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Ⅰ 重点特別研究プロジェクトの年度評価(平成17年4月)
東アジアの流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理プロジェクト

  • 更新日:2005年6月30日

1)研究の概要

21世紀の日本及び東アジアにおける均衡ある経済発展にとって、森林減少、水質汚濁、水資源枯渇、土壌流出等の自然資源の枯渇・劣化が大きな制約要因となり、こうした問題に対処するためには、環境の基本ユニットである流域圏が持つ受容力を観測し、モデルにより定量化された受容力の脆弱な地域の予測に基づき、環境負荷の減少、保全計画の作定、開発計画の見直し、環境修復技術の適用等の管理を行っていくことが必要である。本プロジェクトは、日本及び東アジアの流域圏が持つ生態系機能(大気との熱・物質交換、植生の保水能力と水循環調節、物質循環と浄化、農業生産と土地利用、海域における物質循環と生物生産など)を総合的に観測・把握し、そのモデル化と予測手法の開発を行うものである。

2)研究期間

平成13〜17年度(5年間)

3)16年度研究成果の概要

  1. 代表的な生態系モデルであるBiome−BGCを、水循環機能、炭素循環機能、農業生産機能の評価モデルに発展させ、その検証を行った。さらに、これを用いて、平成13〜15年のアジア地域における、植物による炭素固定量の空間分布に見られる時間的変化を推定した。
  2. 中国における土砂生産抑止対策である退耕還林(急傾斜地の農耕作地を林に戻す)政策の効果を、降雨流出と土砂生産より構成される土砂動態モデルを用いて検討した。
  3. 植生の季節変化及び表面流・不飽和流・地下水流・河川流間での相互作用を考慮したグリッド型水循環・熱収支モデルを長江支流嘉陵江流域(16万km2)に適用した結果、河川流量・土壌水分量の観測値が良好に再現された。また地下水位の空間分布を推定した結果は、流域の水収支において地下水の影響が無視できないことを示していた。
  4. 平成14年および15年に実施した東シナ海陸棚域における海洋観測結果について解析を進め、季節的な長江流量の変化(洪水時と平水時)による陸棚域水塊構造および生態系構造に及ぼす影響を明らかにした。

4)今後の課題、展望

  1. 流域生態系モデルBiome−BGCを用いて長江流域の農業生産高・化学肥料施肥量・灌漑量が炭素・窒素の流域内動態に及ぼす影響評価を行う。
  2. 長江流域全体の水需要及び汚濁負荷発生インベントリモデルを構築し、汚濁負荷動態プロセスモデルとの結合により、長江流域からの汚濁負荷量の予測精度の向上を図る。
  3. グリッド型の流域管理モデルを用いて、黄河流域の灌漑水量、土壌水分量、葉面積指数(LAI)、蒸発散量、穀物生産量、河川流量、及び地下水位間の関係を明らかにする。
  4. 秋季に東シナ海での航海調査を行い、長江洪水期後の長江起源水の動態を把握する。また過去3ヶ年の航海調査試料の分析・解析を進め、長江流量の季節変化に応じた陸棚域水塊構造の変化、栄養塩の供給動態の変化、藻類種分布に及ぼす影響等の把握を行う。
  5. 複数懸濁物質が高濃度で混在する海域において、MODIS等の衛星搭載光学センサを用いたクロロフィルa、無機懸濁物質および溶存有機物の濃度分布を推定する手法を確立する。

5)評価結果の概要

東アジアの流域圏に起こる広汎な環境問題を解決するため、生態系機能の数理モデル化を進め、個別の課題に関しては重要な知見を得つつあるとの評価を受けた。しかしながら、プロジェクト全体を概観した場合、4つのサブテーマ間の関係性が十分に明らかにされていないこと、個々のモデル化が先行したことにより、流域圏の環境管理として最終年度に向けてどのように収斂していくのか検討が必要との全般的なコメントの他、以下の指摘を受けた。

  1. 生態系機能のモデルに入力するデータの信頼性の保証はどのように考えているのか。
  2. データに基づく最適モデルが将来予想に使えるかについては慎重に検討すべき。
  3. 人間活動のインベントリーを、どの空間スケールで把握し、評価しているのかを示しておくことが、研究成果の全体をまとめる上で有効ではないだろうか。
  4. 大スケールの環境系の場合、管理目的に沿う不確実性の幅の表現が必要ではないか。
  5. 個別の詳細テーマについては、年限内の目標を明確にすることが必要である。
  6. 最終年度を目指して持続可能な環境管理をまとめて提案してほしい。
  7. 合意形成、計画見直しの方法論までを視野に入れた管理を指向すべきであろう。

6)対処方針

  1. 入力データについては、点測定に基づくことによるパラメータの代表性の問題と、文献等公表データの信頼性の問題があり、今後さらに十分な配慮を行う。また、共通分析項目に関するクロスチェックを念入りに行い、日中両国で観測方法、分析方法等についての信頼性を高める努力を行う。
  2. 現状を再現するモデルの開発という目標はほぼ達成されたので、次の段階では将来予測の可能性について、入力条件、パラメータ設定等の吟味を十分に行う。
  3. 平成15年度は重慶からの三峡ダムへの汚濁負荷量算定のためインベントリを作成した。16年度は長江流域への拡張を試みた。本来なら重慶のような長江に沿う大都市を中核として物・情報の流れに歴史性等加味した経済圏をスケールとするインベントリが望ましいと考えられるが、入手可能なデータの制約より省を単位スケールとするインベントリとなった。今後、人間の社会・経済活動の空間スケールと対象とする管理のスケールとの関係についての議論を、プロジェクト内で活発化、深化させる。
  4. 管理においては、要素モデルのシステム化が必須で、システム化すると非線形的な動特性が顕著になり、入力条件の曖昧さによる変動が増幅される場合もある。今後は感度解析などで、出力結果の歪み、変動についても十分に考慮する。
  5. 本プロジェクトの目的の一つは、海洋汚染に対して陸域由来の環境負荷をどのように制御(面源対策、修復等)していくべきかということであるが、長江開発の影響(陸域由来の環境負荷動態)をモニタリング、数理モデルにより再現し、上海沖・東シナ海での海洋調査と連動させることで海洋汚染の実態の理解が進む。また、将来の予測に占める沿岸域の修復技術の特性については、詳細な現地実験の必要性から東京湾等、日本国内に試験地を設定している。個別のサブテーマの進行に応じた形で連携させることを念頭に、最終年度では、三峡ダムを含む流域全体としての洪水防御施策、都市化に伴う水利用変化とそれへの対応策、農業用水管理、河口域浄化機能評価などに関しての検討を行う予定。
  6. 平成17年度の取りまとめに当たっては、4つのサブテーマの関係性を分かり易く提示する努力を行うとともに、持続可能な環境管理の基本となる駆動力(社会経済活動)−圧力−環境応答−対策の4者間に存在する利害得失を描出することを優先したいと考えている。また、個別の環境管理問題については最適な管理方法を提案できるように努力する。
  7. 持続可能という意味では、合意形成論等の社会科学的側面が入っていなければならないのはご指摘の通りである。その基礎となる人間活動と環境との間の利害得失の描出までを達成し、次の段階でご指摘の項目を反映した研究を行いたいと考えている。