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2019年8月26日

CO2の社会的費用はおいくら?

特集 世界を対象とした低炭素社会実現に向けたロードマップ開発手法とその実証的研究
【環境問題基礎知識】

山口 臨太郎

 気候変動をもたらすCO2の排出を削減するコストは、削減を行う時点で発生するのに対し、削減することの便益は、数百年、場合によっては数千年にわたって発生します。逆に言うと、追加的にCO2が排出されると将来にわたって追加的に被害が生じることになります。ここで、1単位余計にCO2を排出したときに人類(社会)が追加的に受ける被害を、CO2の社会的費用(SCC;Social Cost of Carbon Dioxide)と呼びます。具体的には、2020年のSCCは、

・2020年に追加的に排出された1tCO2が2021年に人類にもたらす被害額×\( \frac{1}{1+r} \)
・2020年に追加的に排出された1tCO2が2022年に人類にもたらす被害額×\( ( \frac{1}{1+r})^2 \)
・2020年に追加的に排出された1tCO2が2023年に人類にもたらす被害額×\( ( \frac{1}{1+r})^3 \)
   ……

を将来まで足し合わせることで得られます(図1参照。排出から被害発生までの期間を1年間と単純化。CO2濃度が高い状態にあるほど、追加的な1単位のCO2の被害がより大きいと想定)。ここで、r > 0を「消費割引率」と呼び(ここではrは一定と仮定します)、被害の発生が未来であるほど大きく割り引かれることがわかります。なお、私たちが消費する財・サービスの単位(お金)で表した被害額を割り引くために「消費割引率」と呼びますが、以下では単に割引率と記すことにします。

積み上げてくグラフ
図1 CO2の社会的費用の考え方

割引率

 ではなぜ将来の被害額を割り引くのでしょうか。主に二つの理由があります。第一に、私たちは同じ楽しみであれば、将来よりも現在その楽しみを味わうことを重視します。加えて、過去や現在と違って、将来が来るかどうかは厳密にはわからないという点も指摘できます。「明日の百より今日の五十」ということわざにもある通りです。第二に、人類が最近経験してきた経済成長が続くとしたら、将来世代ほど、より豊かな暮らしを送ることになると予想されるためです。現在世代にとっての1万円と、30年後のより豊かな世代にとっての1万円とでは、(インフレを無視したとしても)後者のありがたみが薄いと考えられます。言い換えれば、現在世代が気候変動の対策にお金をかけることは、貧しい世代が豊かな世代のために投資することであるため、豊かな世代が受ける投資の便益は割り引くべき、という考え方です。

 このような考え方に沿った割引率の決め方を「ラムゼー公式」と呼びます。単純化すれば、rが低いほど将来の被害額の現在価値を高めに見積もることになるので、より厳しい排出削減を正当化することになります。たとえばウィリアム・ノードハウス(気候変動のモデルをマクロ経済のモデルと統合した功績で2018年にノーベル記念経済学賞を受賞しました)の統合評価モデルにおいては、結果としてrが比較的高めに設定されていたため、緩やかな排出削減を推奨する結果が出やすいものとなっていました。たとえばr=5%の割引率は、金融資産の私的な収益率としては異常に高いとは言えませんが、100年後の1ドルはたった1セントの現在価値しかないことになってしまい、地球上の将来世代の全員に影響する話に適用することには、抵抗を感じる人がほとんどでしょう。こうした背景もあり、近年、結果としてより低い割引率を推奨する研究が増えています。

CO2の社会的費用(SCC)

 SCCに話を戻しましょう。冒頭の式にあるように、SCCが割引率rと密接に関わることは明らかです。たとえば、思い切って単純化して、毎年の被害額Dも割引率rも一定だとしましょう。するとSCCは、D/rという形に近くなります(債券や株価など金融資産の価格の式に似ていると思われるかもしれません)。すると割引率rを4%から3%に下げるだけで、SCCが1.25倍になることがわかります。もちろん、実際には分子のDは一定ではなく、気温上昇幅が大きくなるほど、また経済規模が大きくなるほど高くなると考えられます。さらに、たとえばCO2の濃度が増えたときにどのくらい気温が上昇するかという気候感度や(なお、気候感度については、国立環境研究所ニュース37巻3号もご覧ください)、CO2が排出されるタイミングも重要です。たとえば2020年に排出されるCO2と2030年に排出されるCO2とでは、後者の被害がより大きいと考えられます(CO2濃度が高い状態にあるほど、追加的な1単位のCO2の被害がより大きいと想定されることが多いためです)。

 それでは実際にSCCはどれくらいの規模なのでしょうか。アメリカでは、火力発電所からのCO2排出削減を目指したクリーンパワー計画を施行した前オバマ政権下で、省庁間ワーキンググループ(IWG)はr=2.5%、3%、5%という割引率を使い、三つの代表的モデルからSCCの中央値を45ドルとしました。これに対して現トランプ政権の下では、r=3%、7%という割引率が使われ、さらに米国内で発生する被害だけをカウントするといった手続きを通じて(すなわちSCCの分母を大きく、分子を小さく見積もって)、2020年のSCCはたった1~7ドルとされました。SCCが安いと、既存の火力発電所からのCO2排出による被害を低く見積もることになり、再生可能エネルギー等のプロジェクトの実施は正当化されにくくなります。

 さらに最近の研究でも、先述したノードハウスは、2020年のSCCを37.3ドルとしていますが、割引率を2.5%とすると140.0ドル、5%とすると22.6ドルになることも示しています(表1参照、いずれも2010年国際ドル換算)。また、SCCは地域別内訳にも大きなばらつきがあり、たとえば最近のリックらによる研究では、地球全体のSCCの2割がインドに集中するのに対し、ロシアやカナダなど寒冷地域では温暖化による便益(すなわちマイナスのSCC)が発生するとされています。

計算例の表
表1 CO2の社会的費用の計算例

 このように、自然科学的な事実だけでなく、将来世代の受ける被害にどれだけ重きを置くかという私たちの価値観が(割引率を通じて)SCCに影響することがお分かりいただけたかと思います。それでは、そもそもSCCは具体的に何に使うのでしょうか。ここでは次の三点を挙げたいと思います。

 第一に、一般に環境政策は、政策にかかる追加的コストが政策による追加的便益と等しいところまで行うことが望ましいとされています(限界削減費用=限界便益)。そのため、SCCと同程度かそれ以下のコストがかかる緩和策や適応策であれば、講じることが正当化されるといえます。たとえば2020年の排出を100万t CO2減らせる規制があるとしたら、この規制の便益は3,730万ドルと見積もられるので、実施するコストがこれ以下であればこの規制を実施してよいと考えられます。またSCCは、理論的には一定の条件の下で炭素税と等しくなるため、経済的手法による脱炭素政策(カーボンプライシング)を実施するのに必要な数値となります。

 第二に、SCCの具体的な数値はさておき、SCCの考え方は、私たちの生活が気候変動に与えている影響(カーボン・フットプリント)を実感するツールとしても生かせます。たとえば、日本とヨーロッパとを結ぶフライトで排出されるCO2は、乗客1人当たり往復で約1トンの規模であるため、数百ドルの被害を発生させているともいえるのです。近年、この被害を相殺するカーボン・オフセット(自分の活動により生じたCO2の社会的費用と同じ額を、再生可能エネルギーのプロジェクト等に投資して打ち消すこと)の手段が提供されることも多くなってきました。

 第三に、SCCは、大気中のCO2ストックがあと1単位増えたときの社会的費用ですが、裏を返せば、CO2吸収源という「自然資本」の社会的価値でもあります。近年、人工資本、人的資本、自然資本の合計(包括的富と呼ばれています)が減っていないことが持続可能性の条件として注目されています。この包括的な富を算出する際に、CO2吸収源という「自然資本」に重みづけを与える価格が、まさにSCCです。他の条件が変わらなければ、割引率を低く設定してSCCを高く見積もることは、人類にとっての財産がより減っているという評価につながるのです。

(やまぐち りんたろう、社会環境システム研究センター 環境社会イノベーション研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

街中だけでなく山や川を見ながらのサイクリングがリフレッシュになります。平地をサイクリングするだけではあまり運動になっていないという不都合な真実には、気づかないようにしています。