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環境化学物質と健康
授乳期ダイオキシン曝露マウスで認められた水腎症と毒性発現メカニズム


西村 典子

図1:腎臓の組織
(人・マウス同じ構造)
「腎臓の組織」図

 人を含めた生物は紫外線・化学物質などの環境因子にさらされて生命活動を行っています。しかしながら毒性を持った環境因子に対していつも同じように反応するわけではありません。生理的状態により敏感な時期とそうでない時期があるのです。妊娠時、胎児期、発育初期、成長期には毒性の現れ方に大きな違いがあります。性別によっても毒性は異なって現れることが知られています。
 環境リスク研究センターで取り組んでいる中核研究プロジェクトPJ2では感受性要因に着目した影響評価に関する研究を行っています。ダイオキシン類の場合にも、その毒性は生育ステージにより全く異なることが認められています。その典型的な例が水腎症で、その発症には曝露(■注1)した時期により特異性があることが私たちの研究で示されました。水腎症とは、腎臓で作られた尿の通り道である尿管が結石、がん、先天的原因などにより変化し、尿の流れに障害をおこし、腎盂腎杯図1)が拡張する病気です。


ダイオキシン曝露により腎臓形成期に起こる水腎症:

 母乳を介してダイオキシン(TCDD)に曝露された仔マウスに水腎症が起こるかどうかを最初に調べました。ダイオキシンを母マウスに投与すると母乳を介してダイオキシンが仔マウスに移り、仔の腎臓に水腎症(図2)が高い割合で発症することが分かりました。驚くことには生後1日目から母乳を介してTCDDに曝露した場合は生後3日目のマウスで既に水腎症を起こしていました。生後5日目からTCDDに曝露した殆どのマウスでは水腎症は起きませんでした(図3)。このことは仔マウスでは生まれて数日間がダイオキシンの毒性に対する感受性が極めて高いことを証明したことになります。


図2:7日齢マウス腎臓
A 正常マウスの腎臓,
B 授乳期ダイオキシン曝露マウスで見られた水腎症
「A 正常マウスの腎臓」写真「B 授乳期ダイオキシン曝露マウスで見られた水腎症」写真
図3:母マウスへの
投与日の違いによる
仔マウスの水腎症発症率
「母マウスへの投与日の違いによる仔マウスの水腎症発症率」図


ダイオキシンの毒性発現に必要な受容体:

 ダイオキシンは内分泌かく乱化学物質(■注2)として生体で様々なホルモン作用をかく乱することが知られています。ダイオキシンは免疫抑制、生殖毒性、甲状腺機能障害など様々な器官で毒性を発揮します。ダイオキシンのこのような毒性作用には細胞内の受容体AhR(■注3)が関与していることがわかっています。私達はマウスの水腎症の発生にもこのAhRが関係しているかどうかを確かめるために、AhR遺伝子欠損マウスを使って実験を行いました。その結果、AhR遺伝子欠損マウスでは授乳期ダイオキシン曝露による水腎症は全く起きないことが分かりました。すなわち授乳期ダイオキシン曝露による水腎症発症にもAhRが関与していることが分かりました。


何故水腎症が起こるのでしょうか:

 人の水腎症は尿管がふさがってしまうことで起こるとされています。ところがダイオキシンで起きるマウスの水腎症では、ある人たちは確かに尿管が詰まっていたと報告していますが、尿管の閉塞は無かったと報告したグループもあります。そこで私たちもダイオキシンで尿管の閉塞が起こるかどうかを確かめることにしました。その結果、閉塞した尿管を見つけることができませんでした。他の原因があるのではないかと疑い詳細な実験を開始しました。


図4:ネフロン注5構造.
遠位尿細管(矢印)
「ネフロン構造」図

水腎症を起こしたマウスの尿を調べると:

 腎臓は尿を作る大切な器官です。そこに病気が起こるのですから尿に変化が起こっている可能性があります。ダイオキシン曝露で水腎症を起こしたマウスと曝露しない正常の腎臓を持つマウスの尿を比べました。水腎症のマウスでは尿を多量に排泄し、尿中のナトリウム、カリウムなどの排泄量も高まり、尿中にプロスタグランジン(PGE2)という利尿作用を有する物質を大量に出していることが分かりました。腎臓は尿を作るとき、体に不要なものを尿管に排泄したり、逆に必要なものは体内に戻す作業を行います。尿を調べた結果は、ダイオキシンは腎臓尿細管でナトリウムやカリウムを吸収する部分(遠位尿細管:図4)に機能的異常を起こしていることを示し、さらにPGE2が何らかの形でこの過程に関与していると考えられました。


プロスタグランジン(PGE2)の異常:

 PGE2は生体内において様々な生理作用に携わっている大切な生理活性物質であり、必須脂肪酸を材料にして合成されます。水腎症を起こした腎臓ではPGE2が大量に合成されている事が組織化学的酵素抗体法(■注4)によりわかりました。PGE2の作用は腎臓尿細管で食塩の再吸収作用を抑制して、多尿や水腎症を起こすことがこれまでの研究で分かっていました。授乳期ダイオキシンに曝露したマウスの水腎症でも同じことが起こっていることが分かりました。現在、われわれは病態に関わる遺伝子について詳細に検討しています。



■注1  曝露 : 化学物質や物理的刺激(健康に有害な要因)などに生体がさらされることをいいます。

■注2  内分泌かく乱化学物質 : 動物の生体内に取り込まれた場合に、本来、その生体内で営まれている正常なホルモン作用に影響を与える外因性の物質を意味します。近年、内分泌学を始めとする医学、野生動物に関する科学、環境科学等の研究者・専門家によって、環境中に存在するいくつかの化学物質が、動物の体内のホルモン作用をかく乱することを通じて、生殖機能を阻害したり、悪性腫瘍を引き起こすなどの悪影響を及ぼしている可能性があるとの指摘がなされています。

■注3  AhR : アリルハイドロカーボンレセプター、細胞内でダイオキシン類と結合する受容体(レセプター)。ダイオキシン類の多くの作用は、このAhRを介して発現すると考えられています。

■注4  酵素抗体法 : 抗原に対して、直接または間接的に酵素を標識した抗体を反応させた後、酵素を結合させ、酵素組織化学反応により可視化させ光学顕微鏡で観察する方法のこと。

■注5  ネフロン : 腎小体(毛細血管が集まった糸球体とそれを包むボウマン嚢)と尿細管からなる腎臓の機能単位的な構造体です。ネフロンはヒトの腎臓に左右それぞれ約100 万個以上あります。(尿細管は集められて集合管となり、さらに集合管同士が合流して乳頭管となり腎杯に開口しています。)


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