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都市大気汚染の解明へのアプローチ

研究ノート

鵜野 伊津志

 大都市圏における大気汚染の問題は、夏期の光化学大気汚染と冬期の窒素酸化物汚染が代表格であり、これらは古くて現在でもなお新しい大気汚染問題である。さらに最近では、これに酸性雨問題が複合し都市域での大気汚染現象を複雑化している。これらの現象は基本的には都市活動による大気汚染質の排出が原因であり、関与する気象条件により様々な形態で出現するものである。局地気象に起因する大気拡散現象の把握が研究のキーポイントである。そのため、国公研で考案された超音波風速計を利用した係留気球搭載型の『乱流ゾンデ』を用いて野外観測を行ってきた。国内では筑波、東京都心部、札幌市内(写真)、海外ではアメリカやカナダに持参し共同観測を行っている。この『乱流ゾンデ』によって、大気拡散現象の基礎となる大気乱流変動を地上から上空1000mまでの任意の高度で直接的に計測することが可能である。また同時に、気球の係留索にテフロンパイプをとりつけることで大気汚染質濃度の鉛直プロファイルの計測も可能となり、海陸風内での汚染質輸送や都市域の大気拡散に従来の観測では得られなかった成果が得られた。ここでは都市大気汚染に関した研究の内容について紹介したい。

 この研究は都市大気汚染の現象解明と制御を念頭に、都市気象・大気乱流計測と大気汚染質の鉛直分布の測定を同時に行い、更に、数値予測モデルの開発を目指している。高濃度窒素酸化物(NOx)汚染の生じやすい冬期夜間の観測の結果から、都心部では接地逆転層は形成されず、平均的建物高度の約2〜3倍の高度に都市境界層といわれる鋭い温度逆転層(上空逆転層)が出現し、その下では大気は比較的拡散しやすい状態になることが確認された。大気乱流の測定結果からこのような境界層の形成には、都市域の建築物による大気の機械的な撹拌作用が重要であり、大気拡散と都市の熱環境に重要な因子として作用することが示された。また、このような夜間の都市域の境界層は平均風速に依存しており、境界層の上部で鉛直拡散が押えられるために高濃度大気汚染が出現すること、また、夜間の上空逆転層は、翌朝の混合層の発達を妨げ、早朝の地上付近の高濃度汚染を加速することがわかった。

 このような都市気象の条件下では、高濃度のNOx汚染が生じる。夜間の都市域ではNO2/NOx比とO3濃度には正の相関がみられ、上空ほどNO2/NOx比は増大し70〜80%に達する。しかし、一般に発生源から排出されるNOx中のNO2の割合は10%程度であり、都市大気中でのNOからNO2への変換のメカニズムが都市域におけるNO2汚染の問題に重要となる。意外なことに観測結果から、NOxが極めて大きな鉛直勾配を示すのに反して、NO2濃度の鉛直プロファイルはほぼ一定値を示す。これは、その鉛直プロファイルが発生源からの直接排出分のみだけではなく、O3などとの化学反応による生成が重要なことを示しており、環境中のNOxとO3濃度の量的な関係が汚染機構解明のキーポイントとなっている。この結果は、都市域のNO2汚染の制御には、上空までの汚染質濃度の鉛直プロファイルを加味した検討が不可欠であり、バックグランドとしてのO3濃度が都市域の高濃度NO2汚染の問題の解明に重要であることを示している。

 今後は、これらの都市気象と大気拡散過程を再現する数値シミュレーションモデルを用いて都市域でのNO,NO2,O3濃度の挙動を解明し、都市域のNO2高濃度発現のメカニズムを明らかにしていきたい。

(うの いつし、大気環境部大気環境計画研究室)

札幌市中心部での乱流ゾンデ観測の写真