ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2021年8月31日

統計的ダウンスケーリングによる日本の
気候シナリオ

特集 不確実な未来への備えを科学する「気候変動適応」研究プログラム
【研究ノート】

石崎 紀子

●はじめに

 近年、桜の開花など季節進行が以前よりも早いと感じている方も多いのではないでしょうか。気象庁が10年ごとに更新している平年値によれば、1981年から2010年までの平均値に対し、1991年から2020年の観測に基づく年平均気温は、0.1度から0.5度の上昇となっています。わずかな気温の変化にも見えますが、2019年の気象研究所の今田氏らの研究や、2020年の同研究所の川瀬氏らの研究によって、近年の猛暑や豪雨には、人為起源の温室効果ガスによる地球温暖化が寄与していたことも明らかになってきました。すでに顕在化している温暖化の今後の見通しを立て、適応策を検討していくことは喫緊の課題です。地域ごとに気象災害のリスクや産業も異なるので、地域に応じた対策の優先順位を検討していくことが重要です。そのために、将来の「気候の見通し」とそれに基づく「気候変動の影響評価」が行われています。今後の気候の見通しのことを「気候シナリオ」と呼んでいます。

●地域の気候変動予測

 将来の気候を予測するには、地球全体を格子状に区切った全球気候モデルを使います。将来の全球の温室効果ガスの量の変化を仮定して、物理方程式を計算することで将来の大気の状態や気温、雨の降り方がどうなるかをシミュレーションするのです。全球気候モデルの性能を確認するため、過去の気候を再現するシミュレーションも行い、同時期の観測値と比較してモデルの改良に反映させます。全球気候モデルの再現性向上のために多くの研究者が尽力していますが、それでも過去の観測値と完全には一致しません。そのため、モデルの結果は相互に比較して再現性を確認しながら様々な現象の解析に用いられます。2011年頃から最近まで、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次影響評価報告書に主に使われた第5期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5)に提出されたモデルが広く使用されてきましたが、2020年頃から第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)のデータ公開が始まりました。

 地域気候変動の影響評価を行う上でよく問題となるのが、全球気候モデルによる将来気候予測が行われてから、その影響を評価するまでの間に時間的な遅れが生じることです。地域の気候変動を調査するには、全球気候モデルの結果を使って領域モデルと呼ばれる数値モデルで再度計算し、一部の地域を詳細化する過程(ダウンスケーリング)が必要です。これは、日々の天気予報のプロセスと同じです。天気予報が対象とするのは数日先までの天気や気温ですが、気候変動の解析では数十年間での平均的な気温や降水頻度などの統計情報を得ることが目的となります。そのような長期の計算にはスーパーコンピューターを使っても数ヶ月から数年かかります。領域モデルで計算された詳細なデータが利用できるまで影響評価ができない状況が続くのは好ましくありません。そこで私たちは、全球気候モデルの結果と観測データの統計関係を使った統計的ダウンスケーリングという手法で、日本域の地域気候データを作成しました。具体的には、空間解像度を細かくした上で、全球気候モデルの過去再現実験と同時期の観測データを使って、全球気候モデルの値を補正し、それを将来予測にも適用しています。

 CMIP6には50を超える数の全球気候モデルがあり、それらをすべて解析することは困難です。2021年の塩竈氏らによる研究で、日本域における日平均、日最高、日最低気温、降水量など8つの気象変数について、将来変化の幅をできるだけカバーするサブセットの選択手法が開発されました。その手法に従って5つの全球気候モデルを選択し、空間解像度が1km、時間解像度が日別値の地域気候予測データを作成しました。この気候予測データを様々な影響評価に利用することで、異なる分野への気候変動の影響の大きさを比較することが可能となり、地域の適応策やその優先度を検討する資料として活用されることが期待されます。

●統計的ダウンスケーリングによる気候シナリオとその活用に向けて

 選択された5つのモデルを基にした気候シナリオがそれぞれどのような予測を示すのか図化しました。図1は日本の気温と年降水の時系列を示しています。将来予測は緩和策をとらずに温室効果ガスを出し続けた場合の想定です。同じ温室効果ガスの排出量に対してもモデルの応答が異なっていますが、21世紀末には2000年頃と比べて3度から4度の昇温が予測されています。図2に示す通り、地域的な分布からは、昇温量は高緯度の方が大きいと予測されています。降水量は変動が大きいものの、観測値の変動幅の範囲から大きくずれるモデルはありません。また、将来の降水量は温暖化とともに増加する傾向があります(図1右)。1度昇温当たりの降水量変化を見てみると、北日本で降水量増加が顕著なものや、西日本での増加が顕著なものがあるなど、全球気候モデルごとに変化の要因が異なると考えられます(図2下段)。どの全球気候モデルも完璧に将来を予測するものではないので、複数の全球気候モデルの結果を調べて、影響の大きさや確実性を検証することが重要です。

5つの全球気候モデルに基づく日本域の気候シナリオの1900年から2100年までの気温(左)と年間降水量(右)の図
図1  5つの全球気候モデルに基づく日本域の気候シナリオの1900年から2100年までの気温(左)と年間降水量(右)の時間変化を示す。橙色は観測値を表す。将来予測は緩和策をとらず温室効果ガスを出し続けた場合の想定に基づく。
5つの全球気候モデルに基づく気候シナリオの、21世紀末(2071-2100年)における1991—2020年平均値からの気温変化と1度昇温当たりの降水量変化の図
図2  5つの全球気候モデルに基づく気候シナリオの、21世紀末(2071-2100年)における1991-2020年平均値からの気温変化(上段:度)と1度昇温当たりの降水量変化(下段:%/K)

 統計的ダウンスケーリングによる地域の詳細な気候シナリオの利用には、いくつか気を付けるべき点もあります。例えば、変数ごとに統計処理を行うので、変数間の整合性は保存されません。そのため複数の気象変数の関係を基にする場合には、対象とする現象の再現性をよく確認する必要があります。また、1kmメッシュという細かいデータになっていても、基にしている全球気候モデルの格子サイズよりも小さいスケールの現象は基本的に表現されていないことにも留意が必要です。つまり、各格子で強い降水や気温の高い日が再現されていても、その原因が局地性の高い現象である場合、実際に発生していた時のような空間分布にはなっていないということです。以上の事柄に留意した上で、気候シナリオを気候変動の影響の予測に活用したり、地域の適応策の検討に役立てていただきたいと思います。

(いしざき のりこ、気候変動適応センター 気候変動影響評価研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の石崎紀子の写真

家庭菜園をはじめて4年目になりました。うまく育つ年もあれば、実をつける前に病気になる年もあり、農家さんの苦労を知る日々です。自宅で採れたグリーンピースを使った豆ごはんは絶品でした。

関連新着情報

関連記事