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副所長 石井吉徳

 「自然に学ぶ」が,これが自然を相手にする学問の原点であろう。私もこれに従って,できるだけ多くの自然を見ることにしている。昨年春には,シベリアのバイカル湖を訪れたが,バイカルは神々しいまでに美しかった。また,延々と広がるタイガの森も印象的であったが,もう随所で伐開されている。また夏にはブラジルにいく機会があった。アマゾンの森は見られなかったが,まだまだ自然が残っているようである。秋には再びシベリア,今度は北極圏の工業拠点,ノリリスクを訪れた。荒涼とした,うっすらとした雪に覆われた「虚無の大地」は,ただ広大だったが,そこにも人間の影響は及んでいた。

 そして本年3月,今度は熱帯の国マレーシアにある国立環境研究所の調査地がある「パソの森」に行った。首都クアラルンプールの南方,車で3時間ほどの所に,辛うじて自然のままの原生林が保存されている。広さは2450haほど,ここに3本のアルミの観測搭が立てられており,回廊で結ばれている。最も高い搭は52・あり,登って下を見るとすくみそうだが,そこからは「パソの森」が一望できる。これは,むしろ一望できるほどの広さ,というべきかも知れないが,それでも基本的な熱帯多雨林の特長は保存されているそうである。なるほど素人目にも,原生林のテクスチュアは周囲と全く違うようである。このパソの森は,森林研究のセンターにするということで辛うじて生き残った,西マレーシア低地で唯一と言ってよい残存原生林である。

 いまマレーシアを旅すると,至る所に広大な油椰子,ゴム,アカシア・マンギウムの林などが展開する。いまマレーシアの国土の約8割は森というが,その内約半分はこのような人工林だそうで,この国の重要な経済基盤となっている。

 しかし,これにも色々と問題があるそうで,例えばゴム林は最近は経済性が良くなく各地で放置されており,かなり荒れているものが多い。またオーストラリアから持ち込まれたアカシア・マンギュウムも,材木としての利用価値はそれほどでなく,フタバガキ科の樹木などに植えかえようとしているところもある。このため日本のJICA(国際協力事業団)が試験植林プロジェクトを進めている。これも単に植えれば良いというものでなく,アカシア・マンギュウムの蔭を上手に利用しなければならないという。森そのものが「複雑な生きたシステム」なのであろう。

 このマレーシア北部のビドーにある試験林では,もとあった森の,焼け残った大木の姿が哀れであった。人間によって壊された「森の嘆き」が聞こえるようであった。また油椰子の林は,通常十数年も経つと植えかえるそうだが,これには大量の除草剤が使用されている。幹に薬が注入される。この方が簡単だからだが,大きな油椰子の木々は灰色に朽ち落ち,ただ分解してゆく。そして,鉄を含んだ赤いラテライトの大地,雑草すら生えない「無機の大地」が後に残される。もちろん,また油椰子の林にいずれ戻るのであろうが,異様な風景である。

 国環研は5年前から,マレーシアの森林研究所(FRIM),農科大学(UPM),日本の森林総合研究所などの研究者と共同で熱帯林の研究を続けている。マレーシアの自然が「森と人類の共存」の道を教えてくれることであろう。大きな成果を期待している。

(いしい よしのり)

執筆者プロフィール:

東京大学名誉教授,東京大学理学部物理学科卒,地球物理学専攻,工学博士
「人間の生存と地球環境」を考える「地球環境科学」とは何かが昨今のテーマ。