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Ⅰ 重点特別研究プロジェクトの年度評価(平成17年4月)
生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト

  • 更新日:2005年6月30日

1)研究の概要

2000年にナイロビで開催された第5回生物多様性条約締結国会議において、生物多様性の保全に向けての「生態系アプローチの原則」が合意され、生物多様性の保全と持続的な利用のために、次のような目標が掲げられた。

  1. 長い進化的歴史の中で育まれた、地域に固有の動植物や生態系などの生物多様性を地域の特性に応じて適切に保全する。
  2. 現存の種や地域個体群に新たな絶滅の恐れが生じないようにするとともに、絶滅の危機に瀕している種の回復をはかる。
  3. 将来世代による利用も見据えて、生物多様性の減少をもたらさない持続可能な方法により土地や自然資源を利用する。

このような背景のもと、このプロジェクトでは、生物多様性減少の多くの原因のなかで、特に主要な要因とされている生息地の破壊・分断化と侵入生物・遺伝子組換え生物に着目し、生物多様性減少のパターン解析とモデルによる演繹的解析により、その機構の解明を行うとともに、その生物多様性減少の防止策と適切な生態系管理方策を講じるための定性的、定量的な科学的知見を得ることを目的とする。

2)研究期間

平成13〜17年度(5年間)

3)16年度研究成果の概要

1. 野生生物の保全地域設定をめざした生息適地分布モデルの開発

これまでほとんど解析に利用されることのなかった環境省の生物多様性情報(トンボ編)から、データの不完全さや不均一性を考慮しつつ種ごとの地理分布を気候・地形・植生被覆である程度説明できるようになった。その結果、過大推定の可能性はあるものの、2次メッシュ単位(10km)での潜在生息種のリストを全国にわたって作ることが可能になった。

ヨシ原に生息する鳥類に関する研究から、ハビタットの連続性や形状の影響が検出され、生息地の縮小にいくつかのパターンがあること、そしてそれが生息確率に異なった影響を与えることがわかってきた。

メダカの生息適地推定から、生息記録だけを用いる(非生息の情報がない)場合でも、ある程度の分布予測ができることがわかった。分布情報の質によって解析手法を選択し、その限界を知りつつ使うことで、情報を有効に利用する道が開けた。

北海道の淡水魚類の生息適地モデルから、淡水魚保護水面のギャップ分析を行い、保護区設定の適正を評価した結果、保護水面が漁業対象魚中心に選ばれていることがわかった。

兵庫県南西部をモデル地区として、これまで、ほとんど不明であったため池の生物群集の分布パターンの特性と人為的影響が明らかになった。こうした生態情報に基づき、ため池の生物多様性を保全するための有効な手法が提示できるになってきた。

2. 侵入生物・遺伝子組替え生物の生態系影響

侵入種データベースはインターネット公開にまで実現できた。ただし、今後の運営管理とデータ拡充の体制作りが課題である。

セイヨウオオマルハナバチおよび外国産クワガタムシについて、在来種との交雑の可能性、寄生生物の随伴導入などの研究成果が広くマスコミにも取り上げられ、一般の侵入種に対する意識向上に大いに貢献できた。さらに行政的対応として外来生物対策法の特定外来生物種選定について研究成果が反映された。

ブラックバス由来推定については、遺伝子ハプロタイプ利用の有効性と不十分な点とがはっきりとしたが、国内定着群の遺伝的な類別が可能であると確認されたことは収穫であった。

遺伝子導入による宿主遺伝子発現への影響をマイクロアレイ法で評価するために、ビタミンCの合成遺伝子が点突然変異により欠失した変異体と、同じ遺伝子をアンチセンス法で抑制した組換え体との遺伝子発現プロファイルを比較したところ、組換え体の方が遺伝子発現パターンに大きな影響が出ることが明らかとなった。

組換え微生物の組換え遺伝子の発現量を評価するために、リアルタイムRT‐PCR法を用いて組換え遺伝子由来のmRNAを定量する手法を開発した。

輸入されている組換え農作物のうち、交雑可能野生種が存在する、ダイズとセイヨウアブラナについて、それらの野外での分布調査を行い一部の国道で除草剤耐性セイヨウアブラナが生育していること確認した。それらの近縁種との交雑を調べるためのDNAマーカーを開発した。

3. 数理モデルによる多種共存メカニズムの分析

ある場所での種の多様性と種の共存メカニズム、種個体群の存続、種の分布範囲それぞれの研究は、本来は密接に関係しているはずだが、なかなか統合されるにはいたっていない。個体ベースのシミュケーションモデルの解析によって、種の競争排除・共存のしかたが、局所的な種の多様性にも、局所個体群の存続にも、さらには個々の種の分布範囲の決り方や気候変動への反応にも密接に関係していることを示すことができた。

食物網の進化動態を、数理モデルを用いて解析し、現実の食性の多様性に類似するパターンを再現できた。このモデルでは、狭食性の分類群が絶滅しやすいとは限らないこと、近縁種間での捕食―被食関係が成立している分類群は多様化しやすいこと、進化的に成立した食物網は撹乱に対して強い回復力を持つことがわかった。

4)今後の課題、展望

1. 野生生物の保全地域設定をめざした生息適地分布モデルの開発

生息適地分布モデルは、現時点では現状記述の段階にある。モデルのパラメータを変化させるには、このような記述的モデルを機構的モデルに発展させてゆく必要がある。それには生物多様性の歴史的な変化の追跡や大規模実験が必要となる。このプロジェクトでは過去の航空写真、地図、ダム工事記録、生物調査情報などを使って土地被覆変化の影響を検討する。

2. 侵入生物・遺伝子組換え生物の生態系影響

侵入種情報の収集を継続して行い、データベースの拡充を図る。重要侵入種をリストアップし、それらの種の分布域における生物多様性の実態および植生・土地利用状況・侵入種の導入量・人為移送経路などの情報収集を行い、侵入種拡大の環境要因を解析する。これらの生態学的データおよび環境要素データに基づき、侵入種の分布拡大機構をモデル解析する。

セイヨウオオマルハナバチについて、特に野生化が進行していると思われる北海道鵡川町を中心に外来種・在来種マルハナバチ野生個体を採集し、野外において生殖攪乱が起きているかを女王体内の受精嚢内精子のDNA分析によって評価する。

輸入されている組換え作物が環境中にどの程度広がっているのか、実態調査を継続する。次期中期計画において遺伝子組換えナタネと在来野生種との間の遺伝子流動を解析する目的で、Brassica属の個体群を解析するためのDNAマーカーを開発する。組換え微生物の環境中での生残性に影響を及ぼす因子について検討する。

3. 数理モデルによる多種共存メカニズムの分析

森林のなかでは、長年にわたり蓄積した稚樹の集団が見られ、このような稚樹集団の存在と多種の共存のしやすさとの関係を個体ベースモデルにより解析する。また、局所的な種個体群の存続・共存プロセスを、環境勾配上での種の分布範囲の動態へスケールアップする。

個別の種に加わった撹乱が、どのようなメカニズムで連鎖的な絶滅を引き起こすのかについての解析を行う。

5)評価結果の概要

生物多様性の維持と減少のメカニズムに関する研究を、群集、侵入生物、組換え遺伝子、多様性のモデルの4つの面から遂行しており、成果をあげているとの評価を受けた。一方、次のような指摘を受けた。

  1. 生物多様性とは何か、その価値は何を明確にしていく必要がある。
  2. 生物の種を全て確保するための保護区選定との問題のたてかたを検討する必要があるのではないか。保護区をつくればよいというものではないし、地域集団、空間単位の大きさの決め方に、より科学的根拠が求められるのではないか。
  3. 生態系管理の方策などを作業仮説として、その結果がどうなるのかといった論理の組み立てがほしい。

6)対処方針

  1. 生物多様性の価値は、生物多様性条約にもあるように直接利用価値、間接利用価値、オプション価値、存在価値の4種類が考えられる。生態系機能における生物多様性の役割を評価しようとすることは間接利用価値を基準に評価していることになる。このプロジェクトではオプション価値や存在価値を基準にしているため、どこに何が分布しているのか、あるいは分布可能なのかを推定するモデル作りが目標になっている。
  2. ここで示した手法は、絶滅種を特定の地域から出さないという目標を置いたときに、その中の最重要地点を抽出するためのものである。生物はある種がどこかにいればよいというメッセージに誤解されないようにしたい。すでに保全地区として指定されている場所が適切かどうかを、生物の分布から検討する解析(ギャップ分析)の手法ともいえる。選定された場所の中のどこをどう管理するかは次の段階の問題で、選定しただけでは保全できないことはご指摘のとおりである。この手法を適用する地域は任意に選べるので、どのくらいの大きさの地域を対象にすべきかが次の検討課題である。
  3. このプロジェクトで解決しようとしている問題のひとつは、これまでのフィールド調査によって得られる生物の情報が狭い(ほとんど点に近い)空間に限られ、広域に拡張することが困難だった点である。まばらな、偏りの大きい生息情報をモデル化し、地図化することは、種の分布や生態系機能の空間的な構造およびその変化を知るために必要なプロセスである。現時点では記述モデルの段階にあり、しかもモデルの信頼性はデータの量と質に依存する。このような記述モデルを、生物多様性の変化の追跡や実験によって、個々の要因の効果を評価する機構論的なモデルに発展させてゆく必要がある。それができてはじめて、人間活動の結果として生じるランドスケープや生息場所の変化が生物に与える影響を予測できるようになるはずである。侵入生物や遺伝子組換え生物の分布拡大や在来生物への影響も、同様に地図上に表現することを目標にしている。