ダイオキシン毒性の特性と骨
ダイオキシンは様々な組織で毒性を表わします。その内容を詳しく見ますと肝臓、腎臓ではその組織特有の毒性が見られ、動物の種類によっても、あるいは同じ動物でも系統が異なると毒性は全く違いますし、曝露する発育時期が少しでもずれると毒性の表れ方に際立った違いが認められます。これを組織特異的毒性・種差・系統差・発育期特異的毒性といいます。特に、胎児期や出生直後の発育時期にダイオキシン毒性が強く現れるのが特徴です。私たちはこの性質に関心を持って研究を進めてきました。今回、ダイオキシンの骨毒性に関して調べた私たちの研究結果を述べたいと思います。
他の臓器には影響しないダイオキシン濃度にもかかわらず毒性が表れることから骨は代表的なダイオキシンの標的器官の一つであることが動物実験や細胞を用いた培養実験から分かってきました。しかもその毒性は胎児期や生まれた直後の曝露により顕著に現れます。つまり発育旺盛な時期がダイオキシンに対する感受性が高いことを意味しています。私たちはダイオキシンの骨毒性の本態を明らかにする目的で、マウスの骨の成長が盛んな、生まれて間もない頃の感受性の高い時期の骨への影響を調べることにしました。
骨は硬い組織で骨格維持、内蔵の保護、運動、ミネラルの維持等に関係しているだけの静かな組織で重要性には疑問符が付いて見られてきました。ところが、骨の中では、破骨細胞が絶えず古くなった骨を吸収し、また骨芽細胞が新たな骨を形成しています。このことを骨のリモデリング(■注1)といいます。実際には人間では5年間で全身の骨が入れ替わるぐらい骨は活発にリニューアルしている組織です。骨組織は機能的にも非常に重要な働きをしていることが次第に明らかにされてきています。
研究の背景と方法
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さて、私たちはダイオキシンが腎臓の遠位尿細管(図1)を特異的に傷害することを見てきました。腎臓の遠位尿細管は尿とともに排出されたカルシウム(Ca)を再吸収して体内に戻すための部位です。遠位尿細管が傷害されると再吸収の機能が低下し、Caの体外への排出が増加してしまいます。同時にビタミンDの生理作用の中心的役割を果たしているビタミンD活性化酵素が局在している部位でもあります。従って、骨の成長にとって重要な両因子が存在する場所をダイオキシンが傷害するということは、ダイオキシンは骨毒性と関連するのではないかと考えて、詳細にこのことを調べることにしました。
出産直後のメスマウスにダイオキシンを飲ませてそのマウスの母乳で育てた仔マウスをダイオキシン曝露群としました。生まれて7,14,21日目の仔マウスから各種試料を採取して、血液・尿化学的検査、組織の生化学的、病理組織学的、免疫組織学的、骨の形態計測学的解析を行いました。
ダイオキシンによるビタミンD代謝異常
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授乳期にダイオキシンに曝露したマウスは尿量が増加し、Ca、Pが大量に尿中に排泄されることが分かりました。このことからダイオキシンは腎臓がミネラルを吸収する働きを異常にすると考えられました。尿へのCaの排泄量が増加したことから血液中のCa濃度は低下していると考え、血液中の濃度を測定したところ、血液中のCa濃度に変化はありませんでした。Caは体内では厳密に濃度が一定に保たれており、不足すると体内への吸収を活発にして一定濃度を維持しようとします。本研究ではCaの吸収に関与する遺伝子へのダイオキシンの影響を腎臓とCaを吸収する器官である小腸で調べました。その結果、腎臓ではCaの吸収が阻害され、小腸ではその作用が促進されていました。つまり、ダイオキシンの作用により腎臓でのCa再吸収の働きが阻害され尿への排泄が高まる代わりに、小腸ではCa吸収を活発にするという代償的な作用が起こり、血液中の Ca濃度が維持されていることが分かりました。次に血液中のCaレベルを調節している活性型ビタミンD合成酵素の発現に及ぼすダイオキシンの影響を調べました。ビタミンDにはいくつかの類縁体がありますが、腎臓で最終的に合成される活性型ビタミンDが最も生理的に重要な働きをします。ダイオキシンは遠位尿細管障害を起こすことからそこで機能している活性型ビタミンD合成酵素の働きは当然阻害されていると予想されました。ところがこれに反して、ダイオキシンはこの酵素の発現を著明に誘導することが遺伝子レベル及び免疫組織学的解析により明らかとなりました(図2)。血中の活性型ビタミンD濃度を測定しますと、遺伝子レベルで活性が促進されたことを裏付けるように血液中の活性型ビタミンD濃度は対照群の約2倍に上昇していました(図3)。さらに骨へのダイオキシンの直接的影響を解析しました。ダイオキシンに曝露したマウスの頸骨において皮質骨の厚さ、骨塩量、骨密度を二重エネルギーX線吸収測定法にて測定したところ、これらのパラメーター全てが対照群と比べ有意に低下したことから、ダイオキシンが骨の発育に影響をおよぼすことを確認しました。
ダイオキシンによる骨芽細胞の機能障害
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次に骨組織形態計測により骨の代謝機能を解析しました。ダイオキシンは破骨細胞数などの骨吸収に関するパラメーターに影響しなかったのに対し、類骨(■注2)面という石灰化が不充分な組織の著しい増加が観察されました。このことはダイオキシンの骨への毒性が破骨細胞の活性化によって起きるのではなく、骨芽細胞の機能の阻害の結果として生じることが示唆されました。これをさらに実験的に確かめることにしました。そこで骨芽細胞が産生するオステオカルシン、アルカリフォスファターゼ、
型コラーゲンという骨形成の土台となるタンパク質に着眼しました。骨芽細胞の働きが阻害されるならばそれらのタンパク質の合成も抑制されているはずだからです。骨芽細胞は盛んにこれらのタンパク質を分泌し、このタンパク質にリン酸カルシウム、ヒドロキシアパタイトの血漿が沈着することで硬い骨組織が出来ます。脛骨で調べたところ、予想通り、これら3種のタンパク質の遺伝子発現はダイオキシンにより著しく抑制されることが明らかとなりました。また血中のオステオカルシン濃度を測定したところその濃度も低下していました。ダイオキシンの骨形成活性阻害作用が生化学的にも実証されました。
ダイオキシンによる骨石灰化障害を顕微鏡下で可視的に観察しました。頸骨をVillanueva’s Goldner染色しますと、石灰骨は緑色に染まり、類骨(非石灰化骨)は朱色に染め分けることが出来ます。ダイオキシン曝露したマウスの頸骨では、海綿骨や皮質骨において朱色に染まった類骨の著しい増加が組織学的に確認されました(図4)。ダイオキシンが骨芽細胞機能の抑制を介して骨の石灰化を著しく阻害することが骨への毒性の本態であることが明らかになりました。
まとめ
ビタミンDは、骨形成に必要なビタミンと云われますが、意外なことに活性型ビタミンの血中濃度が異常に増加すると、骨芽細胞の活性を阻害することが知られています。
私たちの研究により、ダイオキシンはビタミンD合成酵素遺伝子の発現を誘導して、恒常的に活性型ビタミンDの血中濃度を増加することが分かりました。この活性型ビタミンDの上昇は骨の石灰化の抑制と骨形成の障害をもたらし、ダイオキシンによる骨毒性が発症すると考えられます。
■注1 骨リモデリング: 骨組織は生涯にわたり代謝し続ける組織で、破骨細胞による骨吸収、骨芽細胞によって骨形成が行われ古い組織を新しい組織に置き換えています。これを骨リモデリングすなわち骨再構築と呼んでいます。骨吸収と骨形成のバランスが崩れると骨粗鬆症や骨軟化症など骨の病気が起こって来ます。
■注2 類骨: 骨芽細胞が作る骨を構成する組織で、石灰化した部分と骨芽細胞の間に存在する未石灰化部分です。無機質の不足あるいは骨芽細胞の機能不全があると、類骨の骨化は不完全となり蓄積します。この状態を骨軟化症と呼びます。骨軟化症が子供や幼若動物に存在する場合はくる病と呼びます。
































