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Ⅵ 平成18年度新規特別研究の事前説明
6. 化学物質の動態解明のための同位体計測技術に関する研究

  • 更新日:2006年9月25日

1) 研究の概要

有害な化学物質の環境中における濃度レベルを下げ、安全で快適な生活環境を保持するためには、有害物質の主要な発生起源を明らかにし、環境中への放出を抑制する必要がある。しかしながら、有害な化学物質の中にはその発生由来が明確なものもある一方、天然の発生源と人為的発生源が考えられたり、複数の発生源が想定される化学物質もある。本研究では、発生源により元素の同位体存在度のパターンが異なることを利用した化学物質の発生起源推定方法の確立を目的として、重金属などの元素の同位体存在度および有機化合物の放射性炭素同位体比の精密計測技術の開発、改良を行い、高精度な同位体分析システムを構築する。また、実際に環境試料(特に、室内環境中の空気や室内じん)の鉛やアルデヒドの分析にその同位体測定法を応用することにより、環境中におけるその動態を解析し、本研究で完成された同位体分析技術の有効性や応用範囲を検証する。

2) 研究期間

平成18〜20年度(3年間)

3) 研究計画

本研究は、三つのサブテーマから構成されている。サブテーマ「金属元素の同位体計測に関する研究」および「有機化合物の放射性炭素同位体計測に関する研究」では、同位体測定用質量分析装置(MC−ICPMS、AMS等)、クリーンルーム等の設備に、化学物質別の同位体精密分析用の化合物分離、精製システムを導入し、質量分析装置と組み合わせることにより、環境試料中に含まれる多種多様な有機、無機化学物質の同位体存在度の高精度かつ高感度な計測技術を確立する(平成18〜20年度)。サブテーマ「室内環境中の有害金属とアルデヒドの動態解明」では、この同位体計測技術を応用して、室内環境中の鉛やアセトアルデヒドなどの汚染物質の同位体分析を行う(平成19〜20年度)。

4) 外部評価委員会の見解

1.研究内容

同位体計測は、環境化学物質の発生源解析と動態解明にとって重要であるので、本研究でそれらの把握精度が上昇することに期待したい。可能であれば発生源を定量的に区分できるとなおよいだろう。一方で、既存の同位体分析と違う点は何かが不明確であった。また、発生源解析と動態解明においては同族体・異性体分析を適用することも考えられるので、これらとの違いも明確にする必要があるだろう。粉塵(微小粒子)だけでなく食物や生物試料などの測定も検討してはいかがかという意見もある一方で、微小粒子に絞るべきという意見もあったので、研究の目的に合致した対象を設定していただきたい。

2.研究の進め方、組み立て

対象物質として鉛を取り上げることの重要性は理解できなかった。同位体分析を現在必要としている環境汚染物質は何か、さらに同位体分析を必要としている行政的な場面を想定して、研究を進めていただきたい。また、粉塵の複合的な影響を解明するためには、無機・有機成分同時分析が必要になってくるのではないだろうか。同位体分析は大変だと思うので、時間と労力に見合った成果活用の方向性を明らかにしていただきたい。

5) 対処方針

本研究では同位体存在度精密測定システムを構築し、複数ある有害物質発生源の寄与を正確に推定して行く同位体分析法の確立を目指す。特に、今まで環境試料の年代測定に用いられている放射性炭素同位体比を発生源解析に応用する方法を確立する。従来から同族体・異性体分析を利用した有害物質の動態解析が行われているが、アセトアルデヒドなど特定の有機化合物では、同族体や異性体は存在しない。また、様々な有機化合物は化学反応で別の化学物質へと変化して行くので、同族体・異性体分析を利用した発生源推定は困難なことがあり、放射性炭素同位体比は有効な発生源解析法となることが期待される。

高精度な同位体計測技術の確立により、粉じんばかりでなく、食物や生物試料など様々な環境試料の分析に応用が可能となり、環境汚染物質の動態解明に関する新たな研究への発展が期待できる。本研究は同位体計測技術の開発、改良を目的としているが、生活環境中で問題となる有害化学物質(鉛等重金属類、アルデヒド類など)を常に分析対象として念頭に置きつつその同位体分析の高精度化を進めて行くことを考えている。

近年、シックハウスなど室内環境における有害物質曝露に関して注目が集まっている。特に、室内の埃(室内じん)に含まれている鉛の濃度は、日本の場合でも比較的高い(〜100ppm程度)ことが最近明かとなってきているが、米国とは異なり鉛化合物を含む白色ペイントを室内で多用した経緯はなく、その起源はまだ不明確である。すなわち、手を舐めたりすることで埃を体内に取り込みやすい乳幼児にとって、鉛は無視できない有害物質である。さらに、発育段階にある小児の場合、鉛摂取により健康だけでなく知能発育への影響もあるという指摘があり、室内の鉛汚染は重要な問題と考えられる。室内環境には外部から入ってくる土壌、大気、粉じんなどに加え、建材、暖房、調理などによる室内起源の化学物質もありその起源は複雑で、汚染状況を改善して行くためには、各有害物質の主要な発生源を正しく調べる必要がある。また、公園土壌の鉛汚染の例からも明らかなように、公共的な場所の環境汚染問題でも有害物質の発生源が複数考えられ、詳細な起源解析が必要となっている。従って、本同位体計測法を応用することにより、様々な生活環境中の汚染物質の動態解明ができれば、有害化学物質の発生源対策に関する科学的な提言が可能となり、社会的な貢献ができるものと考えている。

ご指摘のとおり無機物質と有機物質の同位体も含めた同時分析が可能になれば、粉じんなどの動態解明に有力な分析手段になると期待される。本研究は同位体計測技術の高度化に焦点を絞り込んだ課題なので、その計測法を確立できた段階で、さらに有機汚染物質分析方法と組み合わせたより高度な環境動態解明手法への発展を進めたいと考えている。