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Ⅰ 重点特別研究プロジェクトの事後評価
4.生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト

  • 更新日:2006年9月25日

1)研究の概要

2000年にナイロビで開催された第5回生物多様性条約締結国会議において、生物多様性の保全に向けての「生態系アプローチの原則」が合意され、生物多様性の保全と持続的な利用のために、次のような目標が掲げられた。1.長い進化的歴史の中で育まれた、地域に固有の動植物や生態系などの生物多様性を地域の特性に応じて適切に保全する。2.現存の種や地域個体群に新たな絶滅の恐れが生じないようにするとともに、絶滅の危機に瀕している種の回復をはかる。3.将来世代による利用も見据えて、生物多様性の減少をもたらさない持続可能な方法により土地や自然資源を利用する。このような背景のもと、このプロジェクトでは、生物多様性減少の多くの原因のなかで、特に主要な要因とされている生息地の破壊・分断化と侵入生物・遺伝子組換え生物に着目し、生物多様性減少のパターン解析とモデルによる演繹的解析により、その機構の解明を行うとともに、その生物多様性減少の防止策と適切な生態系管理方策を講じるための定性的、定量的な科学的知見を得ることを目的とする。

2)研究期間

平成13〜17年度(5年間)

3)平成17年度研究成果の概要

(1) 野生生物の保全地域設定をめざした生息適地分布モデルの開発
(ア) 環境省の生物多様性情報などを用いた昆虫類の生息適地モデルの開発
  • 生物分布データベースの調査結果の信頼度を評価する統計手法を開発し、生息種リストがほぼ完全なグリッドだけを抽出した。その結果を用いて種ごとの生息適地モデルを構築した結果、種ごとの生息地選好性と生息適地の面的推定の精度が格段に向上した。
(イ) 淡水魚類の生息適地モデルの開発と保全地域の評価
  • 淡水魚類の生息環境の均質化の一因である河川の直線化の現状を北海道全域で把握した。河川地形の多様度を定量化する指標を開発して解析した結果、最近の半世紀の間に河川地形の多様度が平均して73%程度低下していると推定された。
(ウ) 鳥類の生息適地モデルの開発
  • 日本全国をカバーしている自然環境保全基礎調査のデータをもとに全国規模の繁殖鳥類の生息予測モデルを作成した。関東地区で観察された繁殖鳥類79種を解析し、変数増減法によるロジスティック回帰モデルによって生息適地モデルを構築した。このうち7割以上の58種について実用可能なモデルが作成できた。
(エ) ため池/湿地の生物多様性の減少機構の解明
  • 釧路湿原達古武沼で大型生物種の窒素・炭素安定同位体比を測定した結果、定住性のある魚種の食物網中の栄養的地位は、水生植物群落が残存する水域で高いことが明らかになった。
(オ) 種多様性によって保全の重点地域を抽出する手法の開発
  • 生物の分布情報にもとづいて効率的かつ柔軟に保護区のデザインを行うアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムでは、近似的に最適なデザインの多数の候補を高速に算出する。提示された多数の候補デザインから、その他のさまざまな制約条件などを考慮して採用するデザインを選択するという手順を提案した。
(2) 侵入生物・遺伝子組換え生物の生態系影響
(ア) 侵入生物に関するデータベースの構築
  • 侵入種情報の収集を継続して行い、データベースを拡充させた。
(イ) セイヨウオオマルハナバチなどの侵入種生態リスク評価
  • マルハナバチ生態リスク管理に関する初の産官学共同プロジェクトとして農林水産研究高度化事業課題を立ち上げた.本課題のリスク評価データは、本種の特定外来生物指定へとつながった。
(ウ) 外国産クワガタムシの生態リスク評価
  • クワガタムシと寄生性ダニの分子系統比較を行った結果、宿主の系統分化と地理的分布拡大に合わせて、寄生性ダニも宿主特異的に分化するとともに、宿主転換をして分布拡大してきた歴史的背景が明らかとなった。
(エ) 外来魚の分布拡大過程の把握
  • 関東地方河川のオイカワを対象に琵琶湖由来の遺伝子型を探索した結果、当該遺伝子型の定着を確認した。琵琶湖からの放流魚が国内の生物多様性に撹乱を与えている場合のあることも確認された。
(オ) 釧路湿原の湖沼とその流出入河川における外来ザリガニの分布モデル
  • 釧路湿原達古部沼とその流出入河川において、侵入種シグナルザリガニの除去活動を効果的に行う基礎として、分布特性の調査を行った。分類木を用いてザリガニの分布を予測したところ、岸直下のえぐれの体積がシグナルザリガニ出現の有無を規定していた。
(カ) GMセイヨウアブラナの野外における遺伝子流動調査
  • 一般環境中におけるGMセイヨウアブラナの生育の現状、導入遺伝子の拡散状況等の調査をおこなった。国道51号線(佐原―成田間25km)について徒歩と目視で調査し、除草剤ラウンドアップ耐性遺伝子を持つ遺伝子組換えセイヨウアブラナが少なくとも26地点、バスタ耐性遺伝子を持つものが少なくとも9地点で生育していることを確認した。
(キ) cDNAアレイ法による組換え遺伝子の内生遺伝子発現への影響
  • 同じ遺伝子(アスコルビン酸合成酵素)を突然変異および遺伝子組換えにより欠失させた植物と野生型との間の遺伝子発現変化を調べた結果、従来育種法に比べて遺伝子組換えによる育種は内在性遺伝子発現に対する影響が強いことが示された。
(ク) 組換え微生物の生物多様性への影響評価
  • 分子生物学的手法を基盤とした組換え微生物の微生物多様性に及ぼす影響を評価した。組換え微生物あるいはその宿主である非組換え微生物の接種によって微生物多様性が大きく変動することは観察されなかった。
(3) 数理モデルによる多種共存メカニズムの分析
(ア) サクラソウの遺伝・個体群動態モデルによる、個体群の存続性評価
  • 遺伝解析による花粉散布範囲の推定から、同じ花型内では交配できないサクラソウでは異なる花型がごく近距離に存在しなければ著しく種子生産が低下することが明らかになった。また、花粉媒介昆虫の行動に基づいたモデル予測により、和合性タイプの偏りが非常に重要な要因となる可能性が示唆された。
(イ) 森林の個体ベースモデルなどによる多種の樹木の共存メカニズムの研究
  • シミュレーション実験の結果、森林の構造のデータからその森林で多種の共存を促進しているメカニズムを特定するかを推定することは困難であろうという予測を得た。
(ウ) 生物群集への侵入生物の影響に関するシミュレーション実験
  • 頻繁に侵入を受けながら進化した群集と、全く侵入を受けずに進化した群集をモデル上で構築してから、外部から生物を侵入させるシミュレーションを行った。侵入を受けずに進化した食物網は少数の種類の植物が多くの動物を支えており、下位種が侵入したときの影響が大きいことがわかった。

4)外部研究評価委員会の見解

  1. 観測中心の研究であり、限られた設定目標に関しては相当程度の達成度が認められる。この結果として、野生生物の生態に関する知見を得、生息適地分布モデルの定量的研究に成果が得られている。環境保護区の設定に関する環境影響評価法は有用な展開を与える可能性がある。
  2. 一方において、提示されたモデルの信頼性を高めることが必要であり、検討されている多様性の維持・減少要因も余りに一般的過ぎる、侵入生物・遺伝子組み換え生物の生態影響の狙いが不明確であるなどの改善を要する点も散見される。
  3. 生態学的研究が中心であり、事象の記述・個別的研究の寄せ集めにみえる。国立環境研究所としては、生物多様性の理念を明確にする研究を核として、価値観・社会的理解といった社会側面も含め、社会との関連を明確にした研究成果を得るための研究計画を構築していくことが必要であろう。