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特別研究平成15年度新規提案課題の事前評価(平成14年12月)
有害化学物質情報の生体内高次メモリー機能の解明とそれに基づくリスク評価手法の開発に関する研究

  • 更新日:2003年6月30日

1)研究の概要

低濃度の揮発性化学物質による脳神経系と免疫系及びその相互作用への影響について、化学物質そのものの蓄積による影響よりも化学物質の情報の蓄積による攪乱作用という視点で検討する。脳神経系については、主に海馬を中心とした大脳辺縁系のネットワークに焦点を当て、また、免疫系についてはリンパ球でのメモリー機能に焦点を当て、揮発性化学物質の種類、実験動物の遺伝的形質、週令などの要因について調べる。つぎに、その結果をもとにリンパ球欠損マウスや海馬破壊マウスを用いて脳神経―免疫相互作用におけるメモリー機能について化学物質曝露の影響を解析する。さらに、そのメモリーの誘導に関与する情報伝達系の因子を探索し、化学物質の体内での動態と合わせてヒトでの影響評価に有用な指標の選択、新たな開発を試みる。

2)研究期間

平成15〜17年度(3年間)

3)研究計画

1. 脳神経のメモリー機能に及ぼす影響に関する研究
  • (平成15年度)
    化学物質の鼻部への低濃度曝露により大脳辺縁系ネットワークにおいて変動する分子生物学的指標、電気生理学的指標について検討する。また、化学物質のにおい認識に関するモデル実験系を確立する。
  • (平成16年度)
    15年度と同様な指標で免疫欠損マウスにおける化学物質曝露の影響を明らかにする。また、におい認識モデルで化学物質に対する嗅覚閾値について検討する。
  • (平成17年度)
    それまでの研究で得られた脳神経系における鋭敏な指標を用いて、全身的な影響の指標としての有用性について化学物質の全身曝露により検討する。
2. 免疫メモリー機能に及ぼす影響に関する研究
  • (平成15年度)
    揮発性化学物質の低濃度曝露による化学物質に特異的な反応(リンパ球増殖反応、情報伝達因子の産生、抗体産生)の増強について検討する。また、抗原を投与して免疫系を活性化したときの化学物質特異的な反応についても検討する。
  • (平成16年度)
    脳神経―免疫相互作用における化学物質の影響について明らかにするために、海馬破壊マウスを用いて 揮発性化学物質の低濃度曝露を行い、免疫メモリー機能の変動について検討する。
  • (平成17年度)
    低濃度の化学物質曝露を行い脳神経―免疫相互作用を中心として変動がみられた指標について血液中での測定を行い、影響指標としての有用性を検討する
3. 体内動態評価に関する研究
  • (平成15年度)
    動物実験と平行して、まず、神経系などに影響を与える化学物質の動態に関する文献調査および過敏症患者の居住環境等の基礎調査を行い、被検化学物質の絞込みを行う。生体内での代謝測定に関する予備的検討を行う。
  • (平成16年度)
    他のグループの研究成果及び化学物質の曝露様式とを関連づけながら血液、脳内での動態(濃度)について高感度化学分析法により解析する。
  • (平成17年度)
    低濃度の化学物質で曝露したマウスの同一個体で、脳神経機能、免疫機能と化学物質動態とを調べ、相互の関連や影響指標について総合的に検討する。

4)研究予算額

  • 総額 60,000,000円

5)研究実施の背景

環境中に存在する極微量の化学物質を吸入することにより脳神経系や免疫系が変調をきたし、生体の恒常性になんらかの影響をもたらしている可能性が示唆されている。実際、化学物質過敏症は急激な化学物質の氾濫とともに増加していると考えられている疾患であるが、医療関係者における統一された見解は示されていないのが現状である。アルツハイマー病や痴呆症などの脳に関連する疾患やうつ病の増加、また子供の脳神経系の発達障害と化学物質とのかかわりを危惧する報告書もあり、低濃度揮発性化学物質の影響解明は緊急の社会的課題と考えられる。

ニッケルやクロムなどの低分子化学物質に対して接触性の皮膚炎などの症状が現れることは、免疫応答が誘導され化学物質という情報に対して免疫メモリー機能が働くことを意味している。しかしながら、免疫毒性学的には化学物質に対するメモリー機構についてほとんど明らかになっていない。これまでに明らかになっていることはあくまでも免疫機能に関与する細胞への障害作用であって、免疫応答における有害化学物質の認識や記憶機能についてはほとんど報告がみられない。脳神経の分野においても同様で、記憶・学習などの高次メモリー機能に対して化学物質が影響を及ぼすという研究のみであり、化学物質に対する記憶が誘導されているか、その記憶が新たな症状を引き起こすか否かはまったく明らかでない。

6)評価結果の概要

本研究課題の内容は、新たな視点から低濃度の化学物質の健康影響をとらえようと意図しており、推し進めるべき社会的ニーズの高い課題であるとの評価を得た。一方で、化学物質過敏症の解明を意図して研究を推進することへの危惧感、環境問題としての位置付け、研究体制についての指摘がなされた。

7)対処方針

有害化学物質が関係すると考えられる社会的課題をより基礎的なレベルで解決に近づけようと考えている。本研究は、個人差が認められている化学物質過敏症の実態解明をめざしているのではなく、低濃度の化学物質曝露の脳神経機能、免疫機能の相互作用への影響についてメモリー機能という視点で明らかにして新たなエンドポイントを見出すことを目的としている。そこから得られた結果をもとにヒト集団でのリスク評価につながる手法の開発までを考えており、このことにより、化学物質による環境問題の解決に貢献していきたい。研究に使用する化学物質の選択や低曝露量の設定には、最近の個人曝露濃度調査、新たな文献調査やWHOガイドライン値・室内濃度指針値を決めた資料を参考にする予定。コメントを参考に、臨床医とも連携をとり、研究体制を整備していきたい。