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日本学術会議会長 近藤 次郎

 3月19日から22日までバンクーバのGLOBE '90に参加した。海に臨んだ美しい会場で,600編もの論文発表があり,ノルウェー首相のブルントラントさんの顔も見えた。BBCがインタビューを申し入れてきて約30分録画されたが,日本ではまだ鯨を食べているのか,流し網の禁止はやらないのか等と聞かれて閉口した。環境問題が地球的規模になったのは良いが,私だって何もかも知っているわけではないので対応が難しい。

 竹下元首相は科学技術会議の席上,環境問題は今や各国首脳の共通の話題となっており,これを口にしない人は知性と教養と良心のないリーダーであると云われてしまうと発言された。日本の国際的地位が上って来て,環境分野でも大きな貢献をするよう期待されている。

 さて,新年度を迎え,研究所は名称も組織も変わり大きな希望を抱いて第一歩を踏み出した。看板を公害から環境に変えることについては,初代の大山所長時代からの強い希望であったが,このたび環境庁の理解・支援のもと不破前,小泉現所長以下の努力によって念願を達成することが出来た。昭和49年の創設以来17年目である。

 しかしながら,定員が大きく増したわけでも,研究施設が新しく特別に出来るのでもない。その上,国内の公害問題がすべて解消したわけでもないので研究所の諸君の中には若干の戸惑いが見られるのも無理はない。研究範囲も都市型大気汚染も温室効果による地球温暖化も,あるいは霞ヶ浦の富栄養化対策も北海の重金属汚染もというように拡がることになった。このように研究対象が著しく拡大したのに研究費も研究設備も格別に変化はしない。もちろん給料もそうである。仕事は忙しくなるのに待遇は変わらないとしたら不満に思うのも無理はない。

 しかし研究所は製造会社や販売・サービス企業ではないから,活動領域が拡大したからと云って直ちに勤務量が増すというものではない。これについて研究所は見事な解答を出した。それが専門と領域とを縦横のネットワークとして編成した組織体系である。研究者が各個に有する学識と研究施設が産出する成果とを有機的に組み合わせれば環境研究は規模の大小にかかわらず達成できる。看板が変わったからと云っても研究者の学識が早急に変化するものではないが,地球規模の問題の解決には個々の成果を巧みに組織化することが必要である。新しく副所長として迎えた市川教授はシステム工学が専門で,東工大の総合理工学研究科長として高い実績を持っておられる方である。その手腕を大いに期待している。これから管理部門の責任がますます重くなることであろう。

 研究対象が地球環境にまで拡がると必然的に国際化が行われ,外国との交流の機会が多くなる。CO2の発生量はエネルギー効率に依存するところが大きいが,日本は生産量あたりのCO2量は極めて小さい。カナダはエネルギーの無駄遣いが多いのではありませんか等といっても効き目がない。牛や豚を屠殺するのは残酷だとは思いませんかと問いかけても無視されてしまう。

 国際舞台で活躍するには語学力も必要だが先手をとって当方の土俵で相撲をとることが有利であることは云うまでもない。オゾン層が南極で稀薄になることは昭和基地の隊員忠鉢博士によって最初に発見されたのに,今ではNASAの人工衛星ニンバス7号が見つけたと世界中の人が思っている。最近,研究所のスモッグ・チェンバーで測定したフロンガスによるオゾンの破壊の実験成果はローランド博士の説を裏付ける唯一の精密な実験であるがもう少し早かったら世界に大きな衝撃を与えたことであろう。B.S.ボンスとM.フライシュマンが昨年3月に発表した低温核融合の成果はその後,追試でどうも間違いであるらしいというのが定説となりつつあるが世界中の科学者に大きな刺激を与えたことも事実である。

 科学の仮説としての発想の下に発展してきた環境の理論は,学問の世界だけではなく,一般の市民に与える影響も大きいから,研究成果の発表について慎重にならざるを得ない面もあるが,発表が遅れたために日本人は科学に弱いなどと海外から云われるのは辛いことである。
 
 研究所の成果は印刷された報文だけでなく,標準試料や微生物株なども含まれる。これからはさらにデータ・ベースやコンピュータ・ソフトなどいろいろなものが加わることになる。環境研究の成果の軍事利用はありえないから,広く内外に伝達することに何等障害はない。環境の保全に貢献するために研究成果は海外も含めて,市民,NGOにも広く伝えたい。

 研究所ではこのような活動範囲を広めるために,環境科学研究協力財団(KKKK)を昭和61年に発足させたが,残念ながら十分な財源が確保できず,そのため思ったような活動ができなかった。幸いにして,このたび財団法人として地球・人間環境フォーラムが発足することになり,研究所の活動を側面的に支援することになった。このようにして研究所が自由に活動圏を拡大できるような外の環境が次第に整いつつある。

 久し振りに筑波研究学園都市を訪ねて見ると緑が濃く青々として清々しい。所内の樹木も育ち,職員の顔振れも余り変化がなく故郷に帰ったような懐かしい気がする。楽しく過ごした昔の想い出が次々に蘇って尽きることがない。研究所の門が大きく開かれるとともに,ここに向って外から強い風が吹きつけて来ることであろう。小泉所長を先頭にして全員が一致団結してこの嵐にたち向い,これを機会にさらに一段と飛躍することが望まれる。今は研究所から離れたが研究所の発展のためお役に立ちたいと常に願っている。

(こんどう じろう,元所長)