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重点特別研究プロジェクトの年度評価(平成16年4月)
東アジアの流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理プロジェクト

  • 更新日:2004年7月22日

1)研究の概要

21世紀の日本及び東アジアにおける均衡ある経済発展にとって、森林減少、水質汚濁、水資源枯渇、土壌流出等の自然資源の枯渇・劣化が大きな制約要因となり、こうした問題に対処するためには、環境の基本ユニットである流域圏が持つ受容力を観測し、モデルにより定量化された受容力の脆弱な地域の予測に基づき、環境負荷の減少、保全計画の作定、開発計画の見直し、環境修復技術の適用等の管理を行っていくことが必要である。

本プロジェクトは、日本及び東アジアの流域圏が持つ生態系機能(大気との熱・物質交換、植生の保水能力と水循環調節、物質循環と浄化、農業生産と土地利用、海域物質循環と生物生産など)を総合的に観測・把握し、そのモデル化と予測手法の開発を行うものである。

2)研究期間

平成13〜17年度(5年間)

3)平成15年度研究成果の概要

  1. 5つの生態機能観測点の地上観測データを用いて、そこでの水文過程、純一次生産性等を解析、 MODIS高次プロダクトの検証に供し一部の画像処理アルゴリズムを改善した。
  2. 長江上流域の重慶市(人口約1500万人)を対象とした水需要及び汚濁負荷発生インベントリモデルの開発し、農林水産業部門由来の負荷が非常に大きいことを推定した。
  3. 1998年の出水状況を条件として、三峡ダムからの一定放流量を仮定した中流域での河川水位・流量の模擬結果は、洪水調節用量を越える程度にまでダム放流量を小さくしないと、中流域の治水安全度を十分に高めることは難しいことを示唆していた。
  4. 平成15年夏期、東シナ海陸棚で海洋観測を実施し、陸棚上の密度躍層付近で広範囲に観測された高濃度のクロロフィルに、長江希釈水起源の海水の関与が示唆された。
  5. 海域への陸域由来の汚濁負荷インベントリ推定手法及び雨天時下水道排出量予測モデルを開発し、下水処理場、東京湾河口域で検証用データの取得を行い、出水時に極めて早い時間で汚濁濃度が上昇し、沖合での栄養塩の総量が増加することが認められた。

4)今後の課題、展望

  1. 流域生態系モデルに熱・炭素循環モデルを組み込むことで、流域の水資源量、炭素と窒素の固定量及び植物や作物生産量などを予測する手法を開発する。
  2. 長江流域全体の水需要及び汚濁負荷発生インベントリモデルを構築し、汚濁負荷動態プロセスモデルとの結合により、長江流域からの汚濁負荷量の予測精度の向上を図る。
  3. 黄河流域を対象とした半乾燥帯対応型のグリッド型の流域管理モデルを開発し、長江流域も含む華北〜華中平原における水資源開発の影響評価に展開する。
  4. 東シナ海の有光層における藻類維持機構について航海調査等を通じて把握する。
  5. 干潟等の底生生物による浄化能を含む浅海域の機能評価を海域環境管理に展開する。
  6. 東京湾域で降雨増水時の現地観測を行い、汚濁物質の詳細な時空間分布を把握する。
  7. 中国環境与発展国際合作委員会流域環境部会で、本研究に基づく持続可能な流域管理・施策についての情報発信を行う。

5)研究予算額

  • 平成13年度:413,000,000円
  • 平成14年度:477,000,000円
  • 平成15年度:413,000,000円

6)評価者意見の概要

生態系と人間活動が複雑に交錯する流域圏に起こる様々な環境問題の解決のため、衛星モニタリング及び地上観測体制の整備、統合型流域圏モデルによる政策対応型シミュレーション、国際的共同研究体制の構築等、長江流域圏を主な対象として総合的な研究を着実に進めているとの高い評価を受けた。一方、以下の指摘を受けた。

  1. 森林、プランクトン以外の生態系構成要素についても検討が行われているか。
  2. 生態系の素過程のモデル化および精度向上については今後も検討するべきである。
  3. 中国側による精力的な長江河口域の観測結果を取込み、重複を避ける必要性がある。
  4. 三峡ダムによる効果と流域環境変化とを混同した議論は避ける必要があり、流域管理システムとしての有効性が本当に示されているか?
  5. 中国の巨大な人口の食糧自給体制を維持する農業や経済活動に起因する環境負荷が、東シナ海の漁業生産力にまで負の影響を与える恐れがあるという予想に異論はないが、環境を守るために輸入に頼っても本質的解決にはならない。この事情を考えに入れた総合考察を望む。
  6. 研究体制として、社会科学や政策科学の人が必要ではないか。
  7. 平成17年度以降は緊急課題の沿岸域環境管理手法の研究に集中すべきではないか。

7)意見の反映

  1. 水循環および水資源利用面において重要な役割を果たす農業用水の管理の観点から、生態系構成要素としての小麦の生産モデルを開発し、華北平原の地下水低下抑止可能な灌漑用水の利用法についての検討も行った。今後も持続的水資源利用と関係の深い生態系構成要素を抽出して検討を行う予定である。
  2. モデルの精度向上のために必須の精度の高い入力データと検証データの収集にさらに力を入れる。機構モデルについては取得可能な入力データと要求される出力精度を考慮して、例えば水文モデルでは詳細モデルからマクロモデルの開発を行ってきた。今後も時間空間スケールを考慮して、最も適切なモデル化を目指す予定である。
  3. 限られた研究資源を有効に活用する上で、重複する内容については中国側共同研究機関とともに効率的に実施したいと考えている。ただし、中国による東シナ海陸棚域環境調査は比較的少なく、陸棚域環境に及ぼす長江河口域環境変化の効果という観点を軸として観測研究を進めていく予定である。
  4. 本研究の目的の一つは開発と環境保全というトレードオフの構図を浮彫りにすることで、そのためには、まず開発に伴う便益と流域変化を抽出することが必要である。今回は三峡ダムの開発目的の一つである洪水制御効果の有効性の検討をし、治水安全度を高めるためには流域生態系機能の保全・修復が必要であることを指摘した。さらに、三峡ダム堆砂問題への対応策である上流域での土砂生産抑止政策(退耕還林)の検討では、新規植林面積と農業生産量減少等との関係に基づいて、有効な対策と判断される領域特定の難しさを指摘した。施策効果の限界と流域全体での対応の必要性を記述できたことは管理システムとして働いていることを示していると考えられる。
  5. 2030年の16億の人口ピーク時に向けて食糧完全自給を達成するための環境への圧力は極めて大きくなると予想される。農水産業等による資源と社会の持続性の検討を行う枠組みを作ることが本研究の目的の一つであり、社会構造変化・土地利用変化・エネルギー需給変化・水資源利用等の様々な要素の変化(社会経済シナリオ)が取り込み可能な総合的なモデルの開発が、現時点で優先すべきと考えられる。輸入に依存しない自給体制構築の可能性は、枠組み完成後の検討課題としたい。
  6. 経済ファクターによる水資源・汚濁負荷発生インベントリの開発をすでに進めており、今後は併せて政策シナリオを導入したシステムについても検討を行う予定である。
  7. 沿岸域環境管理モデルの枠組みはすでに整備しつつあるが、陸域からの影響の量的・質的な把握が不十分であり、浅海域が有する浄化能が十分に定量化できていないという2つの問題が残っている。平成16年度はこの問題をさらに検討し、平成17年度以降の陸域−沿岸域の環境管理モデルの統合化に反映させて行く予定である。