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Ⅳ 平成16年度終了特別研究事後評価
2.アレルギー反応を指標とした化学物質のリスク評価と毒性メカニズムの解明に関する研究  −化学物質のヒトへの新たなリスクの提言と激増するアトピー疾患の抑圧に向けて−

  • 更新日:2006年9月25日

1)研究の概要

本研究の目的は、(1)ヒトに外挿が可能なアレルギー疾患病態モデルを用い、先導的に選択した化学物質の曝露がアレルギー疾患に及ぼす影響を明らかにすること、(2)ヒトと動物の病態に共通して重要な役割を演じている遺伝子やタンパクのレベルで、増悪メカニズムを明らかにすること、(3)「in vivoスクリーニング」の可能性、有用性を検討することにある。

先導的に選択する化学物質としては、(1)「核内レセプターであるperoxisome proliferator-activated receptor (PPAR)を介して作用する内分泌かく乱化学物質【フタル酸エステル】」、(2)「aryl hydrocarbon receptor  (Ah receptor)を介して作用する物質」、(3)「フリーラジカル生成を介し転写因子を活性化する物質【フェナントラキノン等のキノン類】」とし、(2)(3)の特徴を同時に満たす化学物質として、【ディーゼル排気微粒子に含まれる脂溶性化学物質成分】を選択した。

対象とするアレルギー疾患モデルとしては、発症年齢の若年化と増加が著しいアトピー性皮膚炎とアレルギーマーチの終着点にあたるアレルギー性の気管支喘息とし、ヒトにおける病態を的確に再現しうる動物モデルを用いた。さらに、増悪メカニズムを明らかにするために分子生物学的検討を加えた。特に、動物とヒトの病態において共通して重要な役割を演じている遺伝子とタンパクをターゲットとした。これにより、動物モデルにおける実験成果をヒトの健康影響に外挿するための確固たるエビデンスを与えた。対象とする分子あるいは細胞種としては、アレルゲン特異的な抗体、好酸球、リンパ球をはじめとする免疫担当細胞、サイトカイン(IL-5、 IL-4、 IL-10、 IL-13、 IL-2、 TNF、 IFN、 etc)およびケモカイン(eotaxin、 RANTES、 MCP、 IL-8、 MIP-1α、 etc.)等とした。加えて、化学物質がアレルギー疾患に及ぼす影響を簡易、かつ、短期間で評価・推定することが可能な「in vivoスクリーニングモデル」を開発した。

2)研究期間

平成14〜16年度(3年間)

3)研究成果

(1) DEPに含まれる化学物質がアレルギー疾患に及ぼす影響とメカニズムの解明に関する研究

我々が既に確立しているマウス気管支喘息モデルを用いた。これまでに、ディーゼル排気微粒子 (DEP) の経気道暴露がこのモデルを増悪することを明らかにしている。しかし、DEPには、元素状炭素や沸点の高い炭化水素からなる核と、核の周囲や内部に種々の炭化水素とその誘導体、多環芳香族炭化水素、芳香族酸、キノン、等の非常に多くの物質が存在するため、アレルギーを増悪する主たる成分は特定されていなかった。そこで、DEPを脂溶性化学物質成分と残査粒子に分画し、いかなる成分がアレルギー性喘息を増悪するかを検討した。

その結果、アレルギー性気管支喘息を増悪させるDEPの主たる構成成分は、残渣粒子ではなく、脂溶性化学物質(群)であり、粒子と脂溶性化学物質群が共存することによりアレルギー性の炎症は相乗的に増悪することが明らかになった。さらに、この増悪のメカニズムとして、好酸球を活性化するサイトカインであるIL-5と好酸球を呼び寄せるケモカインであるeotaxinの肺における発現増強が非常に重要な役割を演じていることも明らかになった。これらのサイトカインやケモカインは、ヒトにおけるアレルギー性炎症でも重要な役割を演じている。ヒトと動物の病態に共通して重要な役割を演じているタンパク分子のレベルで増悪メカニズムを明らかにできたことは、本動物実験における結果をヒトにおける影響に外挿する上で重要と考えられた。

(2) フェナントラキノンがアレルギー疾患に及ぼす影響とメカニズムの解明に関する研究

フェナントラキノンはDEPや都市大気成分に含有される化学物質であり、フリーラジカルを生成することも知られている。フェナントラキノンがアレルギー性喘息に及ぼす影響を同様のモデルで検討した。その結果、フェナントラキノンがアレルゲン特異的IgE抗体およびIgG抗体の産生を増強することが明らかになった。また、フェナントラキノンはアレルギー性気道炎症に対しても軽度の増悪影響を示したが、その作用はDEPに含有される脂溶性化学物質(群)に比較すると弱かった。加えて、フェナントラキノンは、DEPに含有される脂溶性化学物質(群)とは異なり、Th2サイトカインの発現を亢進しないことも明らかになった。これらのことから、フェナントラキノンはアレルギー増悪影響を発揮しうるものの、その作用だけでDEPに含有される脂溶性化学物質(群)のアレルギー増悪影響を説明しうるもではないことが示唆された。

(3) ナフトキノンがアレルギー疾患に及ぼす影響とメカニズムの解明に関する研究

ナフトキノンもDEPに含有される化学物質である。ナフトキノンもフリーラジカルを生成するが、生体内のSH基を攻撃することも知られている。ナフトキノンがアレルギー性喘息に及ぼす影響を同様のモデルで検討した。その結果、ナフトキノンは、フェナントラキノンとは異なり、アレルギー性喘息の病態そのものである肺の組織内部におけるアレルギー性気道炎症と粘液産生細胞の増加を有意かつ濃度依存性に増悪した。このことから、ナフトキノンのアレルギー性炎症増悪影響は、フェナントラキノンに比較すると、より大きいものであることが示唆された。しかし、その作用は、DEPに含有される脂溶性化学物質(群)に比較すると弱かった。また、ナフトキノンによるアレルギー性炎症の増悪効果がTh2サイトカインやeotaxinの発現亢進を主とするものではないことも明らかになった。これらのことから、ナフトキノンの作用だけでDEPに含有される脂溶性化学物質(群)のアレルギー増悪影響を説明しうるものではないことも示唆された。一方、フェナントラキノンとは異なり、ナフトキノンのアレルギー性炎症増悪効果が、MCP-1あるいはKCというケモカインの発現亢進により、少なくとも部分的に、もたらされている可能性があることも明らかになった。また、ナフトキノンのアレルギー増悪効果においては、アレルゲン特異的抗体産生増悪作用は、フェナントラキノンのそれに比較し、重要度が低いものであることが示唆された。

(4) フタル酸エステルが幼児期のアレルギー疾患に及ぼす影響とメカニズムの解明に関する研究

アレルギー性気管支喘息や花粉症などの呼吸器系臓器のアレルギー疾患では、経気道暴露される化学物質が重要性と考えられるが、アトピー性皮膚炎に関しては、経口等の全身的あるいは経皮的な暴露経路を取る化学物質暴露の重要性が推定される。我々は、若年者への暴露が無視できないこと、職業暴露でアレルギー症状増悪の可能性が指摘されていること、peroxisome proliferator-activated receptor (PPAR)という核内レセプターを介して作用を発揮する物質であること、環境ホルモン作用も注目されていること、等を考慮し、フタル酸ジエチルヘキシルを先導的物質として選択した。病態モデルとしては、既に確立されているアトピー性皮膚炎モデルマウスであるNC/Ngaマウスを用いた。自然発症、塩化ピクリル塗布、もしくは、ダニアレルゲンを皮内投与することにより誘導した各種皮膚炎モデルに対するフタル酸ジエチルヘキシルの暴露影響を検討した。フタル酸ジエチルヘキシルは、0.8、 4、 20、 100μg/animal(概算で、4.8、24、120、600μg/kg/day程度の暴露量に相当)を基本に、週に1度腹腔内に投与した。その結果、三種類のモデルで若干傾向は異なっていたが、皮膚炎の重症度は、フタル酸ジエチルヘキシルの低用量暴露で増悪した。高用量暴露では、増悪影響は逆に目立たなくなった。ダニアレルゲン皮内投与による皮膚炎モデルは、4もしくは20μg/animal/週のフタル酸ジエチルヘキシル暴露で明らかに増悪していた。100μg/animal/週のフタル酸ジエチルヘキシルの暴露では、増悪効果はほとんど消失していた。このような量−反応関係は環境ホルモン作用でもしばしば観察される現象であることから、フタル酸ジエチルヘキシルのアレルギー増悪作用は環境ホルモン作用と類似したメカニズムを介している可能性が示唆された。

また、フタル酸エステルによるアレルギー性炎症の増悪に関わる分子生物学的メカニズムとしては、IL-5やeotaxin等の遺伝子や蛋白の皮膚における発現が重要性が示唆された。これらのサイトカインやケモカインは、ヒトにおけるアレルギー性炎症でも重要な役割を演じている。ヒトと動物の病態に共通して重要な役割を演じているタンパク分子のレベルで増悪メカニズムを明らかにできたことは、本動物実験における結果をヒトにおける影響に外挿する上で重要と考えられた。

(5) 「in vivoスクリーニング」モデルに関する研究

当初、化学物質を暴露したマウスにアレルゲンの腹腔内投与を行い、アレルギーの重要な効果細胞である好酸球が腹腔内に浸出してくる数と、好酸球の遊走・活性化をもたらすIL-5、 eotaxin等の局所濃度を測定することにより、当該化学物質のアレルギー増悪の可能性を評価するという「in vivoスクリーニング」手法の確立を企図した。しかし、実験期間の短縮効果、実験操作の簡略化、実際のアレルギー疾患モデルとの相同性、化学物質の投与法の制約、等の点でいくつかの問題を有した。一方、上述のNC/Ngaマウスを用いたダニアレルゲン誘発アトピー性皮膚炎モデルは、短期間の研究期間で化学物質のアレルギー増悪影響を判断することが可能であり、特殊技術も不必要で、化学物質の投与法も簡易であり、実際の皮膚炎という病態を表現しうること、また、フタル酸ジエチルヘキシルという陽性コントロールを持つこと、相対的に軽症であり化学物質の影響を感度よく検知できること、等から、「in vivoスクリーニング」モデルとして非常に有用であると考えられた。

4)研究実施の背景

近年、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、花粉症、気管支喘息などのアレルギー疾患は若年者を中心に急増し、国民の数人に1人に認められる新たな「国民病」となっている。アレルギー疾患が、次世代を担う若年者の心身両面の健康と成長におよぼす被害は甚大であり、この増加要因を解明し、適切かつ迅速な国家的対策を講ずることは、国民の健康保守と我が国の持続的発展を維持するために、きわめて必要性・危急性の高い課題である。

その増加の急峻性より、アレルギー疾患の増加・増悪要因は、遺伝因子より環境因子の変化に求めやすい。しかし、いかなる環境因子がどのようにアレルギー疾患に悪影響を及ぼしているかに関しては、充分な解答はない。これまで、『化学物質』がアレルギー疾患の急増に関わる環境要因である可能性を指摘する知見・意見も少なからず存在したが、化学物質の健康影響評価は、この時点では、皮膚・粘膜刺激性、発癌性、一般毒性等によって論じられているに過ぎず、化学物質がアレルギー疾患に与える影響をヒトに外挿可能な病態モデルを用いて明らかにしようとする試みは存在しなかった。

5)評価結果の概要

アレルギー反応に関わる膨大な実験が行われ、アレルゲンに対する動物実験の有用性を示すことができた。また、スクリーニングモデルを確立したことも高く評価でき、期待された研究成果はあがっているといえる。しかし、ヒトへの影響への応用する際の課題は残されており、また、他の環境化学物質での今後の実証方針が明確でないことから、これらの研究をさらに進めることを期待したい。併せて、スクリーニングテスト法の完成、リスク評価への展開、化学物質管理政策へのフィードバックにも期待したい。複数のリスク因子の相乗効果については、効果予測の一般化が難しい一方で、できるだけ広範かつ有効なモニタリング・対処方策への期待もあるはずなので、問題設定・成果の発信には工夫が必要であろう。

6)対処方針

外部研究評価委員会からご指摘いただいたように、アレルギー疾患モデルを利用したスクリーニング手法を開発することができたため、これを用い多くの化学物質の影響を評価し、アレルギー疾患の増加や増悪に関連する可能性のある化学物質を明らかにしていきたい。事実、17年度開始の特別研究「環境化学物質の高次機能への影響を総合的に評価するin vivoモデルの開発と検証」においてこれを進めつつある。また、ここで得られた結果をヒトへの影響評価に応用するために、将来的には、ヒト細胞系を用いた実験的検討や疫学的検討へと発展させ、実証を試みたいと考えている。スクリーニング手法の短期化や簡易化により、対象化学物質をさらに増加させる試みを続けることにより、今後、化学物質管理政策へのフィードバックをより身近なものにしたいと考えている。学術誌のみならず進行中の特別研究の報告書等を利用することにより、成果の発信にも配慮したい。