国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康領域 Health and Environmental Risk Division
 

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リスクセンター四季報(2003-2006)より

Vol.2 No.1 (3)
研究室紹介 生態リスク評価研究室


研究概要

 化学物質による目に見えない生息環境の破壊はDDTやPCBなどの残留性物質による地球規模の汚染から,都市河川水中の界面活性剤のような地域的なものまで様々な時空間的スケールで起こっています。化学物質による生息環境の破壊による生態リスクを防ぐためには,化学物質による生態系影響について正しく認識する必要があります。内分泌攪乱化学作用のように今まで考慮してこなかった影響を考える必要もでてきています。化学物質の種類は増え続けており,多様で複雑な生態系への影響を効率的に評価できる手法が必要です。化学物質の生物への影響を定量的に把握することが生態リスク評価の第一歩であり,生態毒性試験の標準化とともに文献データの精査を進めています。さらに,個体レベルからはじまる化学物質の影響が生物個体群の挙動にどのように反映され,さらに生物個体群の挙動が最終的にどのように群集構造にまで影響が及ぶのかを地域特性や時間特性に応じて解析する手法の開発を進めています。

研究スタッフ

■室長(併任)(当時)
 白石寛明(専門:環境化学・有機化学・分析化学)
■主任研究員(当時)
 菅谷芳雄(専門:環境生物学・生態毒性学)
 立田晴記(専門:集団生物学・生態学・生物統計学)
■研究員(当時)
 柏田祥策(専門:生態毒性学・魚類分子毒性学)
■NIESフェロー(当時)
 松崎加奈恵(専門:水域生物学,生態学)
■NIESアシスタントフェロー(当時)
 藤原 好(専門:生態学,陸水学)

「生態リスク評価研究室:メンバーの似顔絵」を示す画像

 ■生態毒性試験法の開発に関する研究

 メダカ,ミジンコ,ユスリカ,藻類などの標準生物あるいは野外生物種の飼育個体を対象として,それらの生物の様々な発育ステージでの生態毒性試験法を開発すると共に,国際的に調和した試験法となるように標準化を行っています。

 ■生態系システムを考慮した化学物質による生態影響予測評価手法の開発

 各種生物への個体群レベルでの影響評価手法の開発を行うと共に,野外環境に生息する各生物種が構成する複雑な生態系ネットワークを定式化し,地域性に対応した化学物質による生態影響を予測するモデルの開発を行っています。

 ■化学物質の生態毒性データの解析と生態リスク評価の体系化

 国際的協調のもと,既存論文等の毒性値の信頼性に関する評価項目や評価基準を作成し,生態リスク評価への適応性の観点から水圏生物への毒性試験データを収集し,評価,解析する。化学物質の生態影響に対するリスク管理に関するさまざまな施策に対応する生態リスク評価を体系化するスキームについて検討しています。


各研究テーマの紹介

 1)生態毒性試験法の開発に関する研究

化学物質の新しい生態毒性試験法の開発

(担当:菅谷,柏田)

 化学物質を審査・規制するための法律である化学物質審査規制法(化審法)が昨年改正され,我が国でも化学物質の審査に新たに生態影響評価が加わることになりました。この法改正により,新規化学物質の審査にあたり,事業者は指定された試験法に基づき藻類,甲殻類および魚類の急性毒性試験を行い,毒性データを示す必要があります(図1)。また,国が行う既存化学物質の安全性点検でも,同様に生物に対する影響が評価されることになりました。

 生態系を構成する生物種は膨大です。生態影響評価のための新たな試験法の開発を行うほか,OECDテストガイドラインにより定められた試験法を国内で実用化するための研究を行っています。例えば、河川・湖の底質中に残留する可能性が高い化学物質の生物への影響を評価するために,底質に生息するユスリカを用い,底質に添加した化学物質の影響を孵化直後の幼虫から羽化までを試験期間として観察する底質毒性試験法については,OECDのドラフトテストガイドラインをもとに試験法の実用化のための研究を行った結果,改正された化審法の試験法として新たに採用されました。この試験は,水に溶けにくい物質の生態影響を調べる上では欠かすことのできないものです。また,今年度からはウキクサ**を用いた試験法の検討に着手しています。

  • * ふつう川や湖の泥や砂の中に棲んでいる“蚊”に似た昆虫です。卵から蛹までを水中で過ごします。
  • **水田などでよく見かける高等植物の1種で水面に浮いているのでこの名がついています。
「図1:化審法で試験生物種として推奨されている藻類、魚類(メダカ)およびミジンコ類と底質毒性試験法で用いるユスリカ」を示す画像
生体影響試験の国際的な標準化に関する研究

(担当 菅谷)

 化学品の商取引が国際化してくると,各国間での化学物質の人の健康及び環境への影響に関する政策の違いが自由な貿易の障壁となりえます。各国で個別に要求していた化学物質の安全性に関する各種試験を標準化し,試験結果が相互に承認できれば,試験の重複を省けると同時に障壁も低減します。そのためOECDでは,テストガイドラインに調和した試験法で,しかも優良試験所基準(GLP)に従って行われた試験結果を加盟各国が相互に認証することを理事会決定しており,試験法の検討やGLPの運用に関するプログラムを実施しています。

 試験法の内容を検討する場面では専門的な知見が不可欠であるため,環境省からの依頼を受けて化学物質の生態影響試験に関するガイドラインの検討を行うほか,OECDの専門家会合の議論にテストガイドラインの作成段階から参加しています。また化学物質審査規制法の改正を受けて環境省が実施する生態毒性試験実施機関に対するGLP適合評価には,専門家の派遣等の形で貢献しています。

  • 注1)OECD Principles on Good Laboratory Practice で1997年に改訂された.
  • 注2)OECD規準GLPに沿って決めるGLP規準。日本では,「新規化学物質に係る試験および指定化学物質に係る有害性の調査の項目等を定める命令第4条に規定する試験施設に関する規準」が相当する。

 2)生態系システムを考慮した化学物質による生態影響予測評価手法の開発

実測データ活用による生態系影響評価手法の開発

(担当:立田,柏田,松崎,金)

 OECDテストガイドラインに代表される標準試験法などの限られた毒性試験結果から,複雑な生態系システムに対する影響を予測することが必要です。これまでの生態リスク研究から,生物個体群の絶滅確率が個体群の時間あたりの増殖率(“内的自然増加率”とも呼ばれます)に依存することが判っており,この増殖率を化学物質が個体群に与える影響の評価点(endpoint)に設定するのが妥当であると考えられます。一般に化学物質の曝露により一時的に増殖率が減少し,それに伴って個体群サイズは縮小すると予測されますが,更に一定時間経過したときに個体群サイズが縮小し,絶滅へと向かうのか,それとも回復するのか推測することが生態リスクを評価する上で重要な課題となります(図4)。個体群増殖に関するパラメータは生命表を作成・解析することで求めることが可能ですが,一方で外挿法によりこれまで蓄積されている様々な試験生物の毒性データ(LC50,EC50など)を有効活用することも必要です。また毒性データは急性毒性に関するものが多く,慢性毒性データが不足しがちであること,更に生物の全発育ステージについての毒性データの蓄積が少ない等,化学物質の生態系システムへの影響を評価する上で充分なデータが揃っているわけではありません。そこでまず,各発育ステージの毒性データが蓄積されている数種の試験生物を対象に,個体群サイズの増減に大きな影響を与える発育ステージがどれであるのかを数理モデルを利用して突き止める事が可能です(“生活史感度分析(life history sensitivity analysis)”と呼ばれる手法を用います)。ここで得られる結果は,生物の保全手法を講じるのに役立つばかりではなく,生物試験法の効率化を図る上でも必要であると考えられます。また,室内での毒性試験結果と実水域の生態系との関連性を,特に,河川の重金属汚染に着目して,生物種調査や水質分析から検討しています。さらに,これらの結果をGIS上に整理すると共に,河川の物理的特性,水質の化学分析や生物相の調査データから生態系への影響の統計学的解析を試みています。

「図2:化学物質曝露に伴う個体群サイズの経時的挙動」を示す画像
化学物質の個体群影響評価のための試験法と数理モデルの開発

(担当:柏田,立田,藤原)

 これまでの化学物質の生態影響試験は生物個体への毒性影響評価が主体であり,これらの試験結果を単純に実際の自然環境に棲息している生物個体群への影響にあてはめることはできません。化学物質への感受性は発育段階で異なることが知られていますが,内的自然増加率などの個体群に与える影響について実測データや室内試験系はほとんどありません。ここでは生物の発育段階毎の化学物質感受性を評価できる試験系を確立すると共に,それぞれの発育段階における毒性影響と個体群サイズや内的自然増加率への影響を数値化し,生物個体への毒性影響と個体群への影響とを定量的に関連づけ,数理モデルを構築します。また解析結果の生態学的妥当性を検証します。第一段階として化学物質の生物個体群への影響を実験的に評価し,毒性試験から個体群への影響を評価するために必要な毒性影響について,ミジンコおよびメダカを用いて検討しています。

 3)化学物質の生態毒性データの解析と生態リスク評価の体系化

生態リスク評価のための毒性データの評価と解析

(担当:松崎,藤原)

 化学物質の生態リスク評価では,様々な生物に対する毒性影響を知る必要があります。無数にある化学物質の様々な毒性影響を数多くの生物種で試験をすることは不可能です。これまで多くの毒性試験結果が文献などで公表されてきました。過去のこのような実験データを詳細に見直し、これらのデータを有効に活用できるようにすることはリスク評価を実施する上で重要です。過去に発表された論文中の実験データの有効性を判断するには,化学物質に対する知見や生態影響試験に関する経験など高い専門性が必要です。また,溶存していない物質の毒性値への寄与の考え方の変更やエンドポイントの計算法の変更などにより過去の毒性値を見直す必要もあります。本研究では,専門家の意見を集約して作成した論文中の毒性値の信頼性に関する評価項目や評価基準に基づき,毒性データの評価と解析を行っています。

生態リスク評価の体系化および国際協調に関する研究

(担当 白石,菅谷,山崎,松崎)

 化審法の審査・規制の場面への生態影響評価の導入,これを受けた生態影響評価に基づく第二種特定化学物質の指定,環境基本法に基づく水生生物保全の観点からの水質環境基準の設定,多数存在する化学物質を対象とした生態リスク初期評価や既存化学物質点検の実施などのように,化学物質の生態影響に基づくリスク管理についてはさまざまな政策ニーズがあり,これらが急ピッチで展開しつつあります。当センターでは,これらの政策の検討に対して科学的な知見を提供していくとともに,各政策ニーズに基づき実施すべき生態リスク評価の体系化を行うための検討を進めています。また,OECDは工業的に生産される化学物質のうち高生産量(High Production Volume)化学物質について,人の健康及び環境に対する影響を評価する取組み(通称「HPVプログラム」)を国際協力の下で行っています。OECD加盟国はその出資額に相応した数を分担する形でこのプログラムを進めてきており,日本からも分担した物質の初期評価報告書を専門家会合(SIAM3))に提出するとともに,この会合における加盟国間の議論及び合意文書の作成に参加しています。当センターではこの初期評価報告書の作成を分担するとともに,政府専門家としてこの会合に参加してきました。HPVプログラムの中で日本企業が分担して作成した評価文書については,日本政府による事前評価4)を経てSIAM会合に提出する必要がありますが,この事前評価にも専門家として参加するなど,国際協調を考慮しつつ,生態リスク評価の体系化について研究しています。

  • 3)SIDS(Screening Information Data SetInitial Assessment Meetingの略称で,近年は年に2回程度開催され,これまで17回行われた。結果はOECDのホームページなどで公開されている外,UNEP(国連環境計画)からは印刷物が発行されている。
  • 4)Peer Review: 政府に代わって企業が提案文書を作成した場合には,提案国政府による事前評価を経て政府経由でOECDに提出する必要がある。

リスクセンター四季報 Vol.2 No.1 2004-07発行


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