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熱帯の埋立地の上で

【調査研究日誌】

山田 正人

 飛行機の扉を出て,携帯電話にスイッチをいれながらロビーまで続くエプロンを歩いていると,次第にその国独特の匂いが漂ってきて異国に着いたことを感じます。ごみの埋立地もまた,足を踏み入れると,その国の臭いが歓迎してくれます。韓国の埋立地ではキムチの匂い,マレーシアの埋立地ではスパイスの匂い,タイやベトナムの埋立地では魚醤の匂い。機材を車から降ろしながら,そんな匂い(臭い)とハエにたかられて,ここは確かに異国の処分場なんだと実感するわけです。

 私は,ここ十年来,ごみの埋立地から生ごみなどが腐敗して発生する埋立地ガスについて研究しています。発生したガスは地表面やガス抜き井戸から大気へと放出されますが,その成分や量は数十年にわたってごみが腐敗してゆく様子を表しており,埋まっているごみの変化を,掘り起こさないでうかがい知ることができて便利です。最近では,埋立地ガスには温室効果ガスであるメタンが含まれるため,いつまでどれくらい埋立地ガスが発生し続けるのか,どうすれば大気への放出が抑えられるのかが,廃棄物処理と地球温暖化の双方の分野で日本以外ではホットな話題です。

 日本では,家庭や街から発生する生ごみのほとんどは焼却されるようになり,燃え残った灰が埋立地に埋められているので,埋立地ガスは年を追う毎に発生しなくなってきています。温室効果ガスの発生源としての問題は幸運にもほぼ解決しています。私にとっては不幸にも,国内でガスが発生している埋立地を探し出すのが年を追う毎に困難になっています。そこで,問題が片付いていない外国へと研究の足場を移しつつあるわけです。特に気候とガス発生の関係を調べるため,あまり研究されてない(というか自分自身がよく知らない)近場の熱帯,東南アジアの埋立地を目下の研究対象にしています。

 埋立地はどこの国でも地元の役所が管理しているので,現場に立ち入って観測や実験をする許可を取り付けなければなりません。常套手段は,国際学会や会議などで現地の人と仲良くなってツテをつけてもらい,現地の担当者と何度かやりとりをして,最後は役所に直談判(ご挨拶)しにいきます。約束の時間に役所にたどり着いて,ここまで来て断られはしないか,そうしたらせっかくここまで来たのに無駄足だなぁ,とドキドキしながら面会の部屋へと案内されると,むしろ大歓迎(写真1)で,多大な期待の責任の重さにドキドキしてしまいます。

写真1 大歓迎のラムチャバン市(タイ)(パネルの大きさ:約120cm×250cm)
写真1 大歓迎のラムチャバン市(タイ)
 (パネルの大きさ : 約120cm×250cm)

 そうこうして,ようやく現場に立ってまず気がつくのは,冒頭の臭いもそうですが,うごめく人と生き物の多さです。ごみの上で働く人々(写真2)はウェイストピッカーと呼ばれ,埋立地に運ばれたごみから金属やガラス,プラスチックといった有価物を回収しています。こんな劣悪な環境で気の毒に...と思いがちですが,事情を聞いてみると,最近の資源価格の高騰のため収入が結構よいとのこと。良いのか悪いのか考えさせられます。生き物は鳥と犬と牛とハエです。私は行けなかったのですが,同僚によるとある埋立地では,千匹以上の犬が穴を掘って住んでいて,何かしようとして近くを動くと,一斉に穴から顔を出してこちらを...。行かなくてよかったです。ハエは写真3のような感じです。

写真2 ウェイストピッカー(パタヤ(タイ)の埋立地にて)
写真2 ウェイストピッカー
 (パタヤ (タイ) の埋立地にて)
写真3 ハエ(ラムチャバン(タイ)の埋立地にて)
写真3 ハエ
 (ラムチャバン (タイ) の埋立地にて)

 さて,埋立地にたどりついた私たちは,底の抜けた箱,チャンバー(写真4)を地面に置いて埋立地ガスの放出量(地表面ガスフラックス)を測定しています。ひとつの場所の測定時間は10分ほどですが,3歩離れただけでも数十倍から数百倍も量が変わる場合があり,広い埋立地で平均的な値を得るためには,たくさんの場所を測らなければなりません。写真5のように,照りつける熱帯の太陽の下,地元の応援も借りた数名がチャンバー(現地購入の洗い桶である場合が多い)を持って,移動しながら地面に置いて,じっと待って,また立ち上がる単調で地味な作業をしています。

写真4 チャンバー(斜面で測っているのでちょっとつらい)
写真4 チャンバー
 (斜面で測っているのでちょっとつらい)
写真5 地表面ガスフラックスの測定風景(手前の黒い筒はガス抜き井戸)
写真5 地表面ガスフラックスの測定風景
(手前の黒い筒はガス抜き井戸)

 そうこうするうちに日が暮れて,宿に帰ってシャワーを浴びて,真っ黒になった互いの顔を冷やかしあいながら,ぐぐぃと飲み干す氷入りビールの冷たさが,なんともたまらないのも熱帯の埋立地の調査です。

(やまだ まさと,循環型社会・廃棄物研究センター 資源化・処理処分技術研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

山田正人氏

柏出身。サッカーとは苦痛と絶望をもたらすスポーツであることを改めて思い知らされたシーズンでした。