。

 環境省では,平成9年度より化学物質の環境リスク初期評価に着手し,その結果をパイロット事業(平成14年1月)及び第2次とりまとめ(平成15年1月)として公表するとともに,「化学物質の環境リスク評価」(第1巻,第2巻)(通称グレー本)としてまとめてきました。平成15年度からは国立環境研究所化学物質環境リスク研究センターが中心となってその評価を進めることになり,国内の専門家の知見を結集して検討を行ってきました。

 その結果は,本年7月に開催された中央環境審議会化学物質評価専門委員会の審議を経て第3次とりまとめとして公表され,9月に「化学物質の環境リスク評価 第3巻」としてまとまりました。ここでは,このように行われてきた化学物質の環境リスク初期評価を紹介します。

環境リスク初期評価の概要

 化学物質の環境リスク評価は,評価対象とする化学物質について,[1]人の健康や生態系に対する有害性を特定し,用量(濃度)-反応(影響)関係を整理する「有害性評価」と,[2]人及び生態系に対する化学物質の環境経由の暴露量を見積もる「暴露評価」を行い,[3]両者の結果を比較することによってリスクの程度を判定するものです。

 この「環境リスク初期評価」は,多くの化学物質の中から相対的に環境リスクが高そうな物質をスクリーニングするために実施しているもので,健康リスクと生態リスクの両面にわたる評価を行っています。ある程度のスピードを確保しつつ効率よく評価を進めるため,国際的に広く用いられている評価文書やデータベースを最大限に活用しています。

 環境リスク初期評価の対象としては,化学物質排出移動登録(PRTR)の対象物質,化学物質審査規制法の指定化学物質(現在は第二種監視化学物質),内分泌攪乱作用の疑われる物質などから,未だ環境リスクの評価や管理がなされていない物質が選ばれてきました。

評価の方法

 化学物質の環境リスク初期評価の手順は既にガイドラインとして定められており,これに基づいて評価を行いました。

 化学物質の環境リスク管理に関する施策の検討に対するスクリーニング評価としての役割を果たすため,この初期評価では基本的には広く採用されている標準的な評価手法を採用しています。高い環境リスクがある物質を誤って見過ごし,環境施策の検討の機会を失ってしまう危険性を,可能な限り小さくする必要があります。そこで,暴露評価では検出最大濃度を利用し,有害性評価ではより感受性の高い知見を利用するなど,安全側でリスク評価を行っています。

 リスクセンターでは国内の著名な専門家の協力を得てさらに検討を進め,次のとおり評価手法を充実させました。

  • 評価対象物質の基本的情報である物理化学的性状等を体系的に収集整理し,モデル予測やリスク評価に活用しました。
  • 化管法に基づき公表されたPRTRデータを利用して化学物質の分配予測を進め,暴露評価に活用しました。
  • 発がん性評価の実施に伴う課題の検討を行った上で,発がん性と非発がん影響にわたる包括的な健康リスクの初期評価を試みました。
  • 生態影響試験法に関するOECDの新しい考え方を盛り込み,生態リスクの初期評価の改善を行いました。
  • 情報の不足などにより環境リスクの判定ができなかった物質については,どのように情報収集を進めるべきか検討しました。

 この評価により「詳細な評価を行う候補物質」が抽出されますが,このような安全側の評価により導かれた結論は,「今回の結果を受けて直ちに環境リスクを低くする必要がある」ことを意味するものではありません。

環境リスク初期評価の結果

 今回の第3次とりまとめでは,次の物質の評価が行われました。

  • 健康リスク及び生態リスクにわたる環境リスク初期評価(21物質)
  • 環境リスク初期評価以外に実施した生態リスク初期評価(32物質)
  • 第2次とりまとめにおいて定性的な発がん評価を実施した物質を対象とする定量的な発がんリスクの評価(4物質)

 評価の結果,健康リスクについてはアクロレイン,1,2-ジクロロエタン,ピリジンの計3物質が,生態リスクについてはアクロレイン,ピリジンのほかエチレンジアミン四酢酸,ニトリロ三酢酸,ビスフェノールAの計5物質が詳細な評価を行う候補とされました。また,優先的に情報収集に努めるべき物質の抽出が行われました。

 詳細な評価の候補とされた物質については,それぞれの評価結果を受けさらなる情報の把握とこれを受けたより詳細なリスク評価の実施が検討され,環境基準の追加設定をはじめとする施策の検討に反映されていくことになります。

評価結果の幅広い活用に向けて

 環境リスク初期評価の結果は,その際に収集された科学的な知見を含め,化学物質審査規制法の改正,水生生物保全のための水質環境基準の検討対象物質の抽出,国が環境調査を実施すべき化学物質の選定などに幅広く利用されてきました。今後さらに,改正された化審法の下での生態影響評価に基づく化学物質の管理,PRTR制度の対象として加えるべき物質の検討,化学品の分類および表示に関する世界調和システム(GHS)のわが国への導入,化学物質の情報をまとめたファクトシートの作成など,環境施策の検討の際だけでなくさまざまなリスクコミュニケーションの場面での活用が期待されています。

 リスクセンターでは,レギュラトリーサイエンス応用研究の一環として,化学物質の環境リスク評価の充実に努めていきたいと思います。

(注)化学物質の環境リスク初期評価については,次のサイトをご参照下さい。    http://www.env.go.jp/chemi/risk/index.html

「環境リスク初期評価の概要」を示すフロー図

リスクセンター四季報 Vol.2 No.2 2004-09発行


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