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2021年8月31日

「シミュレーション研究者、田んぼに行く!!」

特集 不確実な未来への備えを科学する「気候変動適応」研究プログラム
【調査研究日誌】

増冨 祐司

 私はこれまで主に水稲を対象に、温暖化による影響をコンピューターの中でシミュレーションするという研究を行ってきました。そのため、私はこの国立環境研究所ニュースの「調査研究日誌」を執筆する人間としては、最も不適な人間と思われます。ではなぜこの執筆依頼を引き受けたかと言いますと、ほんのこの3・4年ですがフィールド(田んぼ)に出だしたのです。そう、ほんのこの3・4年、まだまだ初心者ですが、研究者としてこれは大きな研究スタイルの変化です。そこで本稿では私がどのような経緯で田んぼに出だしたかなどについてお話ができればと思います。

 もちろん私を猛烈に田んぼに向かわせたのには訳があります。それは、そもそも私が水稲を対象にシミュレーション研究を行ってきたというのも一つですが、それともう一つ、重要な出来事があります。それは、とある先生(東京大学名誉教授小林和彦先生)の言葉がきっかけです。その言葉とは「農学にはリアリティがないといけない」。「リアリティ」、そう現実です。「シミュレーション」、それは模倣。現実と模倣。言い換えれば本物と贋作。真実と嘘。。。私はその時、強く思いました。田んぼに出よう、と。リアリティを掴むために。

 というわけで田んぼに猛烈に出たくなったのですが、田んぼに出て何を研究するかを考えなくてはいけません。研究としてやることなので、その目的をはっきりさせる必要があります。ただ、これまで田んぼに出るようなフィールドワークをやったことがないため、何をどうしたらいいのか、まったくわかりませんでした。そんなことを考えている頃、ちょうどタイミング良く、私の研究室(当時私は茨城大学農学部に所属)でポスドク研究員として一緒に研究していた滝本貴弘さん(現農研機構研究員)が面白い結果を持ってきました。それが(図1)です。(図1)の上のグラフは常総市(赤)とつくばみらい市(青)の気温の変化を示しています。ほとんど同じ経年変化を示しているのがわかります。それはそうです、お隣の市で気温が大きく違う訳がありません。一方、図1の下のグラフは常総市(赤)とつくばみらい市(青)で取れたお米の白未熟粒発生率を示しています。白未熟粒というのは、(図2)の左の写真で示した、白濁化した米粒のことです。一般に白未熟粒は食味が悪いため低品質のお米と判定され、また、温暖化で多く生じることがわかっています。これをみると常総市の白未熟粒発生率が2007、2011、2013年で高いことがわかります。しかも2007、2011年は20ポイント程度高いです。何か変です。白未熟粒発生の主要因は高温であることがわかっていて、気温の高低によって白未熟粒発生率の多寡が、概ね決まるはずです。なのに気温がほぼ変わらない2つの市でなぜこんなにも白未熟粒発生率が違うのでしょうか?私はこの裏には何か面白いことがあるに違いないと思い、田んぼに出てこの違いをはっきりさせてやろうと考えました。

常総市とつくばみらい市における気温と白未熟粒発生率の図
図1 常総市(赤)とつくばみらい市(青)における気温(上図)と白未熟粒発生率(下図)
高温による白未熟粒と整粒の違いの図
図2 白未熟粒(左)と整粒(右)。白未熟粒は米粒が部分的に白濁化しており、高温によって多く発生することがわかっています。白未熟粒が多く含まれると美味しくない、砕けやすいとして低品質米に分類されます。

 しかし、田んぼに出て調査を行いたいものの、私には何もツテがなく、最初はどこの田んぼに出たらいいかもわからない状況でした。そんな折、これまたタイミングよく、たまたま研究室を訪れてくれたのが、つくば牡丹園の園長で茨城大学大学院農学研究科博士課程に社会人として在籍されている関浩一さんでした。関さんはちょくちょく僕の研究室に来てくれていて、いつも研究なのか雑談なのか分からない話をしていました。そしてある時の話の中で、関さんがJAつくば市谷田部の方々とつながりがあることがわかりました。そしてそこには米部会(正式名:有機研究部会)と言われる米生産者の集まりがあると言います。上の田んぼの調査の話も、そこの生産者の方々に聞いてみれば?とのことでした。後から考えると、これがうまいこと話が進み始めた瞬間だったと思います。それでまずは農協の前代表理事組合長(横田伊佐夫さん)と話をしましょうということで関さんにつないで頂いて、関さん、滝本さん、私で農協に説明しに行くことになりました。(写真1)はそのときの写真です。組合長は話をしていてすぐに、博覧強記な有識之士であることがわかりました。話の中に、様々なところから得た情報が理路整然と散りばめられています。僕らの話も非常に丁寧に聞いていただき、最後に「よしやりましょう」ということになりました。どこの馬の骨かわからぬ者のお願いを快く受けていただき、本当にありがたいお言葉でした。

筆者がJAつくば市谷田部への説明をしている写真
写真1 JAつくば市谷田部への説明(JAつくば市谷田部組合長室にて)。左から関さん、横田組合長、筆者、滝本さん。 

 それですぐに田んぼに出れるかというと、そうではありません。次に伺ったのは農協で集荷などを行い、生産者さんと繋がりがある営農センターです。ここで当時の営農センター長だった成島和也さんと大塚秀明課長にお会いし、まずは営農センターに集まってくるお米を提供して頂いて、分析したいと説明しました。すると調査自体は問題ないが、生産者さんは営農センターに持ってくる前に自分たちで選別をしているので、選別後のお米を調べても気候の影響などは分からないのではないか?と言われました。目から鱗が落ちた瞬間です。確かにそうです。こういうことは知っている方にとっては常識なのでしょうが、外部にとってはまったくわからないことです。色々話を伺って物事を進めるべきだということをこの時、強く感じました。特に私のようなフィールドワーカー初心者は・・・。

 その後、ようやく生産者の米部会の方々に説明しに行くところまでたどり着けました。ただその前に、まずは当時米部会の部会長をされていた横田章一さんに、話を通したほうがいいということになりました。それで成島営農センター長、関さん、滝本さん、私で横田章一さんのご自宅にお邪魔させて頂きました。まず驚いたのはその家の大きさです。広い敷地に、キリンぐらい高い車庫があり、そこには大きな重機が複数台置かれています。その時は、奥まではよくわからなかったのですが、その後、工場のような広いお米の選別・格納所があることがわかりました。私達はお家の一角にある事務所のような小部屋に通されて、近所の方に頂いたというスイカを頂きました。「どうぞやってください」という横田さん。夏の暑い日でした。よく冷えたスイカは目玉が飛び出るほど甘くて美味しかったです。私はあれを超えるスイカにはもう出会えないと思っています。話は逸れましたが、そのあと私達の話しをよく聞いていただき、「よしわかった。いいですよ。」と言っていただききました。それから話の最後のほうに、もじもじと研究協力への謝礼についてお聞きしました。これも経験のあるフィールドワーカーであれば勘所があるかもしれないですが、私にはまったくありませんでした。失礼を承知で聞くと、「要らねえ」とピシリ。その時の言い方、所作はかっこいい人間の見本のようでした。相談に来て本当によかったと思いました。

 さて、最後の関門が米部会での説明です。部会は毎月第一木曜日に行われます。私にとっては決戦の木曜日でした。ここで部会の皆さんが首を縦に振らなければ、また振り出しに戻ってしまいます。(写真2)は初めて私が部会の方々に研究協力をお願いに上がったときの写真です。色んな反応があったように記憶していますが、正直ほとんど覚えていません。こういう経験がない私は極度に緊張していたのです。現場を知らない私をすぐに見透かして、信用できないやつ、と断られる可能性も多分にありました。ただよく覚えているのは、横田さんが最後に「ということなんで、みんな協力してあげんべな。」と部会の皆さんに言っていただき、それに応じて、皆さんが快くうなずいてくれたことです。

筆者がJAつくば市谷田部米部会への最初の説明をしている写真
写真2 JAつくば市谷田部米部会への最初の説明。立って説明しているのが筆者、筆者の向かって右隣が横田章一さん、左隣が滝本さん、さらにその左隣が関さん。

 これでようやく、本当に田んぼに出られることになりました。2017年に始まった調査は現在まで続けられ、(図1)で示した白未熟粒発生率の差が、何によって生じているかが明らかになりつつあります。今年中には第一弾論文をまとめて投稿できそうです。田んぼに出るのも時間がかかりましたが、その後の調査で科学的なエビデンスを得るのは、もっと時間の掛かることでした。本当にフィールド調査は大変だなと、しみじみと感じています。一方で嬉しいこともたくさんありました。中でも一番嬉しかったことを記して、本稿を閉じたいと思います。それはある研究会の場でのことでした。滝本さんが農研機構に異動後、ポスドクとしてこの研究を進めていただいていた今井葉子さん(現東京大学研究員)が、それまでの水田調査結果と今後の展望について話したところ、京都大学名誉教授で前農研機構理事長の堀江武先生から「地に足をつけた研究をしてるな」と褒めていただきました。堀江先生はオランダに留学された際にそこで開発されていた作物成長シミュレーションモデル(以下、作物モデル)を習得し、日本に帰国後、日本で初めて日本オリジナルの作物モデルを開発した先生です。つまり日本における作物モデルの父のような先生です。私はその時、初めて日本の作物モデルの父にお会いし、我々がやっている研究を「地に足をつけた研究」と言われたのです。

 「地に足のついた研究」。それはまさにリアリティのある研究ということだと思います。そうかこれがリアリティのある研究か。そうあれほど掴みたかったリアリティなのです。やったー!とうとうリアリティを掴んだぞ!!

(ますとみ ゆうじ、気候変動適応センター アジア太平洋気候変動適応研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の増冨祐司の写真

昨年NIESに11年ぶりに復帰し、野球部にも復活入部しました。 前はチーム三冠王だったのですが、歳には勝てず今はまったく駄目です。。。 とりあえず今年は首位打者を目標に日々練習に励んでいます。

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