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カーボンナノチューブ吸入曝露装置の作製と毒性評価−中核研究プロジェクト3 「環境中におけるナノ粒子等の体内動態と健康影響評価」から−

【シリーズ重点研究プログラム: 「環境リスク研究プログラム」 から】

古山 昭子

はじめに

 近年、我々の生活環境にはナノ粒子があふれています。たとえば、化粧品や光触媒に用いられるナノ二酸化チタン、抗菌作用をもつ銀ナノ粒子、食品中の白金ナノコロイド粒子、プリンタートナーや自動車タイヤのカーボンブラックナノ粒子などの工業ナノ材料(ナノマテリアル)などです。一言でナノ粒子といっても大きさこそナノメートルサイズ(1ナノメートルは10億分の1メートル)ですが、その物理化学的特性と化学性状、形状(シート状や繊維状の物質も含まれます)の異なる様々な物質が存在しています。機能性の高さから様々な用途に用いられ、今後もエレクトロニクス、マテリアル、バイオテクノロジー等の分野で研究開発が進むことが予想されるナノ粒子ですが、小ささと機能性の高さ故に、その安全性について問題となっています。物質の種類が急激に増加し、利用の拡大も早かったので、その毒性評価が追いついていないのです。本稿では、カーボンナノチューブ(CNT)の毒性評価について紹介します。

 CNTは1991年に飯島澄男博士により発見されたカーボンの細い筒で、軽さや導電性の高さと引っ張り強度の強さから有用視されている新素材です。単層、多層、ホーンなどの様々な形状がありますが(『環境問題基礎知識』ナノマテリアル図A参照)、見た目は普通の煤です。それもそのはず、実はガスコンロ燃焼物や森林火災の煤にもCNTがわずかに含まれているのです。CNTは繊維形状と生体難分解性であることが、アスベストによく似ていることから、当初からその生体影響が危惧されていました。実際、気管から肺に投与したCNTが肺に強い炎症を起こすこと、また、発ガン抑制遺伝子がないマウスの腹腔にCNTを投与したときに中皮腫が発症したことが報告されています。そこで中核研究プロジェクト3(PJ3)ではCNTの吸入曝露による健康影響を明らかにするために、多層CNTの液中・気中分散法と吸入曝露装置の検討、実験動物を用いた体内動態解明と影響評価、細胞を用いたCNTの毒性メカニズムの解明をおこなっています。

吸入曝露装置の検討

 吸入曝露による毒性影響評価のためには、目的物質の発生と濃度制御や測定技術の検討を含めて、曝露装置の開発から始めなければいけません。粒径が小さいナノ粒子は、重量あたりでは表面積が大きくなるため凝集しやすく、一度凝集すると再分散しにくくなります。CNTも軽くてふわふわした真っ黒な物質で(図1A)、太さは数十ナノメートルですが、長さは数十マイクロメートルで糸くずが絡み合ったような状態です(図1B)。この大きな毛玉を吸入しても鼻腔に沈着するだけで肺の奥まで届きません。吸入曝露影響評価のためにはCNT塊を細かい繊維状にすることが必要で、さらにどうやって空気中に分散させるかが研究者の腕の見せ所です。他の研究ではCNTを分散剤に懸濁して超音波をかけて分散させてから再飛散させる方法やCNT塊をチョッパーで切断して再飛散させる方法を用いています。PJ3では、CNTにステンレス玉をぶつけてCNTをちぎって飛散させ、サイクロン(空気を渦状に流して粒子を分離する装置です。この原理はダイソンの掃除機に使われています。)でそのCNTを巻き上げて気中分散させることに成功しました。この方法で発生させた粒子径が1~2マイクロメートルで比較的長さが短いCNT繊維を鼻部曝露装置に導入して、マウスに吸入曝露をおこないました。重量濃度1.0mg/m3で2時間の短期曝露を行い24時間後の影響を解析した結果、肺胞マクロファージ(肺に入った異物を食べる白血球の一種の細胞)の1割ほどにCNTが取り込まれているのが観察されましたが、炎症の指標である肺への白血球の流入はごくわずかでした。一方、肺において、酸化ストレスの指標となるタンパクの遺伝子発現の増加が認められた上、面白いことに鼻腔の嗅上皮の間に神経末端をのばしている嗅球においても、CNT曝露後に酸化ストレス指標遺伝子の発現増加が認められました。日本における大気中アスベストの敷地境界基準値は10本/Lですので、この曝露濃度はその1000倍以上の高濃度に相当します。曝露されてからガンなどが発症するのは、アスベストの場合はヒトで15~40年、寿命が2年強と短いマウスでも1年以上はかかるので、CNT曝露が健康に影響を及ぼすものなのかどうか、発ガン影響を含めてさらに詳細に検討を続ける必要があります。

図1 (A)1グラムの多層カーボンナノチューブ、(B)生理食塩水中の多層カーボンナノチューブ塊。
お茶碗1杯(約150ml)でたった1グラムのカーボンナノチューブの中には約4×1012本の線維が入っています。

アスベストとの毒性比較

 吸入曝露は、実際の環境での曝露をシミュレートしてどのような健康影響が予想されるかを検討するものです。それとは別に、実際にはありえない条件ですがかなり多量の試料を実験動物の腹腔に投与して、影響が明らかな試料との毒性を比較する簡易的な毒性評価法があります。そこで影響がCNTと類似していると考えられているアスベストとCNTをそれぞれマウスの腹腔に投与して毒性を比較しました。代表的なアスベストであるクロシドライトを腹腔内投与すると、腹腔に多数の白血球が流入してきます。CNTを腹腔内投与しても同様に白血球の増加が認められました(図2)。CNTが再分散しにくいのはさきに述べたとおりですが、分散剤中での分散は生理食塩水(PBS)<蒸留水(DDW)<<F68という界面活性剤の1%溶液の順で良くなります。腹腔内投与による白血球流入や炎症性サイトカイン量は分散の良いF68に分散した場合がもっとも多くなり、曝露されるCNT繊維の本数が多いほど強い炎症が誘導されることが明らかになりました。

図2 (A) 100μgの多層カーボンナノチューブ(MWCNT)をマウスに腹腔内投与した24時間後の腹腔内細胞像、→が白血球(好中球と、ピンクは好酸球)です。

(B) 腹腔細胞中の白血球の割合。C(対照:生理食塩水)、crocide(クロシドライト)、M/PBS(MWCNTを生理食塩水に分散)、M/DDW(MWCNTを蒸留水に分散)、M/F68(MWCNTを界面活性剤F68に分散)。*:対照との比較において危険率5%で有意差あり、赤→:危険率5%で有意差あり。

CNTの毒性メカニズム解明

 このようなCNTの毒性は、曝露されたCNTに接した細胞が様々な反応を起こすことで発現しますので、様々な細胞を用いてCNTの毒性メカニズムの解明を進めています。吸入されたCNTは気道上皮細胞や肺胞上皮細胞に沈着し、一部は組織中に取り込まれますが、大部分は肺胞に残り、本来なら肺胞マクロファージがそれを食べ込んで体外に排出しようとします。ところが、CNTはマクロファージの大きさより長く、かつ細胞の膜に親和性が強いため、CNTが細胞膜を突き破ったり、細胞膜を破壊したりしてマクロファージを殺してしまいます(図3)。また、気道上皮細胞に沈着したCNTは、核転写因子NF-(Bを活性化し、p38やERK1/2を活性化して炎症性サイトカインなどを分泌させます。作用メカニズムの解明により、CNTは実験動物に投与したときに強い炎症を誘導することが明らかになりました。このように細胞を用いたCNTの毒性メカニズムの解明は、類似の物性や形状を持つ新規ナノマテリアルの健康影響を類推する上でも大変重要です。

図3 (A)元気なマクロファージ、(B)多層カーボンナノチューブ(→)の曝露によって死んだマクロファージ(M)

 ただでさえ資源の乏しい日本なのですから、有用な技術革新につながるナノ粒子については、安全性を確保できるような十分な対策を取りつつ、研究開発や利用を進めていく必要があると思われます。今後も曝露評価や健康影響評価に関する研究を慎重に進めて、正確な情報を発信していきたいと考えています。ちなみに環境省では環境経由でヒトや動植物がナノマテリアルに曝露されることによって生じる影響を未然に防止するために、「工業用ナノ材料に関する環境影響防止ガイドライン」を公表しています(http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=10899)。PJ3でも、何しろ健康に影響を及ぼす可能性がある物質を扱っているものですから、曝露実験はクリーンブースのなかで行っています。もちろん曝露排気中のCNT処理も抜かりなく、環境中や実験室外に飛散しないように細心の注意を払っています。実験中は手袋、防塵マスク、防護衣にすっぽり包まれる重装備で、いい男(女)も台無しです(図4)。

図4 クリーンブースと防護衣を身につけた勇姿

(ふるやま あきこ、環境リスク研究センター 
環境ナノ生体影響研究室主任研究員)

執筆者プロフィール

ネコの写真

 レーザーポインターでネコに遊んでもらい、側溝のザリガニを捕るカワセミや車のフロントガラスを走り回るヤモリ等のつくばの自然に驚くことで日々癒されています。生物のしたたかな順応性ってヤバいです。