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重点特別研究プロジェクトの年度評価(平成16年4月)
生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト

  • 更新日:2004年7月22日

1)研究の概要

2000年にナイロビで開催された第5回生物多様性条約締結国会議において、生物的多様性の保全に向けての「生態系アプローチの原則」が合意され、生物多様性の保全と持続的な利用のために、次のような目標が掲げられた。

  1. 長い進化的歴史の中で育まれた、地域に固有の動植物や生態系などの生物多様性を地域の特性に応じて適切に保全する。
  2. 現存の種や地域個体群に新たな絶滅の恐れが生じないようにするとともに、絶滅の危機に瀕している種の回復をはかる。
  3. 将来世代による利用も見据えて,生物多様性の減少をもたらさない持続可能な方法により土地や自然資源を利用する。

このような背景のもと、このプロジェクトでは、生物多様性減少の多くの原因のなかで、特に主要な要因とされている生息地の破壊・分断化と侵入生物・遺伝子組換え生物に着目し、生物多様性減少のパターン解析とモデルによる演繹的解析により、その機構の解明を行うとともに、その防止策並びに適切な生態系管理方策を講じるための定性的、定量的な科学的知見を得ることを目的とする。

2)研究期間

平成13〜17年度(5年間)

3)平成15年度研究成果の概要

  1. 流域ランドスケープにおいて多様な生物種が生存するために好適なハビタットを評価するモデル開発で大きな成果をあげることができた。最も重要な分布減少要因は土地利用の変化であり、その効果を評価できるモデルとして活用できると思われる。
  2. 侵入昆虫種(クワガタムシ)での実態解明で大きな成果が得られている。15年度は東南アジア産クワガタムシと日本のクワガタムシの種間交雑が容易に生じることが解明され、ペットクワガタが放逐されたときの遺伝的浸食の可能性が明らかになった。
  3. 遺伝子組換え生物の野生種への遺伝子移行がダイズとツルマメの間で明らかになり、より詳細な圃場実験が必要となった。組換え遺伝子の導入により、それまで発現していなかった寄主の遺伝子が発現する、あるいは発現していた遺伝子が発現しなくなる現象にかなり一般性があることがわかってきた。
  4. 遺伝子マーカーを持つ微生物を1個体レベルで検出できる手法を開発し、屋外での遺伝子組み換え微生物の追跡に利用できるようになった。
  5. 森林の樹木の多種共存メカニズム解明のためのモデル開発で大きな成果があった。このモデルの検証のために、現場調査を開始した。

4)今後の課題、展望

(1)野生生物の保全地域設定をめざした生息適地分布モデルの開発
  • 蓄積された分布情報を用いて、動物分類群ごとに置換不能度を計算し、国内の重要地点を抽出する。また、動物地理学的区分と、保全を目的とした地理区分との比較検討を行う。
  • 流域スケールで開発した生息適地を評価するモデルをもとに、流域全体の生物多様性を保全することを目標とするモデルへと発展させる。
  • 北海道の河川形状の大正時代から現在までの変遷とその淡水魚類への影響解析を進め、生物多様性の減少を招いた景観要因の解析を行う。
  • ため池の調査データの解析から、現在のため池の生物多様性を決定している幾つか重要なパラメタの特定ができたので、具体的なため池の保全地区の設定手法の開発を行う。
(2)侵入生物・遺伝子組換え生物の生態系影響
  • 侵入生物の実態解明でえられた成果をもとに、生態リスク評価手法を開発する。そのために、上記で開発した生息適地分布モデルを適用する。
  • 侵入種の分布拡大パターンの解析を行う。関東地方の衛星写真などから西洋ナタネが栽培されている場所をいくつか特定し、周辺地域への侵入状況を調べるとともに、遺伝子組換えナタネの野外拡散の実態を調査する。
  • 組換えダイズとツルマメの遺伝子移行に関する圃場実験を継続して行う。
  • 環境中での標的微生物の機能を解析するためにmRNAのモニタリング手法の開発を行う。
(3)数理モデルによる多種共存メカニズムの分析
  • 森林の樹木の多種共存メカニズム解明のために開発したモデルをベースに、現場調査でのモデルの検証を行う。
  • 生物多様性変動機構解明のための食物網モデルの更なる解析を進める。

5)研究予算額

  • 平成13年度:113,000,000円
  • 平成14年度:95,000,000円
  • 平成15年度:159,000,000円

6)評価者意見の概要

いろいろな生物について多様なスケールでの分布マップを作成しつつあることは研究目標に向けて着実に研究が進んでいることを示しているとの評価を受けた。一方、次のような指摘やコメントを受けた。

  1. 生態系の機能を担うコンポーネントとしての生物多様性の研究が不足しており、それらをつなぐ理論的研究や生物多様性の概念整理が遅れている。
  2. 保全の定義、保全すべき場所を決めるための空間単位の大きさについての社会的合意がない。
  3. 外来種とGMの生態リスクについてはもっと社会に成果をアピールすべきである。
  4. 生物多様性の減少予測に化学物質などの影響は考慮しないのか。

7)意見の反映

  1. 生物多様性の維持が生態系の保全によって可能となることは明らかである。そのために、多種類の生態系の維持が重要であることが指摘したい点である。このプロジェクトでは、生物多様性を種の空間的な分布の重なりと捉えることを基本理念としている。そのためにはいくつかの段階の空間スケールでの分布地図、脆弱性地図など、保全の目的に合わせた地図を作ることが基本である。しかし、生物分布情報はきわめてまばらであることが多く、そのような状況でも地図が作成可能となる手法を開発することをひとつの中心課題としている。生物多様性研究に関して「ある地域にどれだけ多くの種が共存しているか、多くの種が共存することによって、生態系あるいは人間がどのような恩恵を得ているかを知ることが重要」という捉え方をする人が多い。たしかに、これは生物多様性のもつ性質の一面ではあるが、生物が多様である最大の原因は「異なった地域に、それぞれ特徴的な生物が存在すること」にあることを忘れてはならない。このプロジェクトでは、後者の考え方を強調することに主眼を置こうとしている。
  2. 保全の定義、保全すべき場所を決めるための空間単位の大きさについては合意がないという指摘はそのとおりである。これには社会的な要因も大きく関与するが、このプロジェクトの狙いの一つは、先ず目的に応じた適切な空間単位を検討することにあり、こうした面での知見を蓄積していきたい。
  3. 外来種とGMに関してもっと成果をアピールすべきであるとの指摘については、一面ではその通りであるが、環境研の影響力の大きさを考えると慎重な発言をせざるを得ない。確実な部分だけを公表しているので、確度の高い結論をもっと多く公表するようにしたい。
  4. 生物分布を変える人為影響には土地利用、侵入生物、化学物質、温暖化等が考えられ、化学物質、温暖化の影響を無視してよいということではない。ただし、このプロジェクトでは種の絶滅要因として最も重要と考えられている土地利用、侵入生物の影響に絞って評価してゆきたい。