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侵入生物 Invasive Species

環境問題基礎知識

五箇公一

 生物は太古の時代より移動・分散を繰り返して分布を拡大してきた。それは自分の子孫を,この地球上により多く,より広く残すためであり,移動と分布拡大は生物種のもつ根元的性質といってよい。その移動手段は種によって様々で,地上を這ったり歩いたり,翼で羽ばたいたり,水中を泳いだり,鳥や虫に運んでもらったり,風や水の流れに身を任せて,ほこりのように運ばれたりするものもいる。新天地にたどり着いた生物種は,あるものは不幸にして新しい環境に適合できず滅び,あるものは新しい環境に適合し,生活を始める。そして,そこで別の種とせめぎ合いになったり,混じり合ったりして,生息地確保に躍起になる。こうした過程で元の集団とは異なる遺伝子組成をもつ集団が形成され,新たな種が誕生することもある。新しい種は,また移動・分散を試みる・・・。こうして時代とともに,様々な生物種が入れ替わり立ち替わり分布を広げてきた。しかし,いずれの生物種の分布も際限なく広がるのではなく,山や川,海洋といったそれぞれの生物種にとって越えようのない地理的な障壁により分布域は仕切られていた。これにより地域ごとに独自の生物相や遺伝子組成が形成され,その結果として現在の生物多様性が生み出されているのである。特にマダガスカルやニュージーランド,ガラパゴス,ハワイ,小笠原に代表されるように,大陸から遠く離れて海洋で隔てられた島々では,他では見られぬ独特の固有種が生息している。これも生物種の移動能力に限界があればこそ出来上がった生物進化の賜なのである。ところが人類の出現は,この生物種の分布に関する「不文律」を無効にし始めた。

 人類は,その歴史の中で自らの分布を拡大する過程で,様々な生物種の持ち運びを行った。それは,農耕・牧畜のための栽培植物や家畜の移送が始まりであったが,船舶や飛行機,鉄道,運河,道路といった文明の利器の発達とともに,人類そのものの移動能力は飛躍的に拡大し,また運搬する資材も多種多様かつ多量となり,同時にこれまで生物の分布拡大を制限していた「地理的障壁」がことごとく取り払われた。様々な生物種が人間の手により,山を越え,川を越え,海洋を越え,大陸から大陸へと大移動を始めたのである。そして,一部の強力な生物種は多くの新天地で定着を果たし,人間社会のグローバリゼーションの波に乗って,世界の覇者となるべく,その分布を大陸の隅々まで拡大しようとしている。このように人間の手によって,本来生息すべき場所から別の地域へ移送され,移送先の新天地で定着と分布拡大を果たした生物種を「侵入生物 Invasive Species」という。同様の意味で移入種,帰化種,外来種など様々な呼び方があるが,研究者によってその定義は異なり,現段階では用語の統一はとれていない。

 侵入生物は,その分布拡大の過程で在来の生物相に様々な影響を与える。キラー海藻と称されるイチイヅタ(注1)は在来の海産植物のすみかを奪い(競合の効果),スポーツフィッシングのために放流が繰り返されているブラックバスは在来の水生生物を食害し(捕食の効果),セイヨウタンポポはカントウタンポポと交雑して雑種を形成し(遺伝子浸透の効果),輸入ペット動物は様々な伝染病を持ち込む(寄生生物の持ち込み)。こうした侵入生物種と在来生物種の間の生物間相互作用の結果として,在来生物種が駆逐され,時には絶滅に追いやられる。かわってコスモポリタンと称される侵入生物種が世界中に蔓延していく。こうして,長きに渡る生物進化の歴史産物であり,同時に次の生物進化の重要なシードでもある生物相や遺伝子の地理的独自性は失われ,生物多様性は崩壊しつつある。人類は生物進化の過去と未来を同時に踏みにじろうとしている。

 さらに近年では,遺伝子組み替え技術により,病害虫抵抗性遺伝子や日持ち性向上遺伝子を組み込んだ組み替え作物に代表される組み替え体といった「新生物」あるいは「新遺伝子」が誕生し,一部は商品として流通が始まっている。この生物進化のプロセスを無視して生み出された「新生物」が世界中をかけめぐり、新天地でどのような振る舞いを見せるのか,データが全く不足している現段階では予測も難しい。

 侵入生物の問題は現在では国際的にも地球環境問題として重要視されており,国際自然保護連合International Union for the Conservation of Nature and Natural Resources (IUCN)の下部組織である侵入種専門家グループ Invasive Species Special Group (ISSG)において2000年に「生物学的侵入による生物多様性減少を阻止するためのガイドライン」が策定されている。また,2000年にナイロビで開かれた生物多様性条約第5回締約国会議においても締約国は侵入種に対する戦略に高い優先度を与えることが提唱されている。

 日本は生物多様性条約に加盟はしているが,侵入種対策は極めて立ち遅れており,侵入生物の楽園と化している。ブラックバスの密放流や外国産クワガタのペット化ブームなどからみても,我が国全体の侵入生物に対する問題意識は,まだまだ希薄としかいいようがない(本ニュースの3ページに,霞ヶ浦の外来種についての記事も掲載されている)。

 ところで侵入生物の問題を議論していると,「トキ」の再導入の是非に議論が移行することがよくあるが,確かに生態系機能の回復を目的として,絶滅してしまった(あるいは絶滅に瀕している)生物を国外から移入する計画はこれまでにもいくつか実行されてきた。たとえばアメリカ合衆国のイエローストーン国立公園では1995年にカナダからオオカミを導入して放逐するという大胆な試みがためされている(オオカミは定着に成功したが,周囲の牧場主らは猛烈に反対し,裁判にまで発展してしまった)。こうした事例の是非は,様々な角度から議論されるべき問題であろうが,元々いたオオカミを滅ぼしたのは人間であり,そこにまたオオカミを連れてきたのも人間であり,所詮は人間のエゴで生き物が動かされていることには変わりはない。トキの再導入は成功したとしても,失われた日本のトキの歴史は取り返せない。

 外国産の生き物をペットで飼育されている方も読者の中には少なからずおられると思うが,生き物を飼育することの責任と自覚だけはしっかりと持っていただきたいとお願いして,話を締めくくりたい。

 (注1)イチイヅタ:カリブ海,フィリピン,インドネシア海域が原産地とされる海藻。地中海に侵入し,異常繁殖して問題となっている。

 奄美大島に定着しているマングース。本種はハブ退治目的で国外から導入された。結局,ハブの数は減らず,野生化したマングースは希少種アマミノクロウサギを食害する害獣へとステータスが転落する。1996年から2000年の環境省「島嶼地域における移入種駆除・制御モデル事業」の駆除対策種。天敵生物の移入が人間の意図に反し,思わぬ結果を招いた代表的事例。

執筆者プロフィール

 1965年生まれ。山羊座。環境省地球環境研究推進費「侵入生物プロジェクト」リーダー。現在,セイヨウオオマルハナバチや輸入クワガタをはじめとする輸入昆虫の生態影響を研究主題とする。趣味は映画,トレッキング,恐竜の模型収集。