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事後評価(平成12年4月)
石炭燃焼に伴う大気汚染による健康影響と疾病予防に関する研究(石炭燃焼に伴う屋内フッ素汚染による健康影響と予防医学的対応に関する研究)

  • 更新日:2000年12月1日

1)研究の概要

中国における石炭燃焼に由来するフッ素汚染は、特に家屋内での石炭燃焼による人の暴露が顕著で、その発生規模において他に類を見ない程の被害を起こしていると見られた。このため、事前調査も含め1994年より5年計画で、中国予防医学科学院環境衛生・衛生工程研究所と共同で、石炭燃焼に由来する屋内フッ素汚染の調査と健康影響に関する研究を実施した。X線写真等を用いたフッ素症患者診断基準を確立した後、3ヶ所の地域(非汚染地として江西省南昌市湾里区、中等度汚染地として貴州省黔南自治州龍里県、重度汚染地として四川省培陵地区苗族士家族自治県)を選定して、現地調査を実施し、屋内フッ素汚染による健康影響を調査した。

2)研究期間

平成6〜10年度(5年間)

3)研究成果

調査地域では飲料水中のフッ素濃度は低く、フッ素摂取源は石炭燃焼に由来する汚染された室内大気及び食品が主であることが明らかとなった。

調査したフッ素汚染地域では、穀物収穫後の湿気と冬季低温に対して、天井でトウモロコシ等の穀物が貯蔵されている。家庭燃料としての石炭使用により発生するフッ素(化合物)は、貯蔵されている食品等に吸着し、一度吸着したフッ素は水洗浄では一部しか除去されず、そのような地域でのフッ素摂取量は極端に高い状況にあることが明らかとなった。

尿中のフッ素濃度は、暴露の良い指標であるが、その分析結果においても、非汚染地は日本人のそれとほぼ同じ低レベルにあり、中等度及び重度汚染地では極めて高い濃度を示した。

三地域の小・中学生の歯の症状に関して調査した結果では、非汚染地ではほとんどが正常であったのに対し、中等度汚染地では正常な児童・生徒は18.1%にすぎず、軽度、中等度、重度の歯牙フッ素症に関してほぼ同程度の罹患が見られた。更に、重度汚染地では正常な児童・生徒は0.5%にすぎず、重度の罹患者は72.7%に及び、フッ素の高濃度汚染が存在していることが明らかとなった。歯牙フッ素症は歯の形成期(胎生期〜10歳、すなわち永久歯に生え変わる以前)にフッ素に汚染されると発生するが、重度汚染地では親子とも中等度から重度の罹患であるのに対し、中等度汚染地では子供の方が両親より重度である組み合わせが多く、近年になってフッ素暴露が拡大した可能性を示していた。

また、住民の骨X線写真による診断によれば、重度汚染地では受診者の84%、中等度汚染地でも51%に重症の骨フッ素症を認めた。

重度汚染地では歯牙フッ素症の罹患度と骨フッ素症の症状はほとんどの症例で一致したが、中等度汚染地では骨が重症であるのに歯は変化がないか、あっても軽度の人が少なからず存在し、この結果は中等度汚染地においては、住民の歯が永久歯に生え替わった以降にフッ素に汚染されたことが考えられた。

フッ素摂取の一部は室内大気の吸入によっても発生していることから、フッ素吸入の肺への影響を動物実験により検討した。フッ素高濃度暴露群において肺の殺菌活性が低下するとともに、肺胞−血管関門の透過性や肺胞域の細胞への影響が見られ、またマクロファージや骨芽細胞を用いた細胞障害性試験では、フッ素添加によってDNAの断片化により、細胞の死亡率が著しく上昇することが判明し、免疫系や骨形成に影響することが示唆された。今後これらの知見を高濃度のフッ素汚染の影響評価に活用することが考えられた。

中国においてフッ素含量の高い石炭の燃焼による室内汚染により、1,817万人が歯牙フッ素症、146万人が骨フッ素症に罹患していると報告されているが、排煙設備の設置による室内汚染の低減化や非汚染食品への転換等の予防医学的対策が有効であることが明らかとなった。

4)研究予算額

  • 総額約125,000,000円

5)研究実施の背景

開発途上国においても高度な経済社会、安定した生活の実現を目指すエネルギー利用の増大が、その影響を環境問題として顕在化させている。世界人口の21%、12億7千万人の人口を抱える中国においては、工業生産と火力発電用に加え、屋内暖房、調理用熱源としての民生用にも多量の石炭が使用されている。石炭の中にフッ素は通常数百ppmから数千ppm含まれており、フッ素含量の高い石炭を使用する地域も少なくない。このため中国の広範囲な地域でフッ素化合物による大気汚染が起こっている。現在約2000万人が石炭燃焼に伴うフッ素大気汚染の影響を受けているという推定がされており、中国の近代化に伴う石炭使用量の増大の中で、フッ素に着目して研究を行ったものである。

6)評価結果の概要

中国というフィールドでの研究の困難さにもかかわらず、日中共同研究として、石炭由来の屋内フッ素汚染の実態を把握し、対策の必要性を強く認識させたという点で一部に高い評価を受けた。一方で、 研究内容を正確に表現した課題名とすべき、プロジェクトの中で毒性学的アプローチの位置づけを明かにすべき、自然由来と人為由来のフッ素汚染の区別を明確にしフッ素の化学形態や吸収率について検討すべき、食品防染方法や排煙によるリスク評価の研究を行うべき、屋内環境改善のためのプログラムの提案などフッ素症予防のための対策を具体的に提示すべき、中間段階での評価を行うべきであったとの指摘を受けた。

7)対処方針

フィージビリティ研究に基づき、本研究はフッ素大気汚染の実態解明を目指したものであったが、研究内容と研究課題との対応関係を明確にするため副題として「石炭燃焼に伴う屋内フッ素汚染による健康影響と予防医学的対応に関する研究」を加えた。

フッ素汚染地域の屋内空気は、高濃度のフッ素で汚染されていることも考えられるため、肺からのフッ素の吸入、蓄積、排泄及び、肺への影響を実験動物を用いた吸入暴露試験を行って検討した。これは直ちに疫学的な調査と結びついたものではなかったが、有益な知見も得られており、今後のフッ素汚染研究の上で役立つと考えられる。

また、現地における調査研究の目的の一つはフッ素汚染源を確定することであったが、いずれの調査地でも自然由来とされる飲料水フッ素濃度は低く(0.29±0.22 mg/l)、国内の本研究所付近の水道水フッ素濃度(0.16±0.011 mg/l)と大差なく、調査地のフッ素症は明らかに石炭燃焼に由来する人為的フッ素汚染により発生し、屋内汚染食品の摂取が重度汚染の原因であることを明らかにしている。

さらに、食品中フッ素の化学形態に関しては日中共同で分析し、穀物のトウモロコシ及び米については、酸可溶性フッ素が91.6±4.7%及び87.7±5.6%(うち水溶性フッ素が88.9±5.9%及び74.1±12.1%)、不溶性フッ素が7.9±4.7%及び11.6±5.6%と大部分が酸可溶性のフッ素であり、胃腸で容易に吸収される化学形態である。トウガラシについては、酸可溶性フッ素が43.0±12.9%(うち水溶性フッ素が40.4±11.5%)、不溶性フッ素が57.0±12.9%と酸可溶性フッ素の割合が少ないが、フッ素濃度が極端に高いため暴露量も比較的多くなることが判明している。

開発途上国との共同研究など、5年以上の研究期間を有する研究課題については、その進捗状況も踏まえ、今後は中間評価の実施を検討する。

食生活の転換により汚染の低減化が図れることを予防医学的対策として示した。また、工学的な予防対策としては、排煙設備の設置等が上げられる。

なお、本調査地では近年石炭の消費量が増加し、それに付随してフッ素症も増加しており、今後とも可能な限り中国のフッ素汚染予防に協力していきたい。

  • 注)歯牙フッ素症:
    フッ素の慢性中毒により引き起こされる永久歯のエナメル質に現れる白濁・褐色化した斑状又は縞状模様の歯の形成不全。
  • 注)骨フッ素症:
    フッ素の慢性中毒により引き起こされる骨硬化(骨質の増殖緻密化により、骨が硬化する症状で、象牙化する重症例もある。)を主体とした症状。