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東京湾の魚介類の繁殖を阻害するものは何か?(上)


堀口 敏宏

開発に晒されてきた東京湾

 江戸時代以降、江戸湾(現在の東京湾)周辺部では人口が増加しましたが、明治41年(1908年)に作成された「東京湾漁場図」(*1)を見れば、明治の頃まで東京湾の内湾部(神奈川県・観音崎と千葉県・富津岬を結ぶ線以北)には広大な干潟(主として千葉県側)と藻場(主として船橋〜京浜付近)が存在していたことがわかります。また、アサリやバカガイなどの二枚貝類のほか、エビ類、イカ類、タイ類、キス、サワラやダツ、ムツなどさまざまな魚介類が分布・生息し、いくつもの好適な漁場を形成していたことが記されています。しかし、主に第二次世界大戦後、埋め立てが急激に進行し、特に昭和30年代〜50年代(1955年〜1975年)に大部分の干潟・藻場が埋め立てられ、喪失しました(*2)。人口のみならず、産業も湾岸域に集中し、高度経済成長に伴って水質汚濁が進行しました(*3)。この過程で魚介類相も大きく変化し、内湾部の漁獲量は、昭和40年(1965年)頃には約10万トンを記録していましたが、近年では約2万トンとなっています。


東京湾の水質の変化

 東京湾の水質悪化を防ぐための対策も取られてきました。「水質汚濁防止法」による化学的酸素要求量(COD)を指定項目とした濃度規制開始(1970年)、「水質汚濁防止法」改正によるCODを指定項目とした水質総量削減制度の導入(1978年)、第1次総量削減基本方針の策定(1979年)と適用(1980年)(■注1)、関係都県の富栄養化対策指導指針に基づく窒素及びりんの削減指導(1982年)、「水質汚濁防止法」に基づく窒素及びりんの排水濃度規制、全窒素(T- N)及び全りん(T-P)の環境基準の設定と類型指定当てはめの開始(1993年)などを経て、東京湾に流入する汚濁負荷量(COD、T-N、T-P)の削減が図られ、近年ではCODやT-Nには改善傾向が見られ、T-Pも顕著な汚濁域は減少したとされます(環境省「閉鎖性海域中長期ビジョン」、2010年3月)。しかし、赤潮の年間発生件数はおよそ半減程度とさほど改善しておらず(環境省「閉鎖性海域中長期ビジョン」、2010年3月)、また、貧酸素水塊(溶存酸素(DO)濃度が2 ml/L未満の海水の塊で、そこではほとんどの魚介類が窒息し、生きていけないと考えられる)の発生する期間や面積は徐々に長期化あるいは拡大しつつあるように見えます(*4)


図1 :東京湾20定点調査に
おける調査地点 [クリック拡大]
「東京湾20定点調査における調査地点」図
図2 :東京湾20定点調査における曳網1回当りの漁獲量(個体数・重量)の経年変化[クリック拡大]
「東京湾20定点調査における曳網1回当りの漁獲量(個体数・重量)の経年変化」図

東京湾の底棲魚介類の質と量の変化

 一方、最近のマスコミ報道によれば、“江戸前(東京湾)に魚介類が帰ってきた”というものが目立ちますが、本当でしょうか?清水 誠・東京大学名誉教授により1977年から1995年まで実施された東京湾20定点調査(春、夏、秋、冬の年4回、東京湾内湾部の20箇所の定点でそれぞれ10分間の試験底曳きを行い、魚類、甲殻類、軟体動物及び棘皮動物を採集する:図1)の結果と、全く同じ定点及び方法で国立環境研究所が2002年12月から実施している東京湾20定点調査の結果から、最近約30年間の東京湾における底棲魚介類の一曳網当りの漁獲量(個体数及び重量)の経年変化(図2(*5)を見ると、マスコミ報道は一時的あるいは表面的な現象を捉えているにすぎず、本質的に正しくないことがわかります。そして、この30年間の東京湾における底棲魚介類の動向に関して“3つ”の特徴を読み取ることができます。その“3つ”の特徴とは、(1)1970年代後半以降、1980年代半ばにかけて増加してきた魚介類が1980年代末から1990年代初めにかけて急激に減少した、(2)その後、現在に至るまで低水準のまま推移し、増加の兆しが見られない、(3)サメ・エイ類やスズキといった大型魚類が2000年代以降に増加した、ことです。私たちの当面の最大の関心事は、この“3つ”の特徴が何ゆえに、またどのようにもたらされたのかを明らかにすることです。




 >東京湾の魚介類の繁殖を阻害するものは何か?(下) に続く



■注1  これ以降、第6次まで水質総量削減方針が図られ、2010年3月に中央環境審議会水環境部会が第7次水質総量削減の在り方について答申しました。


【参考資料】

■*1  水産総合研究センター「図書資料デジタルアーカイブ」 < 独立行政法人水産総合研究センターHP

■*2  東京湾環境情報センター「東京湾を取り巻く環境」
      < 東京湾環境情報センターHPhttp://www.tbeic.go.jp/kankyo/mizugiwa.asp

■*3  沼田 眞・風呂田利夫 編著「東京湾の生物誌」築地書館、416頁、1997年

■*4  千葉県水産総合研究センター「貧酸素水塊速報」 < 千葉県水産総合研究センターHP

■*5  Kodama, K., Oyama, M., Lee, J.H., Kume, G., Yamaguchi, A., Shibata, Y., Shiraishi, H., Morita, M., Shimizu, M., Horiguchi, T.: Drastic and synchronous changes in megabenthic community structure concurrent with environmental variations in a eutrophic coastal bay. Progress in Oceanography in press


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