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生き物を数える

環境問題基礎知識

竹中 明夫

なぜ数えたいのか

 自然のなかの生き物は,これまでにない速さで絶滅しつつあります。なんとか手を打たなければいけませんが,そのためにはまず現状を知る必要があります。どんな生き物がどこにどのぐらいいるかを知ることが最初の一歩です。

 生き物の数ぐらい,なにも道具がなくても(せいぜい虫めがねか双眼鏡があれば)調べられそうです。でも,じつはそう簡単ではありません。この記事では,生き物の数を調べるむずかしさと,数えにくいものを数える工夫の一端をご紹介します。

数えようとしてみると…

 我が家で飼っている猫は何匹か,水槽のなかに金魚が何匹いるか。どちらも簡単に分かります。では,町内のスズメの数やアパートに巣食うゴキブリの数,公園の土のなかのミミズの数を調べるとなったら,どうしましょう。

 野生の生き物,とくに動物を数えるのは,相手が逃げたり隠れたりするために,水槽のなかの魚を数えるようにはいきません。また,対象とする面積が広くなると,簡単に全体を眺めわたすことはできません。琵琶湖にいる魚の種類とそれぞれの数だの,関東地方のヒキガエルの総数だのを数えるにはたいへんな人手と時間がかかりそうです。湖の底のナマズや,土と見分けのつかない色でじっとしているヒキガエルをすべて探し出し,同じ個体を2回数えてしまわないように一個体ずつマークをつけながら調査することを想像してみてください。

 では,植物はどうでしょうか。地面に根を張った木は逃げません。また,植物は光をエネルギー源にして生きていますから,土の上に茎を伸ばし,葉をひろげています。動物よりも見つけやすいのはたしかです。でも,広い面積に生えている植物をしらみつぶしに調べる労力はやはりたいへんなものです。県内で咲いたタンポポの総数を調べる手間は,ヒキガエルの数を調べるのといい勝負かもしれません。

 さらに,生き物の種類が簡単に分かるとはかぎりません。こんな形の生き物がいて,こういう名前で呼びますよ,という分類がまだできていないグループは少なくありません。地球上の生き物のうちもっとも種類が多いのは昆虫の仲間ですが,ちゃんと名前がついているのは全体の一割程度ともそれ以下だとも言われています。また,分類はできているものの,よく似た種類がいくつもあって,数人の専門家しか名前を決められないというグループもあります。花が咲いていれば分かるけれど葉だけでは識別しにくいとか,成虫なら分かるけど幼虫は同じにしか見えない,ということもあります。

それでも数えたい:さまざまな工夫

 いろいろなむずかしさはあるものの,なんとか工夫をして生き物の数を調べる努力がされています。そのような工夫の例をいくつかご紹介します。

 標識再捕獲法とよばれる方法では,たとえば20個体とか100個体とかをつかまえて,マーク(標識)をつけてから放します(図)。しばらく期間をおいてからまた適当な数をつかまえて,そのうちどれだけの個体にマークが付いているかを調べます。その地域にたくさんの個体がいるほど,最初にマークを付けた個体は群れの中で薄まりますから,2回めの調査でつかまえた中にマーク付きの個体が含まれる確率は低くなります。このことを利用して地域の個体数を推定するのが標識再捕獲法です。巧妙な方法です。

数え方の図
図 標識再捕獲法の原理
群れ全体の個体数が多いほど,再捕獲したときに含まれるマーク付き個体の数は少なくなる。

 ただし,この方法で調査するときには動物の移動範囲や行動パターンに注意する必要があります。裏山のカラスにマークをつけたとして,そのカラスが1週間後に日本中に散るわけはありませんから,裏山で再捕獲したカラスを調べても日本のカラスの数は分かりません。また,対象とする生き物の数が多すぎるときは,この方法は向きません。100羽のフラミンゴにマークをつけても,あいてが100万羽のフラミンゴだったら,マーク付きの個体は平均して1万羽に一羽。薄まりすぎです。2回めの調査でつかまるのは,たぶんマークのない個体ばかりになり,とても大きな群れだということしか分かりません。

 ひろい地域内の個体数を調べる場合,小さい区画のなかで数えて一定面積に何個体いるかを求め,これに対象地域の面積をかければよいだろうというのはすぐに思いつく方法です。この方法を使うときは,自然のなかの生き物の分布が均一ではないことに注意しないといけません。尾瀬が原のミズバショウの個体密度を求め,これに日本の面積をかけて国内のミズバショウの数を推定したら,大まちがいなのはあきらかです。ミズバショウは涼しくて湿ったところにしか生えないことを考慮する必要がありますし,そのような場所ならどこでも同じ密度で生えてているわけでもありません。生育地の推定のためには,さまざまな地理情報を使う方法が考えられています(本号3頁からの記事を参照)。

 対象生物によっては,ざっとでも全部を数えてしまうこともあります。サバンナのように上から見通せるところに暮らす大型哺乳動物の場合,飛行機で空から数えてしまうことが可能です。渡りのコースがはっきり分かっている渡り鳥なら,渡りの季節に定点観測して個体数を知ることができます。 また,1997年には,全国で400人の植物の研究者・愛好家を動員して,絶滅が心配される植物の分布範囲とおおよその数,そしてその最近の変化を調べた結果が環境庁(当時)から報告されています。個体数についてはごくごく粗い見積もりですが,野山を漫然と眺めていただけでは分からない実態を伝える貴重なデータです。ふだんから地域の植物を見て歩いている専門家がたくさんいたからこそ可能だった調査です。

 個体数そのものを調べるのは無理でも,この場所とあの場所ではどっちが多いかとか,去年より今年のほうが増えたか減ったかが分かればよいのであれば,一定の努力で見つかる個体の数に注目します。その地域に生育している個体の数が多いほど,単位努力量あたりの観察数も増えるはずです。一定の努力とは,たとえば30分間時速4キロで歩いて観察するとか,落とし穴に同じエサを入れて2日間設置するとか,一定サイズの網を4ノットで1時間引く,といったものです。どんな努力をするかは調査対象に応じて工夫します。

おわりに

 水槽で大切に飼っている金魚なら,一匹減ってもすぐ気がついて,すました顔のシャム猫のミミに疑いの目を向けることになるでしょう。でも,広がる山野や水の中にどれだけの生き物がいるかを調べるにはさまざまな工夫が必要だということをお伝えできたでしょうか。

 なにかの不在に気がつくには,ふだんからよほど注意していないといけません。同じアパートの住人が引っ越しても,ふだんから付き合いがない人ならしばらく気がつかないかもしれません。葉っぱのうらで暮していた小さな昆虫が絶滅しても,だれが気がつくでしょうか? 多様な生き物と末長くともに暮していくには,つねに注意深い目を自然に向けていかなくてはならないでしょう。

(たけなか あきお,生物多様性研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール:

植物生態学が専門。なにごとも「年齢を言い訳にしない」をモットーにしている。とはいえ、年齢とともにさまざまな劣化が起こっているのは否めない。前向きに、劣化と思わず変化と思うことにしよう。老眼鏡が必要な生活というのもまたよし。面倒そうな書類を見せられたら、メガネがないことにして読めませんって言えるし。