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特別研究平成14年度終了課題の事後評価(平成15年11月)
海域の油汚染に対する環境修復のためのバイオレメディエーション技術と生態系影響評価手法の開発に関する研究

  • 更新日:2003年6月30日

1)研究の概要

本研究では、海岸に漂着した石油などの除去技術としてバイオレメディエーション技術に着目し、その有効性と安全性を評価する手法の開発を実施してきた。石油バイオレメディエーションの有効性に関しては、室内実験系、すなわち、石油とその分解菌だけからなる単純な閉鎖系における検討において、窒素・リン等の栄養塩添加による分解促進効果が確認されていた。しかし、実際に漂着油で汚染された現場は事情が大きく異なり、開放形であって、石油分解微生物以外の多種多様な生物が生息する。実海域である現場にこの手法を適用するためには、その有効性と影響評価について検討する必要があり、適用に先立ち、現場での小規模実証実験が必要であると考えられた。そのために、兵庫県の日本海沿岸部と種子島の太平洋沿岸部に実証実験場を設置し、流出油バイオレメディエーション技術の現場における有効性と安全性につき、その評価技術の開発を目標に研究を遂行した。

2)研究期間

平成10〜14年度(5年間)

3)研究成果

石油で汚染された砂礫と栄養塩供給のための肥料を混合したものを海岸部に埋設し、定期的にその一部分を採取して石油の分解過程を評価した。試験現場として、日本海沿岸部(兵庫県香住町)、および、太平洋海岸(種子島東岸部)の二箇所にて、小規模の石油バイオレメディエーション実験を行い、以下の知見を得た。

  • ・アルカン類、ナフタレンなどの石油に含まれる典型的な飽和・芳香族炭化水素化合物については、その微生物分解に肥料添加による有意な促進効果が見られた。また、石油の被汚染担体からの物理的剥離も含めた石油除去量全体に関して、肥料非添加区と比較して肥料添加区では除去量が大幅に増加していた。
  • 石油除去の収支を算出したところ、実質上の微生物による分解の寄与率が肥料添加区で約2 割であり、剥離に伴う物理的除去が4〜6 割程度と考えられた。
  • 硝酸、アンモニア、尿素といった異なる窒素形態を有する肥料の添加効果を比較したところ、無機態窒素(硝酸、アンモニア)よりは有機態窒素(尿素・架橋型尿素)の方が高い石油分解、および物理的剥離促進効果を有することが示された。
  • 干満差の小さい日本海沿岸部より潮汐の大きい太平洋沿岸部の方が、石油の分解活性が高く、特にアルカン類に対してその差が顕著であった。
  • 肥料添加による石油分解の活性化は微生物群集の多様性の低下(すなわち、特定菌の優占化)を伴うことが明らかになった。肥料添加実験中は多様性が低下したが、時間が経つにつれ復帰し、結果的には栄養塩添加区と非添加区とでは、微生物群集組成は相似したものとなった。
  • 幾つかの代表的な炭化水素化合物酸化酵素の遺伝子量は、肥料添加により大幅に増加した。
  • 肥料の添加による海産甲殻類(端脚類)、珪藻に対する悪影響は見られなかった。また底生生物に対する影響評価を検討するために行った室内実験の結果、流出油の影響は、毒性よりも生息空間の物理的閉塞の寄与が大きいこと、また、多毛類が存在する系では、存在しない系と比較して、系内の細菌数と重油成分の分解活性が高いことが判り、底生生物による石油浄化能への間接的な寄与が示された。

4)研究予算額

  • 総額:136,000,000円

5)研究実施の背景

1997年に日本海でナホトカ号による重油流出事故が発生して以来、その後も内外において、規模の大小はあるものの、断続的に海洋流出油事故が発生している。流出油で汚染された海岸を浄化するために、汲み取り5や掘削のような物理的手法や薬剤を用いる化学的手法が適用されてきた。これらに加えて、近年、汚染現場に生息する石油を分解する微生物を活用した原位置での環境修復法、いわゆるバイオレメディエーション技術の適用が討されてきている。石油の微生物分解にとって一般的な油汚染海域では窒素・リン等の栄養塩が不足している。海洋流出油のバイオレメディエーションの場合、これら栄養塩を外部から付与する手法が主にとられててきている。しかし、我が国での汚染現場における本手法の実施例は僅少で、学術・公的機関により公正に評価された事例はほとんど皆無であった。

6)評価結果の概要

小規模ながら実海域における現場試験において、外部からの栄養塩付与による微生物による石油分解の促進効果が見られたことから、従来の室内実験にとどまらず、一定の進捗が有ったとの評価を受けた。しかし、同時に、実際の流出油漂着現場の浄化に今回得られた成果を適用にするには至らないとの指摘を受けた。また、生態影響についても興味深い知見は得られているが、研究全体から見れば、もう少し踏み込んだ検討と解析、並びに考察がなされるべきであるという指摘を受けた。総じて、海域における流出油のバイオレメディエーション実用のためには、さらに一歩踏み込んだ説得力を有する成果が今後期待されるとの評を受けた。

7)対処方針

本研究では、流出油バイオレメディエーション技術そのものの開発ではなく、その有効性・安全性の評価手法の開発を目指して、主に現場試験の必要性を明示してきた。これまで得られた結果の解析に関しては、石油分解の反応定数を算出し、肥料添加による石油分解に要する時間短縮効果を評価できるようにする。実海域における栄養塩の拡散についても、モデル現場海域において、想定漂着油分解に必要な栄養塩を付与した場合の海水中の濃度と保持時間を見積もることで、ある程度の生態影響評価が可能であると思われる。今後、不幸にして流出油事故が発生し、バイオレメディエーション技術を適用するためには、本研究で得られた知見を踏まえ、より大規模な現場試験の実施が必要であると思われる。しかし、現時点では、より大量の石油、肥料を添加する現場試験を実施することに関し、我が国で現場海域周辺各機関の理解を得ることは実質的に困難であると思われる。