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Ⅲ 知的研究基盤の事後評価
1.環境研究基盤技術ラボラトリー

  • 更新日:2006年9月25日

1)事業の概要

環境研究者の研究開発活動を安定的かつ効果的に支える知的基盤として、(1)環境標準試料の作製と分譲、 (2)分析の精度管理、(3)環境試料の収集・作成と長期保存、 (4)絶滅危惧生物の細胞・遺伝子保存、(5)環境微生物の収集・保存と分譲、及び(6)生物資源情報の整備を行い、環境分野における物質及び生物関連のレファレンスラボラトリー(RL:環境質の測定において標準となる物質・資料や生物および手法を具備している機関)としての機能の整備と強化を図る。

2)事業期間

平成13年度〜

3)平成17年度研究成果の概要

(1) 標準試料の作成・提供
  • 食事試料と大気粉塵試料の作製をおこなった。食事試料は国際的に認証された保証値をもった試料として17年度に発売を開始した。大気粉塵試料は瓶詰めを終了し、保証値を決定した。
  • 特に食事試料については、日本の平均的な食事に関する標準試料であり、今後の利用拡大が期待される。
  • 保証値の得られている環境標準試料については、国内外への提供を行っているが、平成17年度は、現在まで総販売数は118試料で、販売数は国内77試料、国外41試料であった。
  • 環境研究基盤技術ラボラトリー運営委員会に環境標準試料作製検討小委員会を設置し、標準試料作製・提供に係る体制の強化を目指した運営をおこなった。
(2) 分析の精度管理
  • 基盤計測機器について、17年度にこれら基盤計測機器を利用した研究テーマは約30課題あり、所内13ユニット、約4割の研究者が基盤計測機器を利用しており、環境に関わる分野の応用研究や基礎研究に役立つデータを提供した。なお、17年度にはICP発光分光分析装置と元素分析計が更新された。
(3) 環境試料(環境試料タイムカプセル化事業)
  • 16年度に引き続き試料の収集、保存事業を展開した。
      a) 二枚貝試料
  • 定点採取地点10地点からイガイ科並びにカキ科の二枚貝を、移動採取地点10地点からイガイ科の二枚貝を採取し、各群20〜200体をむき身にし、現地で重量計測後速やかに液体窒素で凍結した。実験室で凍結状態のまま粗粉砕、ついで微粉砕を実施。粉砕試料は平均粒径を計測して粉砕状況を確認後、よく混合してから50ml容量のガラスビンに小分けしてフリーザー及び-150℃前後の液体窒素上気相保存体制に入った。17年度は約100試料を保存。14-17年度で総計約430試料を保存。
  • 大気粉じん試料
  • これまでに利尻、東京、隠岐で採取を実施し、フリーザーないし冷凍庫に保管中。波照間観測ステーションにハイボリュームサンプラを設置し、10月から毎月1回、24時間採取をおこなっている。
  • 東京湾精密調査(魚類並びに底質試料)
  • 東京湾内に設定した20箇所の調査地点で表層底質試料を採取し、冷凍庫に保存(5月調査)。5月、8月、10月、2月の4回の調査で、同様の調査地点で魚類、甲殻類、軟体動物を採取し、それらの種類と数、生物資源量(総重量)を計測した。そのうち、アカエイを選んでその日のうちに解剖し、肝臓を凍結して二枚貝と同じ手法で凍結粉砕、均質化を行い、粒径分布を確認した上でよく混ぜ合わせて50mlのガラスビンに小分けし、フリーザーに保存した。小分け試料は重金属測定を行って均質性の確認作業を進めた。二枚貝試料も含め、凍結粉砕試料の粒径の均質性はきわめて良好であった。また、一試料瓶内および試料瓶間での元素均質性については、多くの元素で均質性が良好な結果が得られた。作業環境からの有機物等の混入の防止、低減に向けて今後さらに監視・検討を続ける必要がある。17年度は125試料程度保存される。14-16年度で総計約370試料を保存。
  • 母乳
  • 昨年同様、自衛隊中央病院の協力を得てこれまでに88試料採取し、超低温フリーザーに保管中。昨年度試料とあわせて重金属分析を実施し、汚染状況に関するデータを蓄積する作業を進めている。
  • 情報収集と整備
  • 化学物質汚染に関連する文献を情報検索をもとに収集し、スキャナーで画像として取り込んでPDFファイルとして整理、保存する作業を今年度も継続している。環境タイムカプセル棟の新設と新しい液体窒素上気相保存施設ならびに−60度冷凍室での長期保管体制を整えるため、保存試料の管理並びに付帯情報管理のためのデータベースシステムを作成した。
  • その他
    • 環境省環境保健部で実施されてきている化学物質環境汚染実態調査(略して黒本調査)で収集、分析された生物試料、底質試料並びに食事試料の保存用試料(1993年〜)がタイムカプセル棟に移されて、保存を継続することとなった。茨城県神栖町の有機ヒ素化合物汚染に関連する人関連試料とあわせて、長期保管体制に入った。
    • 絶滅危惧種タンチョウヅルの肝臓、筋肉及び餌となるたい肥やウミガメの組織を環境試料として保存した。
(4) 絶滅危惧種の細胞・遺伝子保存(環境試料タイムカプセル化事業)
  • 全国180地点で調査を行い、絶滅危惧IあるいはII類種となっているシャジクモ藻類や淡水産紅藻類が67系統が培養保存され、これまでとあわせ合計203系統が保存され、目標の50系統を大幅にうわまわった。
  • 新規に試料の保存を実施した種は鳥類12種、哺乳類5種で、これらから354系統の試料が保存された。16年度までのとあわせて638系統の細胞・遺伝子が保存され、中期計画目標の200系統を超えている。17年度の詳細を下記に示す。
    1. 保存された種:クロツラヘラサギ(Platalea leucorodia  絶滅危惧TA類)、カンムリワシ(Spilornis cheela  絶滅危惧TA類)、カラスバト(Columba janthina  準絶滅危惧)、ウミスズメ(Synthliboramphus ant  絶滅危惧TA類)、ミゾゴイ(Gorsakius goisagi  準絶滅危惧)、クロウミツバメ(Oceanodroma matsudairae  絶滅危惧U類)、アカヒゲ(Erithacus komadori  絶滅危惧U類)、シマフクロウ(Ketupa blakistoni  絶滅危惧TA類)、アマミヤマシギ(Scolopax mira  絶滅危惧TB類)、オオタカ(Accipiter gentilis  絶滅危惧U類)、サンカノゴイ(Botaurus stellaris stellaris  絶滅危惧TB類)、ハイタカ(Accipiter nisus nisosimilis  準絶滅危惧)、ダイトウオオコウモリ(Pteropus dasymamallus  絶滅危惧TA類)、ヒナコウモリ(Vespertilio superan  絶滅危惧U類)、ヒメホオヒゲコウモリ(Myotis ikonnikovi ikonnikovi絶滅危惧TB類)、カグヤコウモリ(Myotis frater kaguyae  絶滅危惧U類)、ケナガネズミ(Diplothrix legata  絶滅危惧TB類)。本年度中の保存試料数は現時点で226系統となり、先年度までの保存試料数と合計して333系統となった。
    2. 検疫については今年度よりインフルエンザウイルスおよびウエストナイルウイルスの診断キットによる現場検疫が開始された。また、タイムカプセル棟においてもリアルタイムPCRによる検疫システムが導入され、検疫作業に要する時間が大幅に短縮された。しかし、今年度は協力機関に対する検疫システムの説明が徹底せず、検疫が実施できなかった例が見られた。現在は各協力機関への診断キットおよび検疫マニュアルの配布が徹底され、効率的な検疫を実施することが可能となっている
  • モスクワ大学(ロシア)、ソール大学(韓国)、中国農業大学、サラワク生物多様性センター(マレーシア)、ジュロンバードパーク(シンガポール)鳥類細胞保存のアジア国際ネットワーク構築にむけての活動を開始した。
(5) 環境微生物の収集・保存・提供
  • 17年度は60株の寄託数があり、あわせて1871株の保存株数となり、中期計画の数値目標を十分に達成した。このうち約1600株が提供可能な微細藻類株として、分譲株リストに掲載されることとなる。平成17年度の提供株数は658株であり、内訳として所内188株、国内416株、外国54株である。
  • 17年度は、各サブ機関が目標とする藻類株数の達成にむけて順調に藻類株数を増加させ、3500株に達した。また、微細藻類資源保存は国立環境研究所に一元化された。
  • 凍結保存技術の開発が進み、凍結状態で保存されている株は 310株に増加した。また、富栄養水域に発生して人体や社会に被害を及ぼす有毒藻類株が70株、将来のエネルギー資源として有用なオイル生産藻類株が180株、タイプ株・レファレンス株が60株、遺伝子データ(16SrRNA, 18SrRNA, atpB, COXI, rbsL遺伝子,ミトコンドリア完全配列, 全ゲノムなど)がある藻類株が310株を数え、環境研独自の培養株が90%以上と他の機関と比べて独自性が高いものとなった(英国CCAPは65%)。
  • CSIRO(オーストラリア)、生命科学研究所(韓国)、中国科学院水生生物研究所、タイ国科学技術研究所、NIWA(ニュージーランド)、マラヤ大学、ハノイ大学と藻類資源のアジア・オセアニア地域ネットワークを構築した。
(6) 生物資源情報の体系的整備
  • 国立環境研究所基盤ラボに国内の藻類資源の情報及び提供を一元化することができ、国立遺伝研にある全生物資源データベース組み入れられ、国内外に公開された。
  • 藻類情報は、培養株の履歴データ、分類情報、培養・保存データ、特性データ、形態画像情報等からなり、現在まで1800株のデータベースが構築され、公開された。
  • 藻類資源のアジア・オセアニア地域ネットワークにおいて、アジア・オセアニア地域藻類資源情報データベース作成のための活動を開始した。
  • 絶滅危惧野生動物細胞・遺伝子試料に関する情報の整備について、15年度に作成したデータ整備の基本フォーマットにそって、データ入力等作業が進行し、保存されている系統の70%にあたる約450系統のデータベースが構築された。
(7) その他:事業関連研究
  • 本事業に関連して分子鋳型を用いた汚染物質の選択的吸着に関する研究からは、塩素化ビスフェノールA、ミクロシスチン以外の微細藻類毒素の高感度分析法の開発がなされた。
  • 発生工学的手法を用いた動物個体増殖法の開発においては、タイムカプセル化事業で保存した細胞の利用技術開発にむけて、下記の2つの大きな成果が得られた。
  • 鳥類(ニワトリ)の始原生殖細胞のin vitro培養法の確立:本研究で用いた培養条件で増殖する始原生殖細胞は本来の細胞学的性質を維持している。この様な培養系の開発は、哺乳類(マウス)においても報告されておらず、今後は生殖幹細胞研究の分野で有用な研究手法となる。
  • 異種間生殖巣キメラ個体による子孫個体作成:ニワトリ/ニホンキジ間での異種間生殖巣キメラのうち雄3個体(全7個体)の精液からニホンキジのシグナルを検出し、異種間での免疫系による排除が行われないことが判明した。異物であるドナー生殖細胞が、レシピエント胚の生殖巣と相互関係を保ちながら、正常に増殖・分化するという結果は、生殖免疫の謎を読み解くための新しい実験系の創出に発展する可能性がある。この点で、科学の進歩に大きく貢献するものである。
  • 所内鳥類飼育舎にて飼育中の熊本県指定天然記念物(久連子鶏:クレコドリ)を絶滅危惧鳥類種のモデルとして使用し、多産系ニワトリとの生殖巣キメラ個体から、久連子鶏の復元に成功した。始原生殖細胞を用いた発生工学的手法を絶滅危惧野生鳥類の個体復元に応用できる可能性を示した。
  • 人工容器と人工膜を用いた卵殻なし鳥類胚培養法の開発に成功した。これによって、たとえ卵殻が破損しても、鳥類個体を得ることが可能となった。発生工学技術が絶滅危惧鳥類の保全に応用可能であることを示した。
  • マーカー遺伝子(GFP)導入ニワトリ胚性線維芽細胞株の樹立に成功し、始原生殖細胞とGFP導入体細胞が細胞融合する条件を明らかにした。始原生殖細胞と体細胞との細胞融合実験に成功したため、体細胞が生殖細胞になる可能性を示すことができた。始原生殖細胞に紫外線を照射することで、始原生殖細胞側の細胞核を不活性化する条件も明らかにした。凍結保存している絶滅危惧鳥類種の体細胞から個体作出につながる点でその意義は大きい。
  • 生体染色を行った始原生殖細胞を胚体に移植し、移植した細胞数に対して、生着・増殖した始原生殖細胞数を算出した。生殖巣キメラを成立させるのに必要な最低限の始原生殖細胞数を明らかにすることで、遺伝資源保存に最適な細胞数の策定に向けた知見を得ることができた。
  • 炭化水素生産藻類Botryococcusは、排出される二酸化炭素を吸収し、重油に転換することで注目されているが、自然界から180株を分離培養し、系統を解析するとともに、炭化水素生産能が高く、増殖の早い培養株を分離できたこと、純度の高いシクロヘキセンを生産する株、やさらに軽油(ディーゼル油を生産する新たな新属新種の藻類が分離培養された。
  • 微細藻類の遺伝子解析データから、有毒アオコの毒遺伝子が水平伝播していることや自然界で組換えを行っていること、さらにハウスキーピング遺伝子の解析から、有毒アオコは遺伝的多様性が極めて高いが、ほとんどは突然変異によるという結果を得た。

4)外部研究評価委員会の見解

  1. リファレンス・ラボラトリーとしてその意味を十分に受け止め、ラボラトリー開始後限られた期間ではあるが、着実に成長していると判断される。予算規模、人員などの制約の下に最大限の成果が挙がっているであろう。
  2. タイムカプセル事業も順調のようであり、環境標準試料の作成や保存事業は着実に進行しており、領布されてきた実績は高く評価される。特に絶滅危惧種の細胞/遺伝子等の収集・保存についても重要である。この種の保存事業に関しては、海外も含め、同様な努力を進めている他機関との連携を構築することも考えられる。
  3. 我が国として、絶滅危惧種の細胞/遺伝子等の収集・保存において、何をどのような形で保存することが必要なのかの長期的ビジョンを提示することも必要である。この前提として、一般市民も含め、収集・保全の理念・価値感の明確化に向けた検討をしておくことも必要であろう。

5)今後の展望等

外部評価委員会における評価委員のコメントなどからも、環境研究基盤技術ラボラトリーの実施している活動は重要なものであり、高く評価されており、今後も継続すべきものと認識している。

環境タイムカプセル(環境スペシメンバンク)活動は、継続により試料が蓄積されていくもので、無限に拡大することは不可能であることを認識し、試料収集と廃棄に関する戦略を固める必要がある。このため、外部有識者を含めた検討会・ワーキンググループを構成し、1,2年のうちに結論を得ることとしたい。

保存試料は貴重なものであり、事故等による逸失を防ぐためにも、複数の場所において保存することが必要である。このため、上記検討会・ワーキンググループの活用も含めて、国内における候補機関の選定を行う。

アジア地域(特に東アジア地域)における環境スペシメンバンクのネットワーク構築を目指す。既に、一部ではあるが予備的に協力関係が出来つつある研究者・機関も存在しており、これらを確固としたものとするとともに、広くオープンなネットワーク構成を目指す。