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X 平成20年度新規特別研究の事前説明
2.湖沼における有機物の循環と微生物生態系との相互作用に関する研究

研究目的

[研究背景]

1980年代中頃以降、わが国の多くの湖沼において、湖水中で難分解性と考えられる溶存有機物(DOM)が徐々に増え続けている。霞ヶ浦ではDOMが急激に難分解性化している。さらに、国外の湖沼・河川でもDOMの漸増現象が報告されている。英国では、長期モニタリングにより、153の湖沼・河川で有意なDOM濃度の上昇トレンドが確認されている。局所的で短期的な人為的汚染や地政的変化、および広域的かつ長期的な温暖化等の影響が原因とされている。

湖水DOMは、生態系構造(アオコ発生等)、微生物生産、透明度、水道水源としての水質、有害化学物質の可動化等に深く関与する。従って、その濃度上昇や難分解性化は湖沼環境に大きな変化を及ぼす。一方、微生物はDOMの供給源であるとともに、DOMを難分解性化する役割も担っていると考えられる。しかし、現在、湖沼における有機物循環と微生物生態系の間の相互作用(微生物ループ等)はほとんど検討されていない。この相互作用を定量的に捉えて、DOMの濃度上昇・難分解性化のメカニズムを明らかにする必要がある。

さらに、このアプローチによって水質と生態系構造・生産量を結び付けることができる。従って、湖沼で望まれる目標が高い水産量(生物生産)であれ、良い景観(透明度やアオコ)であれ、良好な水道水(水質)であれ、その正負の影響を勘案して、目標達成のための(管理)対策等を立案することが可能となる。

霞ヶ浦や国外におけるDOMのトレンドデータをみると、人為的汚染、地政および気候変動によって、湖水中のDOM濃度が長期的なトレンド(数年〜数十年)を持って変動する可能性がとても高い。特に湖沼は気候変動に敏感と報告されている。将来に備えて、わが国のできる限り多くの湖沼においてDOM等に係る情報を整備しておく必要性はとても高い。

[研究目的]

本研究の具体的目的は、(1) 有機物の質(分解性・組成・サイズ等)や量と微生物生産量(バクテリア2次生産等)の相互作用を明らかにする、(2) 流域流出モデルを構築・検証して、さらに湖内モデルと組み合わせて、流域の特定発生源からの湖内の特定地点における寄与を算定する、(3)長期トレンドデータ(量的・質的)評価とモデル解析等により、霞ヶ浦でDOMが難分解性化する要因とメカニズムを明らかにする、(4) 現在の湖沼環境基準に置きかわる可能性の高い、分かりやすい指標である透明度、微生物生産量、アオコ発生、水道水源としての水質等を適切に管理する対策の方向性や在り方を検討する、(5) 各種対策事業(導水、浚渫等)の影響をモデル解析する、(6) 霞ヶ浦以外の湖沼(指定湖沼等)でのDOM等の特性評価を実施する。

[環境研究における位置づけ]

本研究は、有機物の循環を微生物生態系との相互作用の観点から評価して、水質と微生物生産を結び付けるものであり、湖沼環境保全に資する環境研究と位置づけられる。本研究で定量を目指す多くの環境パラメータは他に測定したとする報告例が極めて少なく、そのオリジナリティはとても高い。また、流域の特定発生源や水域毎の内部生産源からの寄与を湖の特定地点で算定する試みは、新規性・有用性が高い。本研究は、長期モニタリング、長時間を要する実験、研究分野の幅広さ、行政への対応を特色とする分野横断的研究であり、(独)国立環境研究所以外では実施困難であろう。

[研究体制]

本研究は、水土壌圏環境研究領域・湖沼環境研究室(研究員3名、ポストドク1名)を中心として、所内分担者・研究協力者(流域モデル構築、微生物群集構造解析、アオコ藻類定量、バクテリア2次生産、プランクトン1次生産、同位体比測定、底泥元素測定等)、所外研究協力者((独)土木研究所(モデル解析)、(独)農村工学研究所(田圃機能解析)、東北大学(同位体分析)、東京大学(微生物生産)、筑波大学(微生物群集解析)、大阪教育大学(鉄存在形態分析))と共同して実施する。

研究予算

(単位:千円)
  H20 H21 H22 H23
サブテーマ1.有機物と微生物生態系との相互作用の評価 16,100 9,850 7,700 4,950
サブテーマ2.湖沼における有機物の動態・循環の解析 8,900 10,150 12,300 10,050
合計 25,000 20,000 20,000 15,000
総額 80,000 千円

研究内容

[全体計画]

サブテーマ1の新規分析法やサブテーマ2のモデル開発を初年度に重点的に実施する。霞ヶ浦流域を対象としたサンプル採取は、基本的に3年間実施する。分解試験(100日間)等の実験に膨大な時間がかかるため研究期間を1年間延長する。モデル解析は各事業(下水処理水量増大、浚渫、導水等)の影響評価を初年度から実施する。流域モデルと湖内モデルを使った解析は2年目の後半から実施予定。アオコ発生に係るモデル解析は3年目に実施する。霞ヶ浦以外の湖沼におけるDOM特性評価は、初年度から積み上げ的に実施する。 

[サブテーマ1] 有機物と微生物生態系の相互作用の評価

1) 細菌生産速度の測定法の開発と変動解析

バクテリアの2次生産速度を、従来法で使用する放射性同位体を用いずに測定する方法を開発する(ブロモデオキシウリジン取り込み)。霞ヶ浦でのバクテリア生産速度の季節・地点的変動を明らかにする。

2) DOM難分解性化メカニズムの検討

DOMの量・質を変動させた室内実験により、バクテリア生産速度とDOMの分解性・特性(光分解性、分画分布、分子サイズ、アミノ酸組成、炭素同位体比等)の関係を評価して、DOMの難分解性化メカニズムを検討する。注目は分子サイズとバクテリア生物膜のみに存在するD-アミノ酸。

3) 藻類1次生産量測定法の確立と変動解析

放射性同位体を使用せずに、かつボトル効果の影響もない、培養の必要がないFRRF(fast repetition rate fluorometer)法による1次生産量測定法を確立する。霞ヶ浦での1次生産速度の季節的・地点的変動を明らかにする。

4) アオコ形成藍藻類の発生予測

アオコを形成するMicrocystis属の存在量と増殖ポテンシャルを特異的プライマーとRT-PCRによって測定する方法を開発する。栄養塩、鉄、DOM等を組み込んだ増殖モデルを開発して、実測値と計算値の比較検討により、Microcystis属の動態・優占を評価する。

5) 湖沼特性とDOM特性の関係評価

霞ヶ浦以外の湖沼(指定湖沼等)でサンプルを採取して有機物特性を評価する。湖沼特性の違いによってDOMの量や質が変化するかを検討する。

[サブテーマ2] 湖沼における有機物の動態・循環の解析

1) 湖沼・河川における有機物の動態と特性

霞ヶ浦や流域河川でサンプルを採取して、DOM、難分解性DOM、栄養塩、底泥溶出フラックス等を測定して変動トレンドを解析する。有機物特性(分解性、分画分布、サイズ、アミノ酸組成、炭素同位体比等)の相互関係とバクテリア生産速度等の関係を解析する。

2) 流域流出モデルの構築と検証

恋瀬川を対象として、土地利用を考慮したサブ集水域ベース分布型流出モデルを構築する。河川の流れ方向に沿って有機物等に係る実測値を取りモデルの較正や検証を行う。

3) 有機物負荷発生源寄与のピンポイント的算定

流域モデルと湖内モデルを組み合わせて、DOMや難分解性DOM等に関して、個々の流域発生源および水域毎の内部発生源からの環境基準点等における寄与を、モデル解析によって算定する。

湖沼対策等の効果算定

喫緊である下水処理水量増大や霞ヶ浦導水、底泥浚渫等の事業が水質や微生物生産等に及ぼす影響をモデル解析する。