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Ⅳ 平成16年度終了特別研究事後評価
1.中国における都市大気汚染による健康影響と予防対策に関する国際共同研究

  • 更新日:2006年9月25日

1)研究の概要

本研究では、中国における都市大気汚染として、工場、暖房、自動車の3つの汚染源を特徴とする大都市を調査対象に選び、特に大気中微小粒子(PM10、PM2.5)濃度と粒子中有害成分に注目して、大気汚染の実態と住民の曝露状況及び健康影響を明らかにした。以下のサブテーマの成果をまとめて、都市大気汚染の予防に寄与する提言を行うこととした。

(1) 都市大気汚染濃度の評価−大気中微小粒子濃度と粒径分布−

冬季に都市暖房を行う中国東北地方の対象3都市内に大気汚染高濃度、中濃度、低濃度の3地域を選定し、大気中粉じん(PM10、PM2.5)、1年間に4期(20回程度)のサンプリングを行い年間の大気汚染実態を把握した。

(2) 対象都市住民の大気汚染個人曝露濃度に関する研究

一般の都市住民の生活環境における大気汚染曝露を把握するため、3地域住民各10人(非喫煙者)を対象として暖房期と非暖房期に各7日間、住宅内外のPM10、PM2.5、二酸化硫黄(SO2)、二酸化窒素(NO2)濃度を測定するとともに、対象者に個人サンプラーを携帯させて個人曝露濃度を測定する。これらの濃度と環境濃度との関連を検討した。

(3) 粉じん中有害成分の特徴と健康影響に関する研究

各都市で捕集する粉じん中のPAH(多環芳香族炭化水素)、NPAH(ニトロ多環芳香族炭化水素)を分析し、日本などとの化合物の種類、濃度、組成、季節変動、粒度分布を比較して特徴を明確にする。

(4) 都市大気汚染の学童の呼吸器系に対する影響に関する研究
  1. スパイロメーターによる肺機能変化の評価

    3地域の児童約100名ずつに対して暖房期(11月初〜3月末)をはさんで年間4回にわたり、スパイロメーターを用いて同一児童の1秒率(FEV1)などを継続的に測定することにより、都市暖房に起因する大気汚染濃度の上昇に対応した閉塞性換気障害の有無をとらえた。

  2. 質問票調査による慢性影響評価

    3地域の小学校の児童約500名ずつを対象に、標準化された質問調査票(ATS-DLD -78版にISAAC版の項目を追加)により大気汚染による慢性影響を把握した。

2)研究期間

平成12〜16年度(5年間)

3)研究成果

(1) 都市大気中粒子濃度の季節変動と粒径分布

対象とした瀋陽市、撫順市、鉄嶺市では、非暖房期においてもいずれの測定地点でPM2.5濃度が50μg/m3程度以上と高い濃度であった。都市の中で大気汚染レベルが異なると想定して設定した3地域では、夏季(7月)にはわずかにPM濃度の差が見られたが、暖房期には全地域のPM濃度が上昇し、地域間の違いは全く見られなくなった。

また、4月の非暖房期の測定期間中、瀋陽市や撫順市では黄砂による高濃度が確認された。

撫順市においては、7月においても100μg/m3近いPM2.5濃度が観測されたため、捕集粒子の元素分析を行った結果、工場地帯から排出される煤じんの影響が示唆された。

(2) 3都市住民の生活環境におけるPM曝露

3都市の調査結果から、いずれの都市においても暖房期の屋外PM濃度はPM10、PM2.5とも非常に高濃度になっており、現在中国環境保護総局が公表しているAPIから計算される高濃度汚染が、一般住民の生活環境で実際に起きていることが確認された。

対象都市は、いずれも冬季は日中でも気温が零下となり、夜間は-20度にまで下がる地域であるため、冬季はほとんど窓を閉め切っているが、室内の濃度も屋外に匹敵する高濃度になっていた。

(3) 3都市の大気粉じん中多環芳香族炭化水素及びニトロ多環芳香族炭化水素

ローボリウムアンダセンエアサンプラーを用いて粒径別に捕集した大気粉じんを>7 μm、 7 - 2.1 μm、 <2.1 μmの3段階に分け、9種のPAHを蛍光検出/HPLC法により分析し、10種のNPAHを化学発光検出/HPLC法により分析した。中国の大気粒子中のNPAH分析は初めてであった。

各都市の3地点の捕集地点における9種のPAHの大気体積当り平均濃度和は、瀋陽市397 pmol/m3、撫順市1695 pmol/m3、鉄嶺市401 pmol/m3で、撫順市は他2都市の約5倍であった。大気体積当りの10種NPAHの平均濃度和は、瀋陽市5.1 pmol/m3、撫順市25 pmol/m3、鉄嶺市5.6 pmol/m3で、PAHと同じ傾向が見られた。

大気体積当りPAH、NPAH濃度は3都市とも、冬の暖房期に高く、夏季に低い季節変動が見られた。

3都市の大気粉じん中PAH、NPAHの約80%〜90%は、粒径が7μm以下の粒子に存在し、約55%〜80%(PAH、鉄嶺市)は、ヒトの呼吸器系へ吸入されやすい粒径2.1μm以下の細かい粒子中に存在することがわかった。

石炭燃焼粉じんではPAHに比較し、NPAHの発生量が1/1000程度であり、ディーゼル排気粉じんの1/8程度と大きく異なるため、NPAHとPAHとの組成比は、大気中燃焼由来浮遊粒子状物質の主要発生源を推定する有力な指標となりうることがわかった。

(4) 都市大気汚染の学童の呼吸器系に対する影響

1)中国東北地方における冬季の大気汚染が学童の肺機能に及ぼす影響

中国東北地方3都市における冬季の石炭暖房による大気汚染が児童の肺機能に及ぼす影響を評価するため、同一児童を対象として、暖房期をはさんで年4回の肺機能検査を繰り返して実施し、それぞれの時期における大気中粒子状物質濃度との関連を検討した。その結果、暖房を使用する冬季には全ての都市で大気中粒子状物質濃度が高く、多くの学校でFVC、FEV1.0をはじめとする肺機能指標が非暖房期に比して低下を示した。

粒子状物質の粒径別(TSP、PM7、PM2.1)に検討したところ、3都市を併合した結果ではFVCとFEV1.0はいずれの汚染物質との間にも有意な負の関連が認められ、その程度は閉塞性指標であるFEV1.0のほうが大きかった。10μg/m3増加あたりのFEV1.0変化量はTSP<PM7<PM2.1であり、粒径が小さい粒子ほど肺機能値に与える影響が大きい可能性が示唆された。

石炭暖房に伴って冬季の大気汚染物濃度が増加する中国東北地方の3都市において、大気中の粒子状物質の増加が、小児の肺機能に対して負の影響を及ぼすことが示された。また、粒子状物質の粒径が小さいほど肺機能値に与える影響が大きい可能性が示唆された。観察された影響は比較的小さいが、これらの影響が短期的なものであるのか、長期に及ぶものであるのかは明らかではない。小児の成長に与える影響についてさらに長期的な観察が必要と考えられた。

2)呼吸器症状調査票による慢性影響の評価

都市ごとの呼吸器症状の有症率は、持続性せきについては瀋陽3.2%、撫順5.3%、鉄嶺1.8%、持続性ゼロゼロ・たんについては瀋陽1.8%、撫順3.0%、鉄嶺0.8%、ぜん鳴症状については瀋陽が4.2%、撫順6.6%、鉄嶺1.4%、ぜん息様症状は瀋陽が0.7%、撫順が1.6%、鉄嶺が0.3%で、いずれの有症率も撫順、瀋陽、鉄嶺の順であった。

3都市に設定した調査地域の大気汚染レベルも、ほぼこの順であることから、大気汚染と呼吸器症状との関連性が疑われた。

各呼吸器症状の有無を目的変数とし、都市(瀋陽、撫順、鉄嶺)と家庭内喫煙の有無を共変量とするロジスティック回帰分析を行ったところ、家庭内喫煙の影響はほとんど認められず、都市間での有症率の差が認められていた。特に撫順と鉄嶺との間では各症状ともオッズ比で4〜5程度の値、かつ有意差が認められ有症率に大きな差があることが示唆された。

4)研究実施の背景

現在、中国の大都市における大気汚染は、工場からの煤煙、石炭を使った都市暖房に自動車由来のものが加わり、最も深刻な環境問題の一つとなっている。中国では大気汚染により様々な健康影響が顕在化しているといわれるが、大気汚染の常時監視網の整備も遅れ、大気汚染と健康影響との関連は不明な点が多い。本研究では、中国における都市大気汚染として、工場、暖房、自動車の3つの汚染源を特徴とする大都市を調査対象に選び、特に大気中微小粒子(PM10、PM2.5)濃度と粒子中有害成分に注目して、大気汚染の実態と住民の曝露状況及び健康影響を明らかにし、予防対策に寄与することを目的とした。

5)評価結果の概要

中国での都市大気汚染について精力的に行った調査研究で、現状がよく分かる内容である。国内で培った大気環境及び健康影響評価手法が国外での環境問題にうまく適用されており、また、今後も他の途上国にも適用されることが期待できることから初期の目標は達成されたと評価する。その一方で、方法等についての新規性に乏しい、調査地域が限定されている等の調査研究上の課題の他、大気環境規制制度への波及や対策提言までに至っていない、汚染防止にかかる提言のまとめがないなどの政策貢献上の課題も残されており、さらなる研究発展を期待したい。その際には、過去の日本の四日市での結果と比較検討して、中国における将来変化も追うとよいと考えられる。特に、長期的調査研究、将来予測を含めたまとめ方には期待したいところである。同時に、学術的成果にもつなげて欲しい。

6)対処方針

ご指摘いただいた政策貢献上の課題に関しては、今後本年8月に瀋陽市において対象3都市の研究スタッフをはじめとする現地関係者に対して研究成果報告会を開催し、中国国内への成果の普及と政策提言案について検討し、中国国内の環境政策への反映を要請する予定である。また、研究成果の報告は、英文学術誌と共に中国国内雑誌にも順次発表していきたい。

現在、中国政府も大気汚染対策に力を入れており、重慶や貴陽市など工場由来の大気汚染対策が進んでいる都市もある。東北地方についても暖房用煙突の集約化により年々冬季の汚染濃度が低下しつつあるが、当面高濃度汚染が解消されることはない。研究終了後の本年2月、3月には瀋陽市とともに北京市、上海市、バンコク市において、各市の大学公衆衛生研究者に今回の研究成果を紹介しながら今後の研究方向について検討する機会を得た。新たな課題と共に本研究課題の継続・発展についても検討中である。

なお、四日市における初期の疫学研究で活用された国保レセプトのような既存の疾病データは中国を含む途上国では存在しないためこの手法は適用できないが、標準質問紙による健康状態の断面調査、さらにはコホート研究の継続・普及は、経年的および国際的な比較を行う上で有効であるので具体的に提案していきたい。

今後も良好な研究協力関係を活かして、中国との共同研究の実施と成果の普及を追求したい。