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2019年6月28日

異なる環境での経験を糧として

理事 森口 祐一

 4月1日付で研究担当理事に着任し、再び国立環境研究所に勤務しています。国立公害研究所時代の採用以来29年を経て東京大学へ異動したのは、東日本大震災の3週間後でした。自分の立場が大学教員に変わったこと、大震災の影響をはじめとりまく環境が変わったことの両面から、8年間の経験を振り返ることが、国立環境研究所での新たな職責の糧となると考え、この題を選びました。

 環境研究に取り組むことは、研究所と大学との共通点ですが、大きな相違点は、大学では学生・大学院生の教育や研究指導が主たる職務となることです。異動前の5年間、連携講座の客員教員として既に大学院生の研究指導に携わっていましたが、学部生向けの講義や卒論の指導が加わりました。たとえば、大気環境学という科目で、公害問題から地球規模の環境問題への歴史的変遷をたどる中で、光化学大気汚染、酸性雨、オゾン層破壊、気候変動などの現象が生じるメカニズムや、測定機器や排ガス処理技術の原理を教えることは、環境学の基礎を自らも学びなおす良い機会でした。卒業研究ではじめて研究に触れ、その面白さに目覚めて大学院に進み、博士課程を修了して研究職に進んだ例をはじめ、将来を担う人材の育成に携わることができることは、大学教員の醍醐味の一つです。さらに、平成30年度の1年間、日本学術振興会(JSPS)の環境学担当の主任研究員として、科学研究費、特別研究員、国際事業などのJSPSの事業の運営支援を経験したことは、基礎研究、若手育成の重要性を再認識する貴重な経験でした。

 環境研究では、こうした基礎科学との距離感とともに、実社会との距離感のバランスが求められます。2011年の異動時の所内のセミナーでは、「『際』」と環境研究」という演題で、環境研究と関わるいくつかの「際」への想いを話しました。学際、国際などと並んで強調したのは、「実際」、すなわち研究と実社会との接点の大切さでした。環境研究における現場の大切さは、古くから強調されてきたことですが、長期にわたる地球規模の環境問題のように現場が見えにくい課題も近年では増えていました。そうした中で東日本大震災が起き、災害廃棄物問題や原発事故による放射性物質汚染問題が発生したことで、環境問題の現場やそこで暮らす人々との関係の大切さに、自分自身も含め、多くの環境研究者が直面することになりました。また、大災害の経験は、学の縦割りによる限界を再認識する機会でもありました。その教訓をもとに、日本学術会議の活動を母体とする防災学術連携体という学際的な組織の設立に関わり、生命をまもるという共通点を有しながらも時間的な切迫感が大きく異なる災害医学のように、これまで触れる機会がなかった分野の専門家との人的つながりが拡がったことで、環境研究が災害研究の一翼を担うことも含め、学際的な連携の意義を実感することができました。

 国立環境研究所を外側から見ることで改めて気づかされることも多くありました。言うまでもないことですが、環境問題に関して、これほど幅広い分野をカバーする人材が集い、常時顔の見える関係で、異分野間の交流、連携が可能なところは、少なくとも国内には見当たりません。大学は自由度が大きい反面、組織だった活動には限界があり、国立研究所ならではの組織力は、大きな強みであると実感します。研究者からの自発的な活動を基礎として、さまざまな新たな「際」を生むことのできる研究環境づくりに微力を尽くしたいと思います。

(もりぐち ゆういち、研究担当理事)

執筆者プロフィール:

筆者の森口祐一の写真

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